第31話 エンカウント!


「っ!?」


 わたしとダリヤさんが、音のした方へと振り返る。


「ミユル、敵とエンカウントだと思われ。構えて」


 ダリヤさんは杖を構えながら、わたしにそう指示する。


「わ、わかりました……! ウルルン、ちょっとだけ隠れていてね……」

「うるるん?」


 わたしは肩に乗っていたウルルンを、上着のフードの中に入れる。

 それから、いつでもアイテムを取り出せるように、マジックバッグの中に手を入れて、音のした方に向き直った。


 がさがさっ――

再び茂みが揺れ、そこから現れたのは……


「シェルダーローリー……!」


 ダリヤさんがモンスターの名前をつぶやいた。


 そのモンスターの見た目は、完全に……ダンゴムシ。


 だけど、このダンゴムシ。

 大きさが尋常じゃない。


 丸まっていない状態で、体の大きさは3メートルを優に超えている。

 その姿はまるで大きな岩が動いているかのようで、胴体から伸びる無数の足がゾワゾワ、カサカサと、地面を這いずっていた。


 その大きさと見た目の気持ち悪さに、背筋にゾクゾクッと寒気が走った。


「ひいいい……!」


 わたしは、そう思わず悲鳴を上げると、脱兎のごとく、ダリヤさんの後ろにダッシュで回り込む。

 彼女のローブの裾をぎゅっと掴み、ダンゴムシから隠れるように、その背中に身を潜めた。


「ちょっとミユル、そんなに掴まれたら動きにくいわけで」

「ごめんなさいごめんなさい、虫はホントに無理なんですごめんなさい!」


 わたしはダンゴムシを直視することもできないまま、ひたすらダリヤさんに謝るしかなかった。


 昔から、それはもう前世の頃から。

 虫だけはホントにダメなんだ。


 この前リーフダムでゴミ漁りをしていたとき、ゴミ箱を開けた瞬間、ゴキが何匹も飛び出しきたことがあった。そのときわたしはその場で卒倒してしまった。


 そのくらい、ほんともう虫だけはダメなんだ。


「ト、ダリヤさぁん……お願いします。魔法で肉片ひとつ残らないくらいに、消し飛ばしちゃってくださいいいい……」


 わたしは他力本願全開で、ダリヤさんに懇願する。


「そうしたいのは、やまやまだけど……ちょっと相手が悪いわけで」

「え?」

「シェルダーローリーの殻は、魔法攻撃に対して高い耐性を持つわけで」

「え、え……!?」


 ダリヤさんの言葉に、わたしは顔をサーッと青くする。


「じゃあ、ダリヤさんの魔法が通用しないってことですか!?」


 わたしが上げた絶望の声に、ダリヤさんはこくりとうなずく。


「そもそもシェルダーローリーは、こんな低ランクダンジョンに現れるようなモンスターじゃない。つまりははぐれイレギュラーだと思われ」


 イレギュラー。

 その言葉の意味は、冒険者ギルドに登録したときに、グランドさんが説明してくれた。


 曰く、ダンジョンのモンスターが、何らかの理由で本来現れるナワバリとは違う場所に現れてしまう現象のことで、そうして出現したモンスターのことをイレギュラーモンスターと呼ぶ。


 高ランクのモンスターが、イレギュラーで、低ランクダンジョンに出現してしまった場合、当然のことながら、通常そのダンジョンを探索するような低ランクの冒険者では、討伐することができない。

 ときには多くの犠牲が出てしまうような、ダンジョンに潜る冒険者にとって、極めて危険な災害。

 それがイレギュラーである。


「ダリヤさぁん……どうしましょう……」

「逃げるしかないわけで」


 ダリヤさんはそう言って一歩前に出ると、ダンゴムシに向かって杖を構える。


「時間かせぎはボクがする。ミユルは先に逃げて」

「で、でも……!」

「大丈夫、後から追いつくから」


 わたしの戸惑いを他所に、ダリヤさんは杖を掲げて、詠唱を始めた。


「偽りの光よ、ここに顕れ、視線を奪え――《デコイ・ライト》」


 ダリヤさんの杖先から赤い光が放たれる。

 その光は、ダリヤさんの体を包むように照らした。


 その光に引きつけられたかのように、ダンゴムシは、ギギッ……と体を動かし、ダリヤさんの方に向き直る。


「ミユル、迷ってる時間はない。行って!」」


 ダリヤさんはそう言い残すと、身を弾くように駆け出した。

 同時に、ダンゴムシが体を丸めて、猛スピードで突進する。


「ダリヤさん!」


 ダリヤさんは、ダンゴムシの突進を横っ飛びで交わす。

 ダンゴムシは勢いそのまま一直線に突き進み、背後の木に激突した。

 突進を受けた木は、メキメキと音をたてて、真っ二つにへし折れる。

 あの、突進をくらってしまったら、ダリヤさんはひとたまりもない。


(どうしよう、どうしよう――!)


 ダリヤさんが作ってくれた隙を、無駄にするわけにはいかない。

 頭では、理屈ではそれを分かっていた。


 だけど、理屈が導き出した最適解――仲間を置いて逃げるという選択を、わたしの心は頑なに拒否していた。


(なにか、なにか、わたしにできること――)


 わたしは必死に、自分にできることを探す。

 けれど、冷静な思考などできるはずもなく。


(ダリヤさんを助けなきゃいけないのに――!)


 焦りで頭が真っ白になりかけたとき――

 不意にフードの中に隠れていたウルルンが、ぷるんと震えた。


「え?」

「うっるる~ん!」


 ウルルンはフードの中から飛び出して、ぴょこんと地面に着地する。


「ウルルン!? ダメ、危ないよ!?」


 わたしが慌てて止めようとするけれど、ウルルンはそのまま、ダンゴムシとダリヤさんの間に割って入るように、ぴょんぴょんと飛び出していった。


「ハピネスライム……? なに……?」


 ダリヤさんも、いきなり飛び出してきたウルルンに、呆気にとられたように声を上げる。


「ウルルン、戻ってきて! 危ないから!」


 わたしの声に耳を貸すことなく、ウルルンはそのままぴょんぴょんと飛び跳ねながら、ダンゴムシに向かっていく。

 ダンゴムシは、ダリヤさんから、突然乱入してきたウルルンへと、標的を切り替えた。

 その体を再び丸めて、ウルルンに向かって突撃する。


「だめええええ――!」


 ゴシャッ――!!


 わたしの悲鳴。

 それと、ダンゴムシの突進がウルルンに直撃する音が重なった。



 ――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

性別/女

冒険者等級:星なし

称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者、ホームレス、不審者、他力本願、人助け初心者、お酒初心者

好き/クー、食べもの全般、お風呂、ハチミツ酒、かわいいもの←new

嫌い/虫

スキル/《ゴミ》

効果:ゴミをリサイクルする能力

――――――――――――

――――――――――――

ダリヤ

性別/女

冒険者等級:三つ星

称号/魔法使い、セイバー、ベテラン冒険者

好き/ハチミツ酒

嫌い/実家

スキル/黒魔法

効果:攻撃系魔法を使いこなす能力

――――――――――――



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