8 ブラックジャック洞穴ーその2
“
心配されているのはわかるが、そこまではっきり言われては、身も蓋も無いではないか。
「私たち、『戦力外』ってことよね……」
エリスもどこか遠い目をする。
(悔しいけれど、これが現実だわ)
事実、
そんなイネスを頼もしく思う反面、弱い自分が腹立たしい。
「まったく、案内役はこっちなのに……」
応援の自警団が二人、来てくれた。
「ロッド、クリス。すまないな、朝早くから」
宿の主人が応援の男性二人に声をかける。
「いいえ。あいつらにはホトホト手を焼いているんです! ここらで一度叩いておかないと、今後の心配もありますので」
「
「イネスさん、ロッドとクリスです。彼ら二人は自警団の中でもかなり腕の立つ方なので、安心してください」
主人は努めて明るい声で話しているようだ。不安は顔に出したくないのだろう。
「ありがとうございます。では、どのような作戦でいきますか?」
年かさのほうのロッドが口を開いた。
「場所は足場が確保できる広い洞穴で、場所を熟知している俺たちどちらかが先に降りて行きます。次にイネスさんが行き、その次にセレとエリス。
「敵が待ち伏せしている可能性は?」
「これだけ広い洞穴ですので、入り口はあちこちに開いていますから、おそらく入った場所を確認してから来ると思います」
「なるほど、わかりました」
「では、行きましょうか」
セレスティンもエリスもマントの下に、
敵にわかりやすいように、宿屋の馬車に乗り、ご主人が
一番大きな洞穴の入り口のある丘陵には、すでに何台かの馬車が停まっている。
人気のある場所なので、遠くから来たただの観光客も多い。希少な魔石はそう簡単に見つかるわけではないので、皆が魔石探索者ではないのだ。
「こんなに人がいて、奴らは現れるのかしら?」
思わず正直な感想を言ってしまった。
セレの呟きが聞こえたのか、イネスが動く。
「ロッドさん、万が一無関係な人たちに害が及ぶことがあってはいけません。ここは、少し離れた坑道に行った方が良いかと……」
「そうだな、家族連れのお客もいるようだ。……少し離れた洞穴の入り口に、おびき出してみるか……」
ロッドは御者のご主人に、行き先の変更を伝えた。
馬車は人の多いその場所を通り過ぎて、比較的新しい入り口のある場所へ向かう。
『まるで
灌木がまばらに生えていて、地中の洞穴への入り口を見えづらくしている。
馬車を停めて、洞穴に降りる支度をする。
斜面に開いた大きめの裂け目に、3本のペグで固定したロープを延ばしながら、自警団のロッドが先に入っていく。頭に被った革の帽子に照明石が付けられている。これならば、自分の向いている先が照らされて明るい。
「その帽子、いいですね」
イネスが感心して言う。
「ああ、そうだろう? 町の帽子屋に頼んで作ってもらったんだ。予算があればなあ、団員の人数分欲しいところだ」
イネスがロッドに続いて入っていく。照明石入りの小型ランタンを持参していたが、腰にくくりつけているので、足元は見えるが手元は見えない。
次にセレ、エリスと続き、
宿屋の主人は皆を見送ると、馬車の場所を移動させる。自分が襲われて人質にでもなれば、元も子もない。
* * *
盗賊団のリーダー “テオ” は、金を握らせた街道近くの民家の者から知らせを受けていた。『いつもの赤い髪の女冒険者が、夕刻、街道を通った』 と……。
テオはウキウキとして、手下どもに集合を掛ける。
「野郎ども、集合だ! 今日こそ、俺の女を手に入れるぞ!」
(あの赤髪の女は必ず、エリスを連れている!)
「お頭。赤い髪の女はいいんですかい?」
「俺が欲しいのは赤髪の女が連れている、空色の髪の女だけだ! 他はくれてやる! 者ども、準備だァ!」
夜明け前に準備をして、洞穴への道筋に見張りを置く。あとは、目立たない窪地に隠れて、あの宿屋の馬車がどこの坑道へ向かったか、連絡を待った。
(俺の可愛いエリスちゃん、もうすぐ会えるぜぇ〜)
陽が上って、あたりを包んでいた
赤髪の女と宿屋の主人が乗った荷馬車が、街道を進んで来るのが見えた。
見張りの男は、さっそく馬に乗って後をつける。
荷馬車は一番大きな坑道を避け、奥の小さな坑道へ向かっているようだ。
人の少ない洞穴なら、こっちの思うツボだ。
見張りの男は、荷馬車が止まるのを見届けると、急いでお
「お
「そぉか! どこだ?」
「奥の坂地の小さい洞窟です!」
* * *
一行は狭い洞穴の中を進み、少しだけドーム状になっている場所に出た。
セレとエリスは、違う洞穴に来れたのが嬉しくて『盗賊』のことも忘れて、周りの鉱床をを観察し始める。
「うあー、ここも綺麗ねー」
「ほんとー!」
すっかりいつもの採掘モードになっている。
「あいつら、来なきゃいいのにね……」
「うん。そうしたら楽しいのに……」
エリスは狙われているかもしれないというのに、緊張感がない。
「イネス、私たちは “
「ああ、俺たちは目立たない場所に隠れている。……気を抜くなよ」
イネス、ロッド、クリスの三人は坑道の先に身を隠した。
セレとエリスはいつものように、石を探して坑道を見渡した。
その時だった。ガサガサと坑道を降りて来た者がいる。
その騒がしさで、誰が来たのかすぐに見当がついた。
「おお、俺のエリスちゃん! 会いたかったぜーっ!」
一瞬エリスとセレに緊張が走る。
「何よ、私は会いたくなかったわ!」
「エリスちゃん、冷たいこと言うなよ〜」
二人、三人と後から手下が増えていく。
「お頭、この女ですか、いい女じゃないですか」
「お前たちは黙ってろ、俺はエリスちゃんに用があるんだ」
「あんた、エリスに何の用?」
セレがエリスの前に立ちはだかって言う。
「おめえに用はねえ。エリスちゃん、今日こそ俺と『結婚する』って言ってくれ!」
「……お断りします。私がなぜあんたと結婚なんてしなきゃいけないのよ!」
エリスが冷たい声でお断りすると、テオの表情が変わった。
「冷たいこと言うなよ。今日こそ、一緒に来てもらうぜ……」
「絶対にイヤ!」
「これ以上、エリスに近付かないで! 近づいたら容赦しないから!」
セレは、腰の剣に手を掛けた。
「おやおや、ずいぶんと賑やかですね」
テオたちの後ろから、声がした。
「入り口に怪しい馬車が止まっていたので、来てみましたが……もしや、そこのレディーたち、何かお困りですか?」
輝く金髪に冷たい北の海を思わせる青い瞳、緑色がかった地模様の上等なウエストコートに、マントを優雅に羽織った美しい少年が立っていた。
「何だ、お前は。関係ない奴は黙っててもらおうじゃねえか!」
テオが吠える。
「おや、うるさい野良犬がいるようですね。レディーたち、
セレはこの少年が、見るからに『貴族』だと思った。
「ありがたいのですが、その、大丈夫です! その……危ないのでお下がりいただくと助かります……」
セレが
二人の護衛が、貴族の少年とテオたちの間に立つと、
(いけない、止めなくては……!)
セレは
貴族に平民が剣を振りかざすなど、あってはいけないことだ。無礼打ちにされても文句は言えない。
悪い奴らではあるが、こんな場所で命を落としてもいいと言うわけではない。今のところ、誰も怪我をしていないのだから、やめられるはずだ。
「やめて! テオ、やめさせるのよ!」
さっきまで敵だったテオを、今は
テオの隣の背の高い男は、今にも飛びかかっていきそうだ。
「坊っちゃま。ここ我々にお任せください」
護衛の静かな声に
「ウォーッ!」
「よせっ、お前たち!」
次の瞬間、手下の男は護衛に組み伏せられて、坑道の土の上に押さえこまれていた。
貴族の少年は、右手を突き出すと何かを呟いた。
パリパリパリパリ……鉱床があっという間に白い氷に覆われて、組み伏せられた男が氷で
氷は見ている間にその行く手を凍らせて進み、テオとその仲間の足までも凍らせていく。テオたちが悲鳴にも似た声をあげた。
「うわ、すごい……」
セレとエリスが思わず賞賛の声を上げると、少年はにっこりと笑顔を向けた。
「レディーたち、お怪我はありませんか?」
二人は慌てて応える。
「は、はい。大丈夫です」
「助けていただいて、ありがとうございます」
奥に隠れていた自警団の二人が走り出て来て、少年の前に
「我々はブラックジャック洞穴自警団の、ロッドとクリスと申します。賊の逮捕のため、罠を張って待ち受けておりました。
「ああ、許す。僕のことは知っているかな? この地の領主、ザイベリー伯爵家三男のアンドリューだ」
「アンドリュー様、お目にかかれて光栄です」
「光栄です」
二人は
「最近洞穴
「領主様とは知らず、無礼なお声がけをしてしまい、申し訳ございませんですた。私はセレスティン・ピアースと申します」
セレは昔教わった、膝を曲げて姿勢を低くする淑女の礼で、アンドリュー様にご挨拶をした。うまくできているかはわからないが、身分の高い貴族相手に失礼があってはいけない。
その時、
「そこに隠れている者、出て来い!」
アンドリュー様の護衛の一人が、突如警戒の声を上げた。
そういえば、イネスがこの場にいない……
イネスはマントの前を広げ、手が見えるようにしながら、ゆっくりと出て来た。何も歯向かう気はない、というパフォーマンスのつもりだろう。
「お前も盗賊の一味か?」
従者の問いに、慌ててセレが声を上げた。
「申し訳ございません。こちらの方はイネス・バロッティ様と申しまして、私たちの依頼人です。魔石探索の依頼を受けて、一緒にこちらにまいりました」
「イネス・バロッティと申します」
「ほう、魔石ハンターですか?」
「はい」
イネスは簡潔に答えている。必要以上のことを言えば、不敬と取られることもあるので、言葉少なだ。
アンドリューは振り返ると、
「それでは、自警団のかた、賊を捕縛してください。足が凍りついてしまう前に」
と言って、皆の行動を促した。
ロッドとクリスはすぐに動き出して、持って来た荷物の中からロープを出すと、テオの一味はおとなしくお縄になった。
凍らされたのがよほど怖かったのだろう、みな青ざめて言葉を失っていた。
「さて、あなたたちはまだ、魔石の採取を続けますか?」
アンドリュー様がセレたちに言葉をかけてくださった。
「はい! せっかく参りましたので今日一日、頑張って魔石を探します!」
セレとエリスは元気一杯に答えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます