第20話 現実は厳しいのです


「……初対面の人から突然仲間にしてほしいなんて言われてもフツーに困るわけで」


 私の申し出に対して、ダリヤさんはもっともな反応を返してきた。


「たしかに……そうですよね! あはは……」

 

 わたしは苦笑いしながら頬をポリポリとかく。

 そして胸に手を当てた。


「――まずは自己紹介させてくれませんか? わたしはミユルといいます! 新人の冒険者……じゃなかった。ええと、まだ冒険者にもなれてないので冒険者希望者です!」


 自分の身元を名乗ったあと、わたしはこれまでの事情を必死に舌を回して説明する。


「――というわけでですね……! この街で生きていくためにはわたしも冒険者になる必要があって。それで確かな実績を持つダリヤさんにご一緒させてもらえないかなって……!」

 

 ダリヤさんはそんなわたしをキョトンとした顔で見つめていたが、やがて目を伏せて小さくため息をついた。


「……事情はわかった」

「それじゃあ……!?」

「悪いけどムリ」

「はうッ!」


 ダリヤさんはわたしの頼みをバッサリと切り捨てる。

 

「……り、理由を教えてくれませんか?」

「フツーに足手まといなわけで」

「ガーン!」


 ダリヤさんから足手まとい呼ばわりされてショックを受けるわたし。

 だけどその言葉を否定することができないのもまた事実だった。だってジャンボスライムに襲われたとき、わたしは何もできなかったのだから。

 

 それでもわたしは往生際悪く食い下がる。


「それなら……推薦状だけでも……書いてもらうことは……」

「それもムリ」

「ががーん!」


 わたしはガックリと肩を落とした。

 そんなわたしの様子を、ダリヤさんはジッと見つめていた。


「ミユル、だったよね」

「はい」

「冒険者を目指すキミに見せたいものがある」

「見せたいもの……ですか……?」

「こっち。ついてきて」


 ダリヤさんはそう言って、わたしに背を向けて歩き出す。わたしは慌ててそのあとを追いかけた。


 ***


 それから10分くらいダンジョンの奥へと進んで、ダリヤさんははたと立ち止まった。


「着いた。ここが今日の目的地」


 ダリヤさんはそういって奥の方を指し示す。

 だけど、辺りは暗闇に包まれていて、わたしには何も見えなかった。


「あの……ダリヤさん……? ここに何が……?」


 ダリヤさんはわたしの問いには答えずに、代わりに手に持っていた杖を頭上にかざした。

 

「無明に灯りを――《スターライト》」


 ダリヤさんがそう唱えた瞬間、杖の先に光がともる。

 魔法の灯りは、暗闇が覆い隠していたものをわたしの前に照らし出した。

 

「えっ……!?」

 

 わたしは思わず言葉を失った。

 

 そこにあったものは――人だった。

 冒険者らしき風貌をした人物が二人――ダンジョンの床にへばりつくようにして、あるいは壁にもたれかかるようにして倒れていた。


「だ、大丈夫ですかッ!?」


 わたしはあわてて駆け寄り、その人たちのそばにしゃがみ込む。


 一人は革鎧を身につけた戦士風の青年。

 もう一人はグレーのローブに身を包んだ、魔法使い風の女の人だった。

 二人とも全身にひどい傷を負っていて、身にまとう装備はどす黒い血でベットリと汚れていた。


「……ッ! 酷い傷……!」

 

 二人ともピクリとも動かない。

 素人のわたしでもひと目見てわかった。


 致命傷。

 あるいはもう――


 うろたえるわたしの背後から、ダリヤさんの抑揚のない声が聞こえてくる。


「戦士ホーク、それと魔法使いカミル……今朝の運命の石板フェイト・タブレットに載っていた冒険者たちと思われ。モンスターにやられたか、あるいはトラップを踏み抜いたか……」

「ダリヤさん……」

「ここには死がありふれている。力の無い者はただ喰われる。そこに意味や意義はなく、あるのはただ弱肉強食の摂理だけ。それがダンジョンの掟なわけで――」


 ダリヤさんはそう独りごちたあと、ゆっくりとした足取りでその人たちのもとまで歩み寄る。

 そして、倒れている冒険者のそばにしゃがみ込んで、懐からナイフを取り出した。


「ダリヤさん……なにしてるんですか?」

「冒険者タグの回収」


 ダリヤさんはそう言って首元にかけられたタグを切り離し始める。


「このタグは、冒険者がギルドから与えられる身分証明書。タグさえ回収しておけば、死んでも身元確認ができるわけで」

 

 そう言いながら、ダリヤさんは淡々と作業を続ける。


「助けないんですか!?」

「フツーに手遅れなわけで。だからタグと荷物だけ回収していく。別にこっちは慈善事業をやってるわけじゃないから」

「そんな……」

 

 わたしはその背中を見つめながら、グランドさんの口から語られたセイバーという職業のジレンマを思い出す。

 思わず、ダリヤさんにかけるべき言葉を見失ってしまっていた。


「ミユルも……死にたくないでしょ?」


 ダリヤさんはその手を止めずに、わたしに問いかけてきた。


「は、はい…死にたくないです」

「……だから、冒険者はおすすめしないわけで」

「……」

「帰りはボクが出口まで送る。このまま二人の遺品を回収するから少し待っていてほしい」

「わかりました……」


 わたしはダリヤさんの言葉に小さくうなずくしかなかった。

 それからしばらく、沈黙が続いた。

 その間、わたしはじっと床に倒れ伏す二人の冒険者を見つめる。


 よくみると二人ともまだ歳は若いようだった。

 新米の冒険者パーティだったのかもしれない。

 

 冨か。名声か。冒険心か。

 あるいはその全てか。

 二人は何を求めてダンジョンに足を踏み入れたんだろう。

 その夢が潰えようとするその瞬間、二人は何を思ったんだろう。



 ――かわいそうだ。

 


 思わず涙がこぼれそうになった、そのときだった。



 ――ぴくり。



「――え?」


 地面に倒れる少女の手がわずかに動いたように見えた。

 一瞬、見間違いかと思う。

 でもすぐ思い直した。


「ダリヤさん――! この人まだ生きてます!!」


 わたしは大声でそう叫んだ。





――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

性別/女

称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者、ホームレス、不審者、他力本願

好き/クー、食べもの全般、お風呂

嫌い/虫

スキル/《ゴミ》

効果:ゴミをリサイクルする能力

――――――――――――

 

 

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