9 ブラックジャック洞穴ーその3

「あのアンドリュー様の氷晶石の魔法、すごかったね……」

「貴族や王族は、魔石を使う魔力が多いって言われているけど、あんなにすごいとはね」

 セレとエリスは洞穴から出て、宿から差し入れられたランチを口に運びながら、先ほど目の前で見せられた、貴族の少年の魔法に感嘆の声をあげていた。


 坑道の上の、見晴らしの良い丘陵の上に敷物を敷いて、宿屋のおばさんが作ってくれたふわふわの玉子サンドに舌鼓を打つ。

「う〜ん。おばさんの玉子サンド、塩加減が絶品!」

「こっちのスモークチキンサンドも美味しいわよ、はいどうぞ」

 いつもここへ来る度あの宿を選んでしまうのは、暖かな家庭的な雰囲気と、おばさんの作るおいしい料理のせいかもしれない。

 セレとエリスはサンドイッチを交換しながら、ランチを楽しむ。


「本当に仲がいいんだな」

 ふっと口元を綻ばせながら、イネスが言う。

「姉妹みたいだ」

 セレとエリスは顔を見合わせてにっこりした。口の中はまだ、ぱくついたサンドイッチで一杯だ。

「俺にも兄弟がいる」

 ぽつりとイネスが言葉をもらした。

 ごっくんと、口の中の食べ物を呑み込んだセレが聞く。

「イネスは何人兄弟?」

「……は、八人だ」

「すごい! 男の子? 女の子?」

「男が四人、女が四人……」

「わぁ、賑やかね!」

 セレもエリスも嬉しそうに聞き返す。

「それで、イネスは何番め?」

「……俺は二番めだ。俺の下は続けて女が四人。毎日賑やかだったよ」

「それはとても賑やかそうね!」

「一番下の弟は、俺が旅に出る直前に生まれたんだ……」

 そう話すイネスは、少し寂しそうで、少し恥ずかしそうだった。


「イネスは何才で旅に出たの?」

「……十六…」

「そんなに早く?」

「それからずっと、一人で旅をして来たの?」

「……」

 イネスはセレとエリスのわずかに同情の混じった視線にふっと黙り込むと、立ち上がった。

「さあ、残りの時間、頑張って探すぞ」

 横を向いたイネスの顔は、いつも通りの顔に戻っていた。


 * * *


 洞穴には、他の探索者も入って来て、人の声や石をハンマーで砕く音が響いている。セレは人のいない枝分れした側道の奥へ進んでいく。

 不意に、嗅いだことのない匂いがした。


「エリス! ちょっとこっちに来てくれる?」

「なに〜? なんかありそう?」

 セレはくんくんと鼻を鳴らして、あちこちを嗅ぎ回っている。いつものことなのだが、まるで赤い子犬のようで可愛い。

「この奥に何かある感じなの……ちょっと掘ってもらえる?」

「いいわよ、ここね」

 エリスは集中するように深呼吸すると、右手の人差し指をその場所に向けた。

“ビシュゥッ………!”

 音を立てて指先から水が噴き出す。真っ直ぐで強力な水流が噴出して、岩盤の表面を削り飛ばしていく。


「あっ、その辺り!」

 セレの声を合図に、エリスは水流を止める。

「イネスを呼んでくるわ」

 セレがイネスを呼びに行っている間に、エリスは崩れて飛び散った周りの石を片付ける。

 イネスは反対側の坑道にいた。

「イネス!」

 セレの声にイネスが振り向く。

「なんだ、何か見つかったか?」

「たぶんね」

「たぶん、って……」

「いいから来て」

 セレにかさせれて、イネスはエリスのいる場所に向かう。

「こっちよ!」

 エリスが坑道の奥に座り込んでいる。

 

 イネスは、エリスが水魔法で掘り出した、えぐられた場所を見た。

 周りには緑色のフロー石の欠片が散らばっている。その中にひときわ濃い紫色に輝く部分があって、美しい正八面体を形作っている。

「掘り出しをお願いするわ。割らないようにね」

 イネスはしゃがみ込むと、その美しい結晶を丁寧に掘り出し始めた。

 できる限り、傷つけずにそのままの形で掘り出したい。

 イネスが結晶の周りを小さなハンマーで砕いていく。エリスが砕いた周りの石を水流で洗い流す。

 最後はポコっと綺麗な結晶のまま、イネスの手によって取り出された。


 紫色の縞が外側から中心に向かって等間隔に描かれている。中心に行けば行くほど紫の縞は太く濃くなっている。そして、その中にさらに小さな粒のような黄色い結晶が見えた。

 ランタンを手に石をかざしたイネスは、無言だった。


「……どう?」

「………」

「ねえ……?」

「……面白い」

「面白い?」

「ああ、……初めて見た」

 セレは、どうやらイネスが感動しているらしいと思って、ちょっとホッとした。案内役として、何か成果を残さなければ……と責任を感じている。

 ましてや午前中は、厄介な揉め事にイネスを巻き込んでしまったのだ。自分とエリスがいなければ、テオの一味に狙われることもなかっただろう。

 もう何度もここに来ているが、『魔石掘り』というのはそうそう毎回成果が出るわけではない。

 釣りと同じで、いくら釣り糸を垂らしていても、毎回魚が釣れるわけではない。釣れない日もあるのだ。

 

「よかった! じゃあまた次のを探すね!」

 セレは明るく言って、坑道の奥に進んでいく。

「ここは前に来たことがあるのか?」

 イネスに呼び止められた。

「ううん。この坑道はとても新しいから初めてだけど……どうして?」

「……いや、なんでもない……」


 魔石を探す場合、闇雲やみくもに探すのは効率が悪い。なので、大抵の場合は地元の熟練した探索者を紹介してもらうか、以前魔石が出たという情報を得て、同じ場所かその近くを探す。当たり前だ、それが最も効率のいい方法だからだ、とイネスは思う。

 だが、この赤毛の娘は……よほどの情報通なのか?

 

「鉱脈をる」などという者もいるらしいが、それでもやはり魔石探しは難しい。イネスには、セレがどうにもデタラメに探しているように見えてしまっているのだが。

(ただの “幸運” だけではない気がする……)


 それからまた、イネス、セレ、エリス別行動であちこち坑道を探し回った。

 この坑道は入り口が横に開いている上狭いので、外の様子が分かりづらい。

 探索していた他のハンターや観光客も、あらかたいなくなってしまった。


 おそらくもう、日もくれる時間ではないだろうか。

「おーい! そろそろ終わりにしよう!」

 イネスが声をかけると、坑道の奥から返事が返って来た。

「もうちょっと〜!」

 きりなく探してしまう気持ちはわかるが、心配されても面倒だ。


「どこだ?」

「こっちぃ〜」

 声のする方にランタンをかざして進む。

 よくこんな暗い中で女の子が……いや、一人前の魔石ハンターだ。心配はすまい。

 坑道の奥にランタンの灯りを二つ見つけて、近づいていく。

 

 エリスが壁面に水流で穴を開けている。

「この奥に何かある気がするんだけど、かなり奥で……」

「エリス、セレ、今日はもう終わりだ。やめよう」

「でもぉ……」

「坑道に横穴を開けるのは危険だぞ。崩れたらどうする!」

「でも、これで最後なのに……」

「いいから、やめるんだ。帰るぞ」

 交互に名残惜しそうな言い訳をする二人の背中を押して、坑道から外に出るロープを探す。

 ロープを伝って洞穴から出た時には、空にはもう星がきらめき始めていた。


 宿屋の馬車が止まっている。

「おお、やっと返って来たか!」

 宿屋の主人が心配して待っていた。

 

「すみません、ご心配をおかけしました」

 ご主人の渋い顔が解けて、柔らかい顔に変わった。

「なになに、いつものことさ。さあ帰ろう。家内がおいしい夕食を作って待ってるぞ」

「はーい! お腹すいたぁ〜」

「わたしもぉ〜」

 まったく、幼な子のようだ。思わず笑ってしまう。

「ほら、二人とも乗って。イネスさんに笑われてるぞ」

「えーっ、やだ恥ずかしっ」


 イネスは故郷の四人の妹を思い出していた。

(みんな、元気でいるだろうか……)

 ひとりひとりの顔を思い出して、胸の奥がチクリと痛む。

(大きくなっただろうな……)


 セレはイネスの横顔が、笑いを含んだ表情からなぜか、少し悲しげな顔に変わるのを見た。

(故郷のことでも思い出しているのかしら?)


 宿屋に帰ると、おばさんがバスタブにお湯を入れて待っていた。

「おかえり! 今日は少し寒いから、お風呂に入ったほうがいいかと思ってね。湯加減は自分たちでできるだろ? 沸騰石は入れてあるから」


「じゃあ、あたしとエリスが一番!」

 リビングのいたに置かれた木製のバスタブの横に、大きな衝立ついたてが置かれている。暖炉だんろにも火が入ってパチパチと炎が踊っている。

 衝立の向こうに隠れると、セレとエリスの来ていた服がポンポンと衝立に掛けられていく。

「悪いね、イネスさんはキッチンでお茶でも飲んで待っていておくれ」

「そうさせてもらいます」

 

 イネスは着ていたサンドリザードのコートをコート掛けに掛けると、キッチンへ移動した。

 勝手にお茶をれさせてもらって飲んでいると、裏口から馬の世話を終えた主人が返って来た。

「お疲れ様です。今、二人は風呂をいただいているので、こちらで一緒にお茶でもどうですか?」


「そうか、風呂か。今日は寒いからね。お言葉に甘えて私もお茶をいただきますか」

 イネスがお茶を注いだカップを差し出した。

「ありがとう。……今日はありましたが、成果はありましたか?」

 お茶を口に運びながら、主人が聞いた。

 

「そうですね、以外とあっさり解決してしまいましたが。……成果はありましたよ。セレが探してくれました」

 そう答えると、主人の顔は嬉しそうな表情に変わった。

「そうですか。あの子はすごいんですよ! 見つけられてよかったです」

 まるで娘のことを自慢するよう親のように、嬉々ききとしている。

 


 キッチンのドアがバン! と開いた。

「お風呂空きましたぁ! 今おばさんが浄化石で綺麗にしてくれてるから、イネスもどうぞ!」

 髪からしずくをぽたぽた落としながら、上気した顔のセレが寝巻き姿で出てくる。

「ちょっと、セレちゃん! うえ、何か羽織ってから行きなさい!」

「はーい、失礼。あたし、あんまり着替え持ってこなくて。おばさんなんか貸してくれる?」

 また戻って行った。

 

 イネスはまた、笑いが込み上げて止まらない。

(なんてまっすぐで……かわいい娘だろう……)

 

「まったく……あんなだから、私らも心配でねぇ」

 横で主人があきれたような、愛おしさの混じった表情で後ろ姿を見ている。

「……イネスさん、あの娘を傷つけないでくれよ……」

 

「………!」

 その言葉に一瞬、呼吸が止まる。……そんなふうに見えたのだろうか?

「いや、俺たちはそんな関係では!」

「……それならいいんですが……」


「イネス、早く入って。お湯が冷めちゃう」

 おばさんに借りた厚手の長いカーディガンを着たセレが、また呼びに来た。


「ああ、わかった。ありがとう、着替えを持ってくるよ」

 そう言ってイネスは席を立った。

「何話してたの? なんかイネス、顔赤くなかった?」

 セレの声に主人が応えた。

「お茶が少し熱かったんだろう」

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