第6話 わたしはゴミじゃない!




 ……



 …………



 ………………



 


 バッシャーンッ!

 


 わたしの鼓膜をものすごい音が振るわす。

 同時に身体が何かに打ち付けられた強い衝撃。

 

「ブクブク……ガボッ!?」

 

 次の瞬間、わたしの口の中に大量の水が入ってきた。

 思わず飲み込みそうになるのを必死で口を閉じる。


(水の中……!?)


 身体が水中にあると気づいたわたしの生存本能は、空気を求めて手足をジタバタと動かす。

 身体が上へ上へと浮上していった。

 

 バシャッ!

 

「ブハッ! ゲホッ……ゲホォッ……!」

 

 わたしは水面から顔を出すと、新鮮な空気を肺に満たす。

 そのまま泳いでなんとか岸に辿り着いた。

 

「ハァッ……ハァッ……」


 わたしは岸に寝っ転がり、荒い呼吸を繰り返す。

 どうやら落下した場所がたまたま地底湖で、わたしはそこに着水したらしい。おかげで命拾いした。


「ひい、死ぬかと思った……」


 なんとかひと心地ついた後、モソモソと身体を起こす。

 わたしは自分の身に降りかかった悲劇を受け止めきれず、しばらくボンヤリと湖面を眺めていた。


「殺されかけちゃったよ……自分の婚約者に……、はは……笑える……」


 ウソだ。本当はちっとも笑えない。

 湖面に写った自分の顔は、今にも泣き出しそうであまりにもひどい有様だった。

 

「泣くな……、ゼッタイ泣くもんか……」


 だからこそ自分に言い聞かせるようにそうつぶやく。

 あふれそうになる涙をぐっとこらえる。

 

 それに現実問題として、泣いている場合じゃなかった。


 わたしは自分の現在地を確認するために、辺りをキョロキョロと見渡す。

 ここは地底湖を中心とした大きな洞窟のようだった。

 日の光の差さない地の底だが、発光性の苔が生えているおかげであたりの様子はボンヤリと確認できる。


「どうしよう……に落ちちゃったかも……」


 わたしは本で読んだダンジョンに関する知識を思い出す。

 

 ダンジョンはその中心にダンジョンクリスタルという核を持っていて、その核に近づくほど魔力濃度が濃くなる。つまりダンジョンの危険度が増すというわけだ。


 今わたしがいる場所がダンジョン《ロロ・ノヴァの遺跡》と地続きであるとすれば。

 

 そうとう下まで潜ってしまったことになる。

 モンスターと遭遇する危険度もケタ違いだ。


 


「グギャアアアアアアアッ!」



 

 はい。

 早速フラグ回収。

 わたしは声のしたほうに、ガバッと身構える。

 

 暗闇の向こう側から、巨大なトカゲのような生物がこちらにむかって這いずってくるのが見えた。

 

 体長はゆうに四、五メートルくらい?

 ちっぽけなわたしなんかひと口で丸呑みできそうな大きさだ。


「な、なにあれ……あんなの反則でしょ……!」


 初めて対峙する巨大なモンスターの迫力に、手足がガクガクと震えだした。


「おしまいだ……こんなの絶対に逃げられない……」


 フェザリスに殺されかけて、それでもなんとか命拾いしたわたしだけど、眼前にせまるモンスターから逃げられるビジョンがまったく見えなかった。

 


 今度こそ。わたし、死ぬんだ――

 

 

 そんな実感と共にわたしの脳裏には走馬灯が駆けめぐる。


 入院していた前世の記憶の断片。

 異世界転生に気づいたときの興奮と感動。

 公爵家の令嬢として、何一つ不自由なくスクスクと育った幼少期。

 

 すべてが一変した星辰の儀ステラ・ライツ

 その日からわたしに押された不用物の烙印。

 


「ゴミめ! お前はこれ以上この私に恥をかかせる気かっ!!」

 


 優しかったお父さんのわたしを見る目が変わった。

 


「やっぱりあの女の子どもね。ふふふ……スキル《ゴミ》……お似合いじゃない……」


 

 お義母さんとわたしは所詮血のつながっていない赤の他人であることを痛いくらいに思い知らされた。


 

「君が授かったスキルとおんなじでさ――キミはもうゴミなんだよ」


 

 将来を誓ったはずの婚約者はわたしのことを虫ケラのように殺そうとした。


 みんなわたしのことをゴミ扱い。

 でもしょうがないよね。

 


 だってゴミスキルを授かったあの日から。

 実際わたしなんて、ただのゴミだから。

 

 スキルのせいでまともに人付き合いもできないし……

 

 みんなから嫌われて。

 

 誰からも必要とされなくなった!


 皆に改めて言われなくても自分が一番わかってたよ!!

 

 とっくに自分が要らない人間になってたことなんて!!!


 だからわたしはこんな暗いダンジョンの奥底で、誰にも顧みられることなくバケモノに食い散らかされて死ぬ。

 

 はは、笑える。

 ゴミにはお似合いの最期じゃん。


 モンスターはジリジリと距離を詰めてくる。

 わたしなんかに警戒しているの?

 

 こっちは戦う術なんてなーんにも持っていないのに。

 どうせなら一息でやっちゃってほしい。

 痛いのはイヤだ。

 

 わたしは何もかもがどうでもよくなって目を閉じた。

 そして最期に思い浮かべたのは――

 


 クー。

 妹の優しい笑顔だった。


 

 

 ――何があってもわたしはお姉ちゃんの味方だから!

 ――だってわたし、お姉ちゃんのこと大好きだもん。



「――ッ!」

 


 クーの笑顔が、言葉が。

 打ちひしがれたわたしの心を再着火する。


 そして、不意に思い出した。

 前世で巡り会った、わたしにとって大切な、言の葉。



 

 神さまは、乗り越えられる試練しか、与えない。

 



 目を見開いた。

 巨大トカゲが目前に迫る。


「わたしが……」


 口から言葉が漏れた。


「わたしが……なにか悪いことした……?」


 口から心が漏れた。


「ただ、ゴミスキルってだけで……それだけなのに……うっく」

 

 同時に両目から熱い涙があふれた。


「皆してわたしのことをバカにして……ひっく、イジワルして……挙げ句こんなところでモンスターに食われて死ねって……」


 次から次へと涙が流れてくる。

 涙と同時に込み上げてくるモノがあった。


「ふざけるな……!!」


 

 理不尽に対する怒りが、胸いっぱいに込み上げてきた。


 わたしは右手で涙を拭い、その手のひらをギュッと握りしめて、拳を作る。

 

「こんなところで死んでたまるか……! わたしは絶対に生きてやる……!!」


 だってわたしには、わたしのことを大切に想ってくれている存在がいる。

 妹のクーがいるんだ。

 わたしが死んだら、きっとクーは泣いちゃう。

 

 だからきっとわたしにはまだ価値があるんだ……!

 ……!


 


 叫べッ!!!


 

 

「わたしは……ゴミじゃないッッッ!」

 



 その刹那、自分の身体が眩い光に包まれた。

 身体の底から熱いエネルギーが込み上げてくる。

 圧倒的な無敵感がわたしを満たした。


 キッとトカゲをガン飛ばす。

 その背後に、わたしをゴミ扱いした皆の笑い顔が見えた気がした。


「一発殴らせろッ!」


 わたしはモンスターに向かって、ガムシャラに駆け出す。

 勢いそのままジャンプ。

 自分でも引くぐらい高く飛べた。

 

 拳を振りかぶり、巨大トカゲの顔面あたりに狙いを定める。

 モンスターどころか、誰かを殴ったことすらないんだけど。


「ブチのめえええええすッ!」

 

 そのまま一気に振り抜いてやった。


 ばっこん。

 

 わたしのパンチが命中。

 巨大トカゲは花火みたいにバチュっと弾け飛んでしまった。


 わたしは着地する。

 ぼたぼたぼたっと降ってくる巨大トカゲのミンチシャワーを頭から浴びた。


 はっはっはっ。

 ざまあみろ。

 汚ねえ花火だぜ。


 ……


 ……


 ……

 


 え?

 


「わ、わたし……今なにしたの……?」


 謎の無敵感は消え去って、わたしは我に返る。

 たった今自分がしたことが信じられなかった。

 わたしが巨大なモンスターを倒した?

 え、ウソ? たった一人で?


 わたしは恐るおそる自分の両手を見る。

 未だキラキラと全身が光に包まれていたけど、やがてその光がだんだんと弱まっていった。


「なにこれ……どういう……?」


 同時に急激な疲労感がわたしを襲う。

 ぐにゃりと視界が歪んだ。

 

「あれ……やば……」

 

 立っていられなくてその場にヘナヘナと倒れこむ。

 そのままわたしの意識は、暗闇に沈んでいった。


 






――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

フレデリカ・ミュルグレイス

 性別/女

 称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者←new

 好き/クー、甘いモノ

 嫌い/虫、フェザリス

 スキル/ゴミ《効果》不明

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――――――――――――

 

 


 

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