23 モルガニア王国

 モルガニアが近付いた頃、空は灰色の雲が全天を覆いつくし、ヴィーク港に着く頃には、冷たい雨が落ち始めた。

 新調したマントが暖かい! セレとエリスはそんな小さなことに喜びを感じていた。

 買ってくださったアンドリュー様には、本当に感謝しかない。

 

 今夜は港の近くに宿を取るらしい。船を降りた黒騎士のサイモンは、地面を踏み締めている。エリスが、

「船を降りたのに、まだなんか揺れているみたい……」

 と言うと、サイモンが嫌な顔をして振り返った。


「今夜はそこの宿です、まいりましょう」

 ザイベリー家の家臣ヘイリーにうながされて、移動する。

 港に立つ二階建てのぢんまりした宿だ。


「今日の宿は、何だか落ち着くわ」

 エリスがホッとした顔をする。

「そうね。自分たちで遠征するならこんな感じだよね」

 とセレも同意する。

 モルガニアでも有数のヴィーク港だが、今はシーズンオフのせいか、客足はまばらのようだ。定期船も、商人と生活物資を運ぶのがメインのように見えた。

 宿の食堂での夕食も、庶民向けの普通の煮込み料理だった。イネスと護衛ごえいの二人は、どこか別の場所で明日からの打ち合わせをしているらしい。なぜ自分たちは呼ばれないのかと少し気にもなったが、来なくていいと言うならのんびりしてやろうと思う。


 黒騎士とザイベリー家従者、イネスの三人は港からやや内陸に入ったところの冒険者ギルドの一室に呼ばれていた。


「この度は、遠路はるばるディヤマンド王国からのお越し、はなはだ恐縮きょうしゅくでございます。私、この地の冒険者ギルドを束ねておりますダグラリと申します。ザイベリー侯爵様から、以前よりご依頼の魔石でございますが……」

御託ごたくは結構だ。話を進めてくれ」

 黒騎士のサイモンが冷徹に言い放つ。


「そ、それでは明日からの案内人を先にご紹介させていただきます」

 ギルドマスターのダグラリが後ろに控えていた、大柄の男を紹介する。

 熊のような黒髪に、黒い顎髭、毛皮のベストを着た、まるで猟師のような男だ。


「こちらが、エルリア山をご案内いたしますクロシド・スタジルです。

 エルリア山はこの者の庭と言っても良いくらいで、きっとお役に立つと思います」

「ふん、それなら、とっとと見つかってもいいんじゃないか?」

 黒騎士が吠える。

「まあ、サイモン殿。ここは穏便おんびんに願います。明日からの探索に支障が出てもいけません」

 見かねてヘイリーが言葉をはさんだ。


「それでは、明日の移動ですが…………」

 ヘイリーとギルドマスター、が中心となって時間などを決めていく。

 馬車の手配はギルド中心でやってくれているらしい。


 イネスはクロシドと呼ばれた案内役を観察する。こちらの背景バックにはザイベリー侯爵が付いているので、めったな者を紹介して来るとは思えないが、この男が協力的とも限らない。第一、何年も前から魔石を探すよう要請していたようなのだ。今まで何の進展もないと言うのも、疑わしくはないだろうか?

 何らかの意図があって、協力をのらりくらりとけているということも考えられる。


 モルガニア王国は小国であるがゆえ、他国の干渉を受け続けて来た。その結果、モルガニア国王が選んだ道は、隣国であり国力のあるディヤマンド王国に忠誠を誓うことにより庇護ひごを得るという道だ。

 かつてディヤマンド国内で、数世紀前の王の血筋を持つ者を担ぎ出して、現政権の転覆を図った統一戦争でが起きた。その際、モルガニア国王は『勝利の魔石』を献上し、現王に貢献した。

 そして戦後、自らの息女を王に妃としてめとらせ、更なる同盟関係を強固としたのだ。その経過を鑑みれば、協力的であるほうが自然なのだが……。

 まあ、全ては明日からの出方を見てから判断しよう。


 一通りの打ち合わせを終え、宿に帰ったイネスと護衛の二人は、遅い夕食を食べた。

「イネス殿、あの案内役は信頼できると思うか?」

 ヘイリーがイネスに尋ねる。

「どうでしょう、ヘイリー殿はどう思いますか?」

「ふんっ、モルガニアの奴らなど、信頼できる訳がなかろう」

 ヘイリーが答えるよりも早く、サイモンが吐き捨てるように言った。

 イネスとヘイリーは互いの目線を交差させただけで、その言葉には何も答えなかった。


 * * *


 翌朝、セレ、エリス、イネスが一台の馬車に、もう一台にサイモンとヘイリー、そして案内のクロシドが分乗して、マウント・エルリアの麓の村へ向かう。

 町が見えている間は、街道も整備されていたのだが、次第に道はガタガタとひどい振動に変わっていく。山道まで整備が行き届かないのだろう。

 これから行くマウント・エルリアの麓の村は温泉の村としても有名な所だそうだが、温泉地としての利用はあまり進んでいないらしい。それと言うのも、マウント・エルリアの火山活動が盛んで、噴火により何度も温泉施設が破壊されてしまったからだと言う。

 

 でこぼこの道を丸二日かかって、一行はマウント・エルリアの麓の村バルカに着いた。近くの街道の横や民家の裏手から白煙が上がっている。温泉が湧き出しているのだろう。低木のまばらな草原の後ろに、活火山が堂々と裾野を広げている。

 バルカは村といっても家がまばらに点在するだけで、村の中心は商店が何店舗かと宿屋は温泉宿が一軒あるだけだ。野宿をしなくてはならないよりはマシ、と言うことで、ここを起点に魔石探しをすることになりそうだ。

 

「ふーん、残念ね。いい温泉なら観光や湯治とうじとしての需要も見込めるのにね」

「いいなあ、私も温泉に入ってみたいわ。お肌もスベスベになるって言うし」

 セレとエリスは、どうしても商人や観光客のような気分が抜けないらしい。

 何故そんなに呑気のんきでいられるのかイネスにはわからなかったが、取り乱されても困るので、助かっている。

 

 地熱のせいか、港町よりも暖かく感じる。今は火山活動が小康状態と聞いているが、夜になると火口の中が赤く燃えているのが見え、わずかな地鳴りを感じたりもする。

 山腹から流れ出している川は赤みががっていて、ところどころに湯気が立ち、『ここをそのままき止めて小屋でも立てれば、即席の湯治施設ができるのに』とセレが残念そうに言う。さすがは商売人の娘だ。魔石を売る時はそれほど頓着していないように見えたのに。


 宿屋に入って荷物を置くと、食堂に集まって探索の打ち合わせをする。

 宿屋は、木造の太い丸太を組んで作った大きな小屋のような造りだ。何度も噴火でやられたらしく、土台と地下は堅牢な石造りで、何かあったら地下に逃げ込むようにと主人が笑いながら言う。笑うのは慣れてしまったのか、ヤケクソなのかわからない。

 他にもこんなところに来る旅人がいるのか宿屋の主人に聞くと、定期的に『硫黄イオウ』を買い付けに来る商人がいるそうだ。なるほどそれなら、冬でも宿屋を続けられる訳だ。


 案内役のクロシドがテーブルの中央に地図を広げる。

「あの石が昔見つかったと言われている場所はここです。今はその後の噴火ですっかり溶岩に覆われてしまっています」

「どんな場所で見つかったとか、わからないのか?」

 黒騎士のサイモンが聞く。

 

「大昔の噴火でできた洞窟で発見されたらしいのですが、なにぶん伝承ではっきりしません」


 クロシドは風貌の割には、話し方が丁寧だ。まるでザイベリー家の護衛のサイモンのようだ。見た目と中身は違うのかもしれない。

「それでは、どこから探す?」

「今は溶岩地帯も冷えて固まっていますので、とりあえずはその洞窟を探してみては、と思います」

 

 セレもエリスも後ろから地図を眺めてはいるのだが、話に入れる感じがしない。

 きっと明日も、近くまで行ったら『匂いをげ』とか言われて、犬のように使われるのだろう。

「それでは皆さん、出発は明日の朝ということで!」

 そこで解散して、皆はお茶を飲んだり、温泉に入ったりと時間を過ごす。

 

 セレとエリスは、厨房ちゅうぼうに行ってご主人に、

「茶器と茶葉の場所を教えてくれれば、自分たちでお茶をれますので……」

 と言って教えてもらい、沸騰石をヤカンに入れて湯を沸かし始めた。


「おや、お嬢ちゃんたち魔石を使えるのかい?」

「はい、簡単なのならできますよ」

「そうか。うちにもそんな便利な子がいたら助かるのだがね」

 二人は食堂にいた皆にお茶を淹れて回った。


「クロシドさんもどうぞ」

 セレがお茶を差し出すと、その大きな体に似合わぬ声で

「ああ、ありがとう。……その、君たちは探索隊の炊事係か何かかな?」

 と言われる。

「違います! これでも私たち一人前の冒険者なんですよ。明日から、よろしくお願いしますね」

 エリスが言うと、

「これは失礼した。あまりにお嬢さん方が可憐なので、冒険者と思わず……」

「そんなぁ。ふふ、これでもあたし、この間も海で魔真珠をみつけたんですよ」

「なに! 今、魔真珠とおっしゃったか?」

「あ、しーっ! 内緒です」

「そ、それはすまない……」

「いいんです、気にしないでください」

 

 クロシドさんの顔が少しだけ、真剣な表情になった。

「君たち……突然、こんなことを聞いてすまないが、君たちはディヤマンドの王妃様に会ったことはあるかな?」

「王妃様……ですか?」

 ……答えてもいいのだろうか? この質問に……。

 セレとエリスは顔を見合わせる。

「あの……どうして、そんなことをお聞きになるのですか?」

「……いや、すまない。……何でもない。お茶をありがとう」

 そう言うとクロシドは、お茶をゴクリと飲み込んで、部屋へと行ってしまった。


「教えてあげたほうがよかったかなぁ?」

「う〜ん、でも不敬にならないかなぁ。そんなこと話して……」

「でも、クロシドさんって、なんか外見はいかついけど、育ちは良さそうだよね」

「そうだね、礼儀正しいし……」


 セレとエリスは、今度機会があったらクロシドさんに、王妃様に会ったことを話してあげようと思った。

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