第29話 幸運のハピネスライム

「スライム……?」


 わたし達がエンカウントしたのは一匹の小さなスライム。

 その体は半透明に透き通っていて、ゼリーのようにプルプルと震えている。

 つぶらな瞳をこちらに向けて、うるる……と鳴き声をあげる姿は、なんとも愛くるしい。


(いやいや、あくまでも相手はモンスター! この前、エンカウントしたジャンボスライムだって、めちゃくちゃ殺意高めのバケモノだったでしょ。見た目に騙されちゃダメよミユル……!)


(ああでも可愛いなぁ、おめ目がうるうるしていて……ゼリーみたいにプルプルで……うふふん)


 なんて具合に、わたしが敵の思わぬ可愛さに心を乱されていると――


「ラッキー、ハピネスライムだ」


 ダリヤさんがそう言って、構えていた杖を下げた。


「ハピネスライム?」

「うん。とても珍しいモンスターで、警戒心も強いから、滅多にエンカウントすることはない。だからついた名前がハピネス幸運のライム。基本的にコイツの方から人を襲うことはないし、万一襲われてもよわよわだから、心配ない」

「あ、そうなんですね」


 わたしはダリヤさんの説明に、ホッと胸をなでおろす。


「幸運のスライムかぁ……」


 わたしが改めてハピネスライムに視線を向けると、そのつぶらな瞳と目があった。


「うるる!」


 ハピネスライムは鳴き声を上げると、その場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「か、可愛い……」


 リンゴくらいの大きさしかない体。

 つぶらな瞳。

 半透明のぷるぷるボディ……

 

 思わず癒やされてしまうわたしだった。


「それじゃ、ミユル。やっちゃっていい」

「ふえ? やっちゃっていいって、何をですか?」


 ダリヤさんの言葉に、わたしは首を傾げる。


「何をって、ハピネスライムをだよ。倒すの」

「え、え……!? こんなかわいいのに、倒しちゃうんですか!?」


 わたしが驚いてそう尋ねると、ダリヤさんは、さも当然といった様子で頷いた。


「当たり前なわけで。コイツはモンスターなんだから」

「で、でも……! こんなに可愛いくて、しかも無抵抗なのに。それを倒すなんて、かわいそうじゃないですか!?」

「ハピネスライムは、よわよわだけど、倒すと大量の経験値を手に入れることができる。だから、ミユルみたいな新人冒険者の経験値稼ぎにピッタリのモンスターなわけで」

「でも……」


 それでもわたしが反論の言葉を探していると、ダリヤさんは、軽く肩をすくめて、ため息をついた。


「ミユル。わたしたちは冒険者。モンスターを討伐するのも仕事なわけで。それに仮に、ここでわたしたちが見逃しても、他の冒険者が見つけたらどのみちこの子は倒されちゃうと思われ」

「そ、それは……」


 ダリヤさんの言ったことは、冒険者として100パーセント正論。

 だから、わたしはその言葉に何も言い返せなかった。


 わたしはハピネスライムの方に視線を向ける。

 つぶらな瞳と目があった。

 うるる……と、わたしに向かって小さく鳴くその姿は、まるでわたしに助けを求めているようにさえ見えた。


(かわいい……だけど、わたしはもう冒険者なんだ……)


 わたしは心のなかで覚悟を決めた。


「……わかりました、ダリヤさん。わたしがハピネスライムを倒します」

「うん、ガンバレ」


 ダリヤさんの応援の声を背に、一歩、ハピネスライムに歩み寄った。 

 そして胸に手をあてて、深呼吸を一つ。


「でもその前に……一つだけ試させてください」

「試すってなにを?」


 わたしはマジックバッグの中をまさぐり、先ほどスキル《ゴミ》でリサイクルしたアイテムたちの中から、とあるアイテムを取り出した。


「これです!」


 わたしはダリヤさんの方に振り返って、そのアイテムを見せつける。

 そのアイテムを見て、ダリヤは呆れたように肩をすくめた。


「ミユル……なんて出しても、モンスターは簡単に仲間になるものじゃ――」


 そう、わたしが取り出したのは《魔物のえさ》。

 きっとこのダンジョンを通った魔物使いモンスターテイマーさんが使ったアイテムだろう。


 このアイテムを使えば、ハピネスライムを仲間にできるかもしれないと思ったのだ。

 そうすれば、むやみに命を奪わずにすむ。


(だって、こんなに可愛いんだもん――)


 ちなみにモンスターを仲間にする方法は、本で読んだことがあるから、なんとなくの流れはわかっている。


 まず魔物のえさで手懐けて、次にモンスターに名前を与えて、最後にその名前をモンスターが受け入れることで仲間になるのだ。

 

「ムダだと思われ。そもそもミユルはモンスターテイマーじゃないでしょ?」

「もちろん、悪あがきだってわかってますとも。これでダメならわたしも諦めます。でもほんの1パーセントでも可能性があるなら――」


 わたしはそう答えながら、ハピネスライムの前にひざまずいて、魔物のえさを差し出した。


「ほら……わかる? これ食べて」

「うるる?」


 ハピネスライムはわたしの手のひらの上にのった魔物のえさを不思議そうに見つめると、ぽよんぽよんと近づいて、えさの匂いをかぎはじめた。

 

 そして――


「うるる!」


 ハピネスライムは魔物のえさをひとかじり。

 すると――


 ぽわんぽわんぽわん……


 なにやらハピネスライムの身体が淡く輝いて、その輝きはハートマークになって、その頭上に浮かんだ。


(これって……! 上手く行ってる……!?)


 予想だにしない事態に、わたしの鼓動が早くなる。

 次のプロセスは名前をつけることだ。

 はやる気持ちを抑えつつ、ハピネスライムに語りかけた。


「ねぇ……キミの名前なんだけどさ」

「うる?」


 どうしよう。

 名前、何も考えていなかった。

 どうせならステキな名前を与えてあげたいけれど……


 ……


 うん、決めた!

 こういうのは、直感が大事!


「キミの瞳がとってもうるうるしてるから……今日からキミの名前は『ウルルン』です!」


 わたしはそう宣言した。

 

「いや、そのまんまなわけで……」


 わたしのネーミングセンスに、ダリヤさんがツッコミを入れたタイミングで――


「うっるる~ん!」


 ハピネスライムは、一際大きな鳴き声を上げた。

 

 ぽわんぽわんぽわん……と音を立てながら、ハピネスライムの頭上に浮かんだハートが、どんどん大きくなっていく。

 ハートは、次第にハピネスライムの頭を離れ、わたしの胸元へと吸い込まれていった。

 じんわりとした暖かさが、胸元から全身へと広がっていく。

 そして、うるるんから生まれたハートは、わたしの胸の中に完全に吸い込まれて、やがてその輝きを失った。


 わたしはダリヤさんの方に振り返る。


「これって……! ダリヤさん……!?」


 視線の先で、ダリヤさんは驚いたような、ちょっと呆れたような表情を浮かべていた。


「マジか……テイムが成功したと思われ……」


「よっしゃー!」


 わたしは思わずガッツポーズ。

 するとハピネスライム――もとい、ウルルンが、ぽよんぽよんと飛び跳ねて、わたしの胸に飛び込んできた。

 わたしは両手でうるるんをキャッチ。


「うるうるうるる〜ん!」


 ウルルンは、とても嬉しそうにわたしの手のひらでぽよんぽよんと飛び跳ねている。

 

「かわいい……」


 その姿に心から癒されるわたし。

 こうしてわたしのパーティーに、ハピネスライムのウルルンという、頼もしい……もとい、大変可愛らしい仲間が加わることになったのだ。



 

――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

性別/女

冒険者等級:星なし

称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者、ホームレス、不審者、他力本願、人助け初心者、お酒初心者

好き/クー、食べもの全般、お風呂、ハチミツ酒、かわいいもの←new

嫌い/虫

スキル/《ゴミ》

効果:ゴミをリサイクルする能力

――――――――――――

――――――――――――

ダリヤ

性別/女

冒険者等級:三つ星

称号/魔法使い、セイバー、ベテラン冒険者

好き/ハチミツ酒

嫌い/実家

スキル/黒魔法

効果:攻撃系魔法を使いこなす能力

――――――――――――

 

 

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