第3話 変わるモノ、変わらないモノ


「なるほど。腹部をパックリイカれて死んでいた、と。ふむ、死因はわかった。んで、なんだってオマエはそんな現場に出くわしたんだ。まさかその歳で迷子になったとは言わねぇよな」

「それが僕にもよくわからないんだ」

「わからないだぁ? 何か理由でもなけりゃあ、あんな場所には行かねぇだろう」

 夜も更けた頃。悠月と仁は家の縁側で事の経緯について情報を共有し合っていた。

「喩えるのが難しいけど僕は違和感を追っただけなんだ。何かの視線を感じて、そうしたら」

「……死体があったってわけか。現場には血痕しか残ってなかったらしいがなぁ」

「父さん、死体は本当にあったんだよ。少なくとも、僕が見つけた時には……」

「別にオマエを疑っているわけじゃない。オマエは自分の眼で視たものを信じればいい。それが本当の真実だ、きっとな」

 仁は咥えていた煙草を胸いっぱいに吸い込むと、悩みの種と共に吐き出した。

「つっても、オレの立場上それで良し、としちゃあいけねぇんだよなぁ……」

「やっぱりあの人が犯人だったのかな……」

「なんだよ、他にも何か隠してんのか?」

「実はあの場所にはもう一人居たんだ。僕以外にも、現場を見ていた人が」

「オマエ、どうして先にそれを言わねぇ。特徴は!? 男か、女か。服装は?」

「女の人だった。背は高めで髪はロング。目つきは鋭くて、服装は黒いコートに珍しい帽子。靴は……ヒール。いや、ロングブーツかな。ざっくり言うと魔女みたいな格好の人だった」

「――ッ」

 はたと仁の顔色が変わった。まるでその女に心当たりがあると言わんばかりに。

「そいつの名前は聞いたか?」

「アルメリア。英国生まれの魔女だって、本人は――」

「……」

「父さん?」

 仁はいつになく険しい表情を浮かべていた。

 普段は飄々とした態度を取る彼である。この違和感に気づかない悠月ではなかった。

「……もしかして、知り合い?」

 返事はない。しかし、鬼気迫るその顔は肯定をしているのとなんら変わりなかった。

「良しわかった。情報提供ありがとな。そろそろ行くわ」

 悠月の問いには答えず、仁は努めて優しい声色で会話を終わらせた。

 これ以上、不穏な空気をこの家に持ち込む必要はない。そう配慮したのだろう。

「行くってどこに?」

「決まってんだろ、現場検証と犯人探し。こう見えてもオレこの街の平和を守る御巡りさんだからさ、悪い奴をしょっぴくのがお仕事なのよ」

「休みの日まで働かなくてもいいのに」

「バーカ。遅かれ早かれ、誰かがやんなきゃいけねぇんだよ。なら早いに越したことはない。犯人の目星もついたからな。オマエのお陰で」

「……どういうこと?」

「こっちの話だ。なぁ、悠月。オマエは暫く大人しくしてろ。その……なんだ、妙な違和感ってやつを感じたら、まずはオレに連絡しろ。無暗に追うんじゃない」

「大丈夫だよ父さん、心配しなくても――」

「悠月」

 僅かに語気を強めて、仁は悠月の言葉を遮った。

「頼むから、変な気は起こさないでくれ。これは命のやり取りだ。次にああなるのはオマエかもしれねぇんだぞ」

 歯に衣着せぬ物言いに悠月は押し黙るしかなかった。

 親からすれば子はいつまでも子ということだろう。どうやら仁は、これ以上の事件への関与を許してくれそうにはなかった。

「……わかった、気をつけるよ。でも、父さんこそ気をつけてね。仕事ばかりしてないでさ。今年のハロウィンは家族と過ごすって決めたよね」

「おう。二人に嫌な顔されんのは堪えるからな。休めるように頑張ってみるさ」

 仁は傍らに控えておいた二尺ばかりある太刀を手に取ると、すっと立ち上がった。

 白いワイシャツに長いロングコートから生える太刀という出で立ちは、警察官というよりはむしろ現代社会に溶け込んだ武士を思わせた。

「ねぇ、父さん」

「なんだ?」

 仁が立ち去ろうとしたその時、悠月は最後につまらない質問をした。

「警察官ってそんなもの持ち歩いていいの?」

「……駄目に決まってんだろ。これはな、警棒だ」

「嘘ばっかり」

「くだらねぇことはいいから早く寝ろ。嫌なことは寝て忘れるに限るぞ」

 それっきり、仁は振り向くこともなく夜の月見ノ原へと消えていった。

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