第7話 ゴミ令嬢は曇らない




 ……



 …………



 ………………



 


「おねがいします食べないでくださあああああいっ!」



 ガバッ!


 巨大なモンスターがおっきな口を開けてこっちに飛び掛かってきた拍子に、わたしは跳ね起きた。


「……あ、あれ?」


 わたしは目をシパシパする。

 目の前にはモンスターなんていなかった。

 

「夢……? だったの……?」


 わたしは辺りをキョロキョロと見渡す。

 見慣れない部屋だった。

 大部屋には、所狭しと十台ほどのベッドが並べられていて、そのうえには包帯を巻いたり、腕を吊ったりした人が寝かされていた。


「なに……? ここ……病院……?」


 どうにも自分の頭がボンヤリしていた。

 そんな寝ぼけ眼の頭にムチを打って記憶の糸をたぐる。


「わたしは……ダンジョンに入って……それで……えっと……」


 フェザリスのクソ野郎に裏切られたこと。

 ダンジョンの下層まで突き落とされたこと。

 そこで巨大なモンスターに襲われたことを思い出した。


 だけど、その先がどうしても思い出せない。


 モンスターに襲われて絶体絶命だったわたしが、なぜ病院(?)のベッドで寝ているのだろうか。


「ダメだ……思い出せないや……」

 

 はああ、と大きく息を吐くわたし。


「でもとりあえず……命拾いしたのかな……?」


 同時に安堵の声を漏らした。


「あら、目が覚めた?」

「え?」


 声に釣られて振り返ると、一人の女性がこちらに近づいてきた。

 教会のシスターが着るような清楚なローブに身を包んだその女性は、ブルーの髪をポニーテールにまとめている。


「気分はどう? 大丈夫?」

「あ、はい……おかげさまで……」


 ……

 いや、おかげさまってなんだ。

 自分の言葉のチョイスがちょっと変だったことにセルフツッコミを入れるわたし。

 でもお姉さんはそのことに関しては特に気にした様子はなかった。

 

「それは良かった」

 

 ニッコリとほほ笑むと、わたしのベッドのすぐそばまで来て、その脇に置いてある丸椅子に腰を下ろした。


「ちょっと失礼するわね……」


 お姉さんはわたしの顔に手を伸ばし、おでこに手を当てたり、目の下を引っ張ってみたり……わたしの体調を色々と調べているみたいだ。


「うん、意識もハッキリしてるし、顔色もいい。これなら心配ないね」

「あの……ここは……?」

「ここはリーフダムの教会に併設された治療院よ」


 リーフダム。

 その名前に聞き覚えはあった。

 たしかミュルグレイス領に近い自由都市の名前だ。


「あなたは……」

「わたしはノーラ。この教会のシスターよ。この治療院の手伝いもしているの。よろしくね」


 ノーラさんはそう言うとニッコリと微笑んだ。

 優しそうな人だ。

 ひととおり診察も終わったみたいなので、わたしはこの人に色々聞いてみることにした。


「わたし……どれくらい眠っていたんですか?」

「ここに運ばれてきてからもう三日間はずっと眠りとおしだったわ」

「わたしはそもそもどうしてここに?」

さんがここまで運んできたの」

「せいばー……?」

「ええ、救い手セイバー。ダンジョンで探索不能ロストになった冒険者を回収する専門の冒険者たちのこと」


 ノーラさんは笑顔のまま、わたしの質問に答えてくれる。


「ここではアナタみたいな人は珍しくないわ。冒険に出て、ダンジョンに潜って、モンスターに襲われてロストする……でもアナタは運がよかった。こうして生きて帰ってくることができたんだから」


 ノーラさんの説明をまとめると、誰かがわたしのことを助けてくれて、わざわざダンジョンからここまで運んできてくれたということだ。

 別にわたしは冒険者じゃないけど。

 なんとなく自分の置かれた状況が掴めてきた。

 となると次に気になったのは――


「わたしのことを助けてくれたセイバーさんっていうのは……今どこに?」


 誰がわたしを助けてくれたのかということだった。

 だけど、ノーラさんはふるふると首を横に振る。

 

「ごめんなさい、それは分からないわ」

「そうですか……」


 わたしは目を伏せる。

 残念だ。命の恩人に是非ともお礼を言いたかった。


「うん、それだけしっかり受け答えできるなら、本当にもう大丈夫そうね。アナタ、名前は?」

「あ、はい……えーと、ミュル――」


 ミュルグレイス公爵家の長女フレデリカ。

 そう、いつものクセで名乗りの口上を言いかけてハッとする。

 

 ミュルグレイス家は王国で有数の大貴族だ。

 いくらここが自由都市リーフダム――王権が直接影響しない場所だったとしても、ミュルグレイスの名前を口にするのは危険かもしれない。


(だって実家に帰ったら、今度こそわたしは殺されちゃうから)



「ミユル……です」



 とりあえずとっさに思い付いた偽名を名乗っておくことにした。


「ミユルちゃんね。あ、そうそう、治療費はあなたを助けた救い屋さんに立替済みよ。だからいつ退院しても大丈夫だから。あなたの荷物はそこにまとめてあるから後で確認してね」


 そう言ってノーラさんは退院に関する手続きをテキパキと説明してくれて、次の患者の元へ去っていった。



 ノーラさんが説明してくれたとおり、わたしの荷物はベッドサイドにまとめてあった。

 といっても上着の他には小さなポシェット一つくらいなもので、我ながら随分と身軽なものだった。


 ただ、一つだけ中に見覚えのないものが混ざっていた。


「これは……?」


 小さなアミュレットが結ばれた首飾りだった。

 わたしはそれを手に取ってまじまじと見つめる。


 六芒星と円を組み合わせたようなデザイン。

 その中心に、水晶石がはめ込まれている。

 窓から差し込む陽の光に照らされた水晶石はキラキラと輝いていた。


「なにかの紋章? それとも家紋かしら? キレイだな……」


 これはわたしの持ち物じゃない。

 もしかしたらわたしを助けてくれた《セイバーさん》の落とし物かもしれない。

 持ち主に返そうにも、その持ち主がどこにいるのか全然検討がつかない。


「とりあえず預かっておこうかな……」


 わたしはそう呟いてアミュレットを首に掛けた。


「さて、どうしようか」


 元気になったことだし、いつまでもここにいるわけにはいかない。

 わたしは今後の身の振り方について考えを巡らせる。


 わたしがいる場所は自由都市リーフダム。

 もう二度とミュルグレイス家には戻れない。


 公爵令嬢フレデリカ・ミュルグレスはもう死んだ。

 だけどわたしは生きている。


「この街で。全く新しい人間として。ただの女の子、ミユルとして生きていく……」


 それはきっと途方もないくらい大変なこと。

 これから先どうすればいいかなんて全くわからない。



 だけど、心のどこかでワクワクしている自分がいた。



 だって……わたしはもう全部手放した。

 わたしを縛っていた堅苦しいモノもなくなった。

 

 わたしの人生は振り出しに戻った。

 これ以上、わたしは下に落ちっこない。

 


 だったら、もう。



「上を見るしかないよね……!」



 人並みでいい。

 ささやかでいい。

 小さな幸せを、この手で掴みたい。


 そう思うと、自然と笑みがこぼれた。

 この世界に転生したときに覚えた、懐かしいトキメキがよみがえる。


「そうと決まれば!」


 わたしはベッドから勢いよく飛び降りる。


 いつまでもここで寝ている場合じゃない。

 わたしの直感が告げていた。

 この街では、きっと素敵なことが起こる。


 新しい出会い。

 胸躍るような冒険。

 前世も含めて、これまでの悲しい毎日が、全部夢だったんじゃないかって思うくらい楽しい時間。


 

 そんな予兆を、わたしは確かに感じていた。


 負けないぞ……!

 運命め、わたしの表情を曇らせられるもんならやってみろってんだ。



「この街でわたしは……自分らしく生きるんだ!」


 



 ……



 …………



 ………………


 




 そして治療院を退院してから、あっという間に一週間が経過した。




 わたしは、ホームレスになっていた。



 ……



 

 あれえ?






 



――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

 性別/女

 称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐、ホームレス←new!

 好き/クー、甘いモノ

 嫌い/虫

 スキル/ゴミ《効果》不明

――――――――――――

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