第32話 ウルルン無双!

 わたしの悲鳴。

 それと、ダンゴムシの突進がウルルンに直撃する音が重なった。


 わたしは思わず目を背ける。

 けれど……


「うるるる~ん!!」

「え……?」


 聞こえてきたのはウルルンの元気な鳴き声。

 わたしが恐る恐る目を開くと、その先に見えたのは、ダンゴムシの突進によって木っ端微塵になったウルルン……ではなく。


「ええッ!? う、ウルルン!?」


 わたしは驚きの声を上げた。

 視界の先では、なんとウルルンが、その小さな体が風船のように膨らんで、ダンゴムシの突撃を正面から受け止めていたのだ。

 ダンゴムシの体は、ぬかるみにハマった車輪のように、その場で激しく空転している。

 その勢いを、しっかりとウルルンが受け止めきっていた。

 ウルルンの体は、まばゆい青白い光に包まれていて、キラキラと輝いている。


「ど、どういうこと……?」


 わたしは目の前で起きていることが信じられず、ただ呆然とウルルンを見つめることしかできなかった。


「うっるる~ん!」


 ウルルンがまた鳴き声をあげる。

 すると、ウルルンの光がさらに強くなっていった。

 同時にウルルンの体がますます大きく膨れ上がっていき、ダンゴムシのサイズをも上回る。そして、ついには敵の全身をすっぽりと包み込む。


 ウルルンに全身を包まれてしまったダンゴムシは、その半透明のボディの内部で、もがくように暴れまくる。

 そのたびにウルルンの体がぐにょんぐにょんと、まるでパン職人にこねられるパン生地みたいに波打つが、しかし、その動きは少しずつ弱まっていった。


「信じられない……ハピネスライムが、シェルダーローリーを……捕食してる……?」


 ダリヤさんがそうつぶやいたように、いま目の前で起きているのは、まさに捕食だった。


 ウルルンの体は、ダンゴムシを包み込んだまま小さくなっていき、やがて、元のリンゴくらいのサイズに戻ってしまった。


「けっぷ!」


 ウルルンは、まるで一仕事を終えたかのように、満足げにげっぷを一つ。

 そして、ぴょんぴょんと飛び跳ねながら、わたしの元までやってきて、肩の上にちょこんと飛び乗った。

 さっきまでの戦闘が嘘のように、ウルルンは愛らしくぷるぷると体を揺らしている。

 

「ウルルン……キミって、いったい……」


 わたしは唖然とつぶやきながら、ウルルンの頭を指先で撫でた。


「うるるん♪」


 ウルルンは嬉しそうに体をぷるんと震わせる。


 その姿を見て、なぜかわたしは笑いが込み上げてきて、こらえきれずにぷっと吹き出してしまった。


「あははは……もう、ウルルンってば、すごい! すごいよ! キミってこんなに強かったんだね!」


 わたしは笑いながら、ウルルンの体をぎゅっと抱きしめる。

 すると、わたしの腕の中で、ウルルンがまたぷるるんと震えた。


***


 ダンゴムシの襲撃を、ウルルンのおかげで切り抜けたわたしたち。

 そのままトバリの森を後にして、リーフダムの街へと戻ってきた。



 この後は冒険者ギルドで帰還報告を済ませれば、ゴミ拾いのクエストは無事にクリア……なのだけど。

 わたしもダリヤさんも、今日は朝ご飯を食べたっきりで、ずっとダンジョンに潜っていたから、もうお腹がペコペコだった。


 というわけで、わたしたちはまず冒険者ギルドに向かう前に、遅めのランチをとることにしたのだ。


 わたし達が向かったのは、冒険者ギルドのすぐそばにある大衆向け酒場。

 お店をチョイスしたダリヤさんの説明によると、ここは立地がよく、料理の味とボリューム、おまけに良心的な価格設定で、お昼時は冒険者でごった返す大人気店とのことだ。

 すでにお昼のピークタイムは過ぎた時間帯ではあったけれども、確かに店内は、わたし達と同じ、本日の冒険を終えたであろう冒険者たちで、ごった返していた。


 わたしとダリヤさんは、喧騒で満たされた店内をすり抜けて、壁際にある小さな丸テーブル席を確保した。

 卓上に置かれたメニュー表から、手頃な料理と飲み物をチョイスして注文する。

 ほどなくしてウェイトレスが、並々とハチミツ酒で満たされた樽ジョッキを二つ、わたし達の席まで運んできてれた。


「とりあえず、おつかれミユル。無事に初ミッションクリア」

「ありがとうございます! ダリヤさん! お疲れ様でした~!」


 わたしとダリヤさんは、互いに手にしたジョッキを打ち鳴らして乾杯。

 そのままぐっと杯をあおると、ハチミツ酒のアルコールと甘さが疲れた体に染み渡り、わたしは思わずほうっとため息をついた。


「それにしても本当に信じられない」


 ジョッキを置いて、ダリヤさんが言った。


「なにがですか?」


わたしが聞き返すと、ダリヤさんは、わたしの肩の上に乗ったままのウルルンに視線を移す。


「そのハピネススライム」

「そのハピネススライム、じゃなくて名前はウルルンですよ。もうこの子はわたし達の仲間なんですから、ダリヤさんもぜひ名前で呼んであげてください!」

「……ウルルン」

「うっるる~ん!」


 ダリヤさんに呼ばれて、ウルルンが嬉しそうにぷるるんと震えた。

 そんなウルルンを、ダリヤさんはしげしげと見つめる。


 わたしはテーブルに届いた料理の乗った大皿から、ソーセージをチョイスしてひとかじりしてから、話を戻すことにした。


「……それでウルルンの何が信じられないんです?」

「さっきのシェルダーローリーとの戦闘で見せたウルルンの力……ハピネスライムがこんな力を持っているなんて、そんなの前代未聞なわけで」


 ダリヤさんが語るには、ハピネスライムというモンスターは、とても臆病でおとなしい性質なのだという。

 その強さはモンスターの中ではブッちぎりで最弱。冒険者やモンスターはおろか、下手したらカマキリやスズメバチといった虫にすら、やられてしまうこともあるらしい。


「そんなモンスターが、自分の体より数十倍大きいシェルダーローリーを丸呑みにするなんて……信じられない」

「きっとウルルンは特別な子なんですよ! この子ならきっとこれからも頼もしい戦力になってくれます。ね、ウルルン?」

「うるるん!」

「うふふ、頼りにしているからね?」


 わたしがウルルンの体をつんと突けば、ぷるんと震える。

 そんなわたしたちの様子を見ていたダリヤさんが、ぽつりとつぶやいた。


「……これは仮説なんだけど」

「仮説? なんですか?」



「特別なのは、ウルルンじゃなくて、ミユルの方かもしれない」

「え? わたし?」



 ダリヤさんの言葉の意味がよくわからなくて、わたしは目をぱちくりさせた。




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 ステータス

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ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

性別/女

冒険者等級:星なし

称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者、ホームレス、不審者、他力本願、人助け初心者、お酒初心者

好き/クー、食べもの全般、お風呂、ハチミツ酒、かわいいもの←new

嫌い/虫

スキル/《ゴミ》

効果:ゴミをリサイクルする能力

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――――――――――――

ダリヤ

性別/女

冒険者等級:三つ星

称号/魔法使い、セイバー、ベテラン冒険者

好き/ハチミツ酒

嫌い/実家

スキル/黒魔法

効果:攻撃系魔法を使いこなす能力

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