第5話 スパダリ、裏切ったってよ


 わたしはフェザリス様の後に続いて《ロロ・ノヴァの遺跡》へと足を踏み入れた。

 

 遺跡の中は薄暗く、天井から差し込む光でかろうじて視界を保っている感じだ。

 フェザリスさまの背中に張り付いておっかなびっくりついて行く。


「ははは、フレデリカ。そうやって掴まれたらちょっと歩きにくいよ?」

「ご、ごめんなさいフェザリスさま……! でも、わたし、ダンジョンに入るの初めてで……」

「大丈夫、魔物避けの対策はキチンとしている。それに万一魔物と遭遇エンカウントしたとしても、さっき言ったとおり僕が君を絶対に守るよ?」

「そ、そうなんですね……」


(……って、言われても)


わたしはフェザリス様の服の裾をしっかりと握りしめる。


(怖いものは怖いよ)


「怖いなら手を繋ぐかい?」

「い、いえ! 結構です」


 心を見透かされてしまい、わたしはアタフタする。

 間を繋ぐために次の話題を探した。


「あのー、でも……なんで突然ダンジョンに……? それにわたしのゴミスキルを手助けできるっていうのは……」


 わたしは出発前からずっと気になっていた疑問を口にすることにした。


「ああ、それはね……ダンジョン内部の強いマナの力を借りて、君のスキルをリセットできないかと思って」

「スキルを……リセット……?」


 わたしは首をかしげながら、フェザリス様の言葉をオウム返しする。


「スキルとは星辰の儀ステラ・ライツにより、天から授かる祝福――それは人にとって絶対的なものであり、人の力が干渉することは不可能」


 フェザリス様が口にしたのは、この世界で常識として語られるスキルに関する知識だ。


「だけど……最近のスキルに関する研究では、どうやらそうとも限らないことがわかってきた」

「どういうことですか?」

「この世界にはごく稀にだけど、スキルを複数種類授かったり、途中でスキルが全く別のものに変化した人がいる」

「はえー」


 わたしは思わず間抜けな声を上げる。

 そんなわたしを見つめながらフェザリス様はクスクスと可笑しそうに微笑んだ。


「そしてその人たちのことを調べてみると、とある共通点があった。それがなんだか分かるかい、フレデリカ?」

「ごめんなさい……チンプンカンプンです」


「スキルに変化が生じる前に……彼らはみな強力なマナに接していた。つまりんだ」

「スキルを……コントロールする……」

「それが君をダンジョンまで連れてきた理由だよ。この先に高濃度のマナが結晶化した巨大なクリスタルがある。その力を利用して君のスキルをリセットするんだ。そうすればきっと、君のゴミスキルは無くなるはずさ」

「はあ……」


 フェザリス様の語った言葉。

 ダンジョンを満たすマナの力でスキルをリセットする。

 本当にそんなことができるんだろうか?


 正直半信半疑だ。


(でも、もしも本当にそんなことができたら……)


 お父さんとお義母さん。

 お屋敷のみんな。

 親戚の人たち。

 学校の先生、友達。


 この一年で失われた大切な人たちとの多くの絆。


(本当にゴミスキルをリセットすることができたら)


 皆との絆を取り戻すことができるかもしれない。

 わたしはやり直すことができるかもしれない。


 わたしの心の中に、小さなちいさな希望の光がともった気がした。


「さあ、もうすぐだよ。急ごうフレデリカ」

「は、はいっ」

 

 わたしはフェザリス様の背中を追いかけながら、ダンジョンの奥へと足を進めるのだった。


***


  しばらく先に進むと開けた場所にでた。


「到着だ。ここが目的地だ」

「ここが……」


 そこは天井の高い開けた空間になっていて、天井から差し込む淡い光のおかげで全体の様子が見て取れた。


 その空間はかつての祭壇だったようだ。

 大きな石柱がいくつも立ち並び、その奥には一際大きい石の台座が備え付けられていた。

 祭壇は長い年月放置されていたため、あちこちにひびが入ったりツタが絡みついたりして、半分朽ち果てたような有り様だ。

 とくに台座の前方の床は大きく崩落してしまっていて、ぽっかりと大穴が開いていた。


 わたしはあたりをキョロキョロと見回す。


(変だな。フェザリスさまはここが目的地だっていったけど、肝心のクリスタルっていうのはどこだろう?)


 見渡した限りではそれらしきものは見当たらない。


「フェザリスさま、クリスタルっていうのは、どこに……?」

「ああ、こっちだよ。フレデリカ」


 フェザリス様は大穴のそばまでスタスタと歩いていき、わたしを手招きした。

 わたしはフェザリス様の後に続く。


「この穴の奥だ……ほら覗いてごらん」


 わたしはフェザリス様に言われるがままに、穴の中を覗き込む。

 

 穴の先は真っ暗で、底が見えない。

 まるで暗闇に吸い込まれてしまいそうな錯覚を覚える。

 クリスタルなんてどこにも見えなかった。


(これってどういうことだろう――?)


 不安になってフェザリス様の方を振り返ろうとした、そのとき。



  ドン!



(――え?)


 突然、何かに背中を強い力で押された。

 わたしの体はバランスを崩し、足元から地面を踏む感覚が失われる。


(やば! 落ちる!)


 わたしは咄嗟に手を伸ばす。

 穴の縁に突き出ていたガレキに片手が引っかかり、かろうじて落下は免れた。


「フェザリスさまッ――! 助けて!」


 わたしは助けを求めて必死に声を上げた。

 だけど。


 わたしの頭上に影が差す。

 わたしは上を見上げた。


 

 そこには……笑顔を浮かべるフェザリス様の顔があった。


(は? え……!? フェザリスさま……!? なんで……笑ってんの……!?)



 わたしはこの状況が理解できず、頭の中がパニックになる。


 わたしの体は何かに突き飛ばされた。


 何に?


 魔物に襲われた?

 いや、そんな気配はなかった。

 わたしを突き飛ばしたのは魔物以外の何かだ。


 この場所にはわたしとフェザリス様しかいない。

 ということは、わたしを突き飛ばしたのは……

 

 


 フェザリス様がわたしを突き飛ばした?

 なんで? どうして?


 だってこの人はわたしを助けるためにここまで――


 フェザリス様がわたしを見下ろしながら、口を開く。

 

「フレデリカ。訳がわからないって顔をしているね? 相変わらず君は犬っコロみたいに素直だ。僕は君のそういうところが嫌いじゃなかったよ」


 その顔にはいつもと同じ笑顔が張り付いているのだけど、なんだかひどくイビツにみえる。


「スキルチェンジなんて真っ赤なウソさ。君をここまで連れ出すためのね」

「え……? ウソ……?」


 フェザリス様は気だるげに前髪をかきあげると、その歪な笑顔をまっすぐわたしに向けた。


「な、なんで……そんなウソを……?」

「まだ気づかないの?」


 フェザリス様は呆れたように肩をすくめる。


「僕は君を始末するよう、君のお父上に頼まれたんだよ」

「え……!?」

「あはははは、ビックリした? でも当たり前だろ? ミュルグレイス家はこの国を代表する公爵家。その公爵令嬢ともあろう者がスキル【ゴミ】なんていうふざけたスキルを授かったなんて、そんなの貴族僕たちの社会で許されるわけがない」


 フェザリス様はなんだかとてもおもしろいことをおしゃべりするみたいに楽しそうに続ける。


「君はミュルグレイス家にとって邪魔モノになった。でも表立って君のことを暗殺しちゃったら色々と周りがうるさいからさ。だからこうしてダンジョンでの事故を装って君を始末しようということになったワケ。ああ、これは僕が君のお父上に提案したんだけどね」


「ウソ……ウソだ……お父さんがわたしを……殺そうとするなんて……」


 突きつけられた冷酷な真実を受け入れられなくて、わたしの口からは蚊の鳴くようなか細い声がもれた。


「しょうがないよフレデリカ。君が授かったスキルとおんなじでさ――

「――ッ!」

 

 フェザリス様から……

 ううん、から返ってきたのは、わたしの心をズタズタに切り刻むような冷たい言葉だった。


「それじゃあフレデリカ、僕と君はこれで婚約破棄だ。来世ではもう少しマシなスキルに恵まれるといいね」

「フェザリスさま――!」

「さよなら」


 フェザリスはガレキを掴むわたしの片手を蹴り落とした。


「あっ……!」

 

 フェザリスに裏切られ、わたしの身体は奈落に向かって吸い込まれていった。

 



――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

フレデリカ・ミュルグレイス

 性別/女

 称号/ゴミ令嬢

 好き/クー、甘いモノ

 嫌い/虫、ゴミカスゲロしゃぶフェザリス←new

 スキル/ゴミ《効果》不明

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