4 三人目の仲間

「魔石に詳しくて、下心のない、護衛にもなる冒険者っていない?」


 いつもの冒険者ギルドで、受付係のソディーに向かって、セレスティンが聞いた。

「ええっ? なにまた、どこかでおそわれたの?」

「うーん。あたしたちさ、弱っちく見えるみたいでー。誰かいないかなあ」

「聞いておいてはあげるけど、腕はあっても “魔石に詳しい” ってとこが難しいのよね」


「セレちゃんの子分じゃ、まだまだ腕がね〜」

「バスターは子分じゃないわよっ、エリスの弟だから! それにまだ子供だし……」

「姉弟二人とも冒険者に引き込んじゃって、ご両親に恨まれるかもよ」

「うっ、それを言われると……」


 セレスティンは、相棒の水魔石使いエリスの両親を思い浮かべて、ちょっと申し訳なくなった。エリスの父親は、セレスティンの両親の店で働いている。

 実直で何事にも手を抜かない彼は、店の中でも頼りになる人物だ。娘や息子にも、同じように地道に生きて欲しいと思うのも当たり前かもしれない。


「うちだって、あたしだけが半端者みたいなもんよ。お爺ちゃんは医者だし、両親は商売熱心で……弟は学業優秀で医者の道まっしぐら。妹はまだよくわかんないけどね」

「家の商売を手伝おうとは思わないの?」

「そんなこと思ってたら、ここには居ないわよ!」

「それもそうよね……」

 セレスティンとソディーが、揃ってカウンターの上に肘をついていると、ドアを開けて入って来た者がいる。


 長いサンドリザードのマントにフードを被った、背の高い男がゆっくりと歩み寄って来る。背中に背負った長い包みは、おそらく長剣だ。


「ギルドの申し込みは、こちらでいいか?」

 低いが深く優しい声色が響いた。

「はいっ、こちらです!」

 緑髪のソディーは、ぱっと背筋を伸ばして男に向き直った。


 男はフードを脱ぐと、その灰色の瞳をこちらに向けた。

「それでは登録をお願いしたい。今日こちらの町に着いたばかりでね」


 黒い髪に灰色の目、だが、褐色の肌の男は異国の香りを漂わせていた。

「登録致しますので、こちらにお名前をお願いします」

 ソディーが記入用紙と、ペンを男に向ける。


 ピクリ、とセレスティンの鼻が動いた。


「あなた、なにか変わった魔石を持ってるでしょ?」

 いきなり話しかけられて、ペンを持った男の手がピタリと止まる。


「いえ……そんな変わったものは。ありふれたものばかりですよ」

「そう? あたし、セレスティン・ピアース。魔石探索専門の冒険者なの、よろしく!」

 目の前に差し出された白い手に、男は驚いたようにセレスティンを見た。


 セレスティンは、記入用紙に書かれた文字列を読んで言った。

「イネス…バロッティさんね!」


「ちょっとセレちゃん、驚いているじゃないの!……すみません、イネスさん。この子、近所の商店の娘さんなんですが、いっさい遠慮というものを知らないんです」

「ソディー姉さんっ、ひどいー!なにそれ?」

「だって、いつものことじゃない!」

「いつもじゃないしー!」


「ふふっ……」

 イネスは、目の前の赤髪の年若い娘が、無邪気に飛び跳ねるさまを見て、なんだか微笑ましくなった。

「ほらぁ、イネスさんに笑われちゃったじゃない!」

 むくれて、唇をキュッと尖らすセレスティンを見て、イネスはたまらず、声をあげて笑った。

「アハハハ……クッ、クッ……きみって、おもしろいね……」


 ソディーが手続きをしに奥へ行くと、イネスはまだ少し笑った顔でセレスティンを見た。

「俺はイネス。よろしく」

 右手を差し出されて、改めてセレスティンはその手を握った。

 緩い魔力をまとった手を握った途端、ドクン、と何かが脈打つ。


(温かい手……でも何者なの? 絶対『ただの冒険者』なんかじゃない……)


「あたしのことは “セレ” って呼んで。イネスさん」

「俺のことも “イネス” でいいよ」

「じゃあ、さっそく。イネス、あなたの持ってる魔石を見せてくれる? あたしもコレクションを見せるから!」


「……いきなりだね。いいけど俺、まだ宿も決まってないんだ」

「じゃあ、手続きが済んだら宿を紹介するわ。それでいい?」

「ああ、助かるよ。馬車で長いこと揺られて来たから、手足が伸ばせるベッドがあるといいな」

「わかった、まかせて」

 話しているうちに、奥からソディーが戻って来た。


「それでは、イネスさん。以前の町の登録証をお持ちですか? 確認させていただきます」

「ああ、ええと…どれだったかな?」

 イネスがマントの前を開げて、銀の鎖に通された登録証をジャラジャラと持ち上げた。

「うわぁ…すごい数……」

 セレスティンもソディーもその数に目を丸くする。

 その大部分が、金色や銀色だ。すなわち『相当の冒険者』ということだ。


「わっ、わかりました。イネスさん、こちらでは初めは下級冒険者から、と決まっていますので、ごめんなさい……。登録料は銀貨5枚です」

 イネスはふところから銀貨を取り出すと、赤銅色の登録証を代わりに受け取った。


「依頼は、等級別に掲示板に張り出されておりますので、よろしくお願いします。どうぞ、ご武運を」

 ソディーのいつも通りの言葉を背に、イネスとセレスティンは外に出た。

 まだ、夕暮れには早い時間だったが、秋の陽の光はやや黄色みを帯びて傾いている。


「それじゃあ、案内するわね! こっちよ」


 二人は広場を横切って、通りを進む。広場で店を広げていた屋台も、そろそろ店じまいのようだ。

「セレちゃん、新しいお客さんかい?」

 屋台で片付けをしていた年配の男に声を掛けられている。


「そうなの。これから宿に案内するところ」

 まわりにいた皆が、ちらちらと目線を向けて来るところを見ると、この娘はそれなりに顔が知られているのだろう。


 裏通りをいくつか曲がったところで、三階建ての、石造りの外壁が立派な建物の前に着いた。


「ここよ。この宿なら安心して手足を伸ばせると思うわ」

 重厚な木材で作られた堅牢なドアを開けて、中に入って行く。

 天井の高いラウンジに、革張りの長椅子と低めのテーブルがいくつか置かれていて、壁には白い照明灯がいくつも輝いている。


「……ちょっと冒険者には、高級すぎる気がするんだが。ひょっとして、俺から金をふんだくろうとしてる?」

 振り返った淡い空色の目は、一瞬きょとんとして、次に横一線になると笑い出した。

「アハハッ。やだ、そんなこと思ってないって! ここ父さんのお客さんの定宿なの。安心して。うちの割引価格にしてもらうから」

 そう言うと赤毛の娘は、奥の石造りのカウンターに進んで行った。


「こんにちは、オドネルさん。うちのお客さんなんだけど、頼めますか?」


 本当に割引交渉をしてくれている……。イネスはまた笑いが込み上げて来た。

「イネスさん、一晩銀貨十枚の部屋、六枚にしてもらったわ!それでいい?」

「ありがたい、それでお願いします」


 イネスは不思議な気持ちになった。

 まったく見も知らぬ、知り合ったばかりの他国の男に、なぜこんなに親切にするのか、わけがわからない。それが純粋に、親切のような気がするのだから、戸惑ってしまう……。


 赤毛の娘は鍵を受け取ると、当たり前のように先に立って階段を登り始めた。

「三階の部屋は窓も広いし、なかなかいいのよ。ベッドも大きくて、あなたでも手足を伸ばせるわ」

 そんなことを言いながら、娘はどんどん進んでいく。

 三階の突き当たりの部屋の前で、彼女は止まった。


「はい、この部屋よ。鍵はこれね」

「……すまない、案内までしてもらって」

「いいのよ、うちのお客さんの案内は何度もしてるから。イネスさん、今日はお疲れでしょうから、明日でもいいの。あなたの魔石を見せてもらえる?」


「……明日でよければ。待ち合わせは、冒険者ギルドでいいかな?」

「いいわ。じゃあ明日、冒険者ギルドの開く時間に!」

 そう言うと赤毛の娘は、満面の笑みで帰って行った。


 * * *


(すごい! 絶対、ただの冒険者じゃない!)

 セレスティンは、たった今、宿に送って行ったばかりの異国の冒険者のことで、すっかり頭がいっぱいだった。


(このことを、早くエリスに話したい!)

 そう思うと、自然と早足になっていた。

 セレスティンは宿屋を出て、夕暮れの中を相棒のエリスの家に向かった。


 エリスの部屋に明かりがついている。セレスティンは裏庭に入ると、カーテンの閉まったエリスの部屋の窓を、鉄格子の間から、コンコンコンコンと4回小さく叩いた。いつもの合図だ。

 シャッっとカーテンが開き、桃色の目がこちらを見る。

 窓越しに『ちょっと待ってて』と、口の動きで伝えて来た。

 少しのちに、カーディガンを羽織ったエリスが庭に出て来る。いつものイチイの木の影に、二人してしゃがみ込んだ。


「聞いたわよ! 帰りにギルドに寄ったら、ソディー姉さんが興奮してた!」

「そうなのよ、外国人だと思うんだけど。すごい数のギルドの登録証を持ってて! それが、ほとんど金色なの!」


「金色っ? すごい、上級冒険者ってこと? どんな人なの?」

「背が高くてね、黒髪で、目は灰色。顔立ちは普通だけど、声は素敵!」

「なにそれ、なに〜? セレったらもう夢中じゃない?」


「そんなことないけどー。……たぶん、変わった魔石を持ってると思う。すごく変わった匂いがしたの。いままで嗅いだことのない魔石の匂い……」

「嗅いだことのない魔石かあ。それは見たいねー」


「明日、見せてもらうことになったの。エリスは行けない?」

「明日もお針子の仕事だよ。……いいなあ、嗅いだことのない魔石……」


 エリスは普段、お針子の仕事をしている。お休みの日に一緒に魔石探しに出掛けることはあるが、エリスの両親はいい顔をしない。なので、こうして裏庭の隅で内緒話をしているわけだけれど。


「じゃあ、あたしがエリスの代わりに見せてもらって来るね」

「でも、セレ。その人大丈夫なの? ……用心してね」

「大丈夫よ。ギルドで待ち合わせしてるし」


 あたりは日が落ちて、とっぷりと暗くなっていた。

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「冒険者セレスティン」宮廷彫金師は魔石コレクター 外伝 銀黒 @choukinshi

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