第24話 第五章 神のお告げ

 壊れた世界。それは俺が意図的に壊したからだ。ある人物を壊せばその人物は世界からいなくなる。


 過去を含めてだ。だからその人物がいない世界として修復される。


 けれどそれは新たな傷となり世界にヒビを入れていく。世界を壊せば壊すほど、世界はボロボロになっていく。


 それがこれだ。誰もいなくなってしまった世界。壊れ果てて人類すらいなくなってしまった。


 世界はエラーを吐き出しまともに機能していない。


「それが顛末だよ」


 上代のことを話し終える。椎名は悲痛な表情を浮かべその頬を一滴の涙が零れていった。


「上代さん、だから……」


 あいつは常に一人であろうとしていた。これ以上傷つかないように。あれはあいつなりの防衛方法だったんだ。


「すげー強情なやつだったけどさ、なんか知ると納得っていうか、辛いよな」


 永遠の命は永遠に傷つくということ。


 それに気づくと永遠の苦痛に苛まれる。あいつはそんな傷を抱えて今までを生きていたんだ。


 それがどれほどの痛みだったのか、分かるやつはいないだろう。


 ただ、その痛みは人では抱えきれないほどのものなんだと推し量るだけだ。


「鏡君も、辛かったの……?」

「ん?」


 椎名は涙で濡れた目で俺を見上げている。その顔は増悪すべき対象をどう見ればいいのか迷っているようだ。


 彼女にとって現状は俺が現れたせいであって、三人も壊したのは俺なんだ。実際仇みたいなもんだし加害者と言えばそうなんだろう。


 だけど話をする中で椎名は俺のことを知った。今までのイメージが変わっていたと思う。


「そりゃそうさ。あいつらは、友達だったんだ。みんな」


 三人を壊し、世界を壊し、そんな悪魔がいい奴なはずがない。そりゃそうだ、普通はそう思う。


「それを壊すなんてさ、したくてするわけないだろ。それしか方法がなかったとしても」


 だけど、それをしたくてしたわけじゃない。俺なりに抵抗した証なんだ。


「そんな」


 真実を知ってどう思ったか。敵を見失った椎名は項垂れている。こんな事態になってしまったのになにが悪いのかも分からない。


「なんで」


 それは後悔か、椎名は悔しさに濡れた声を漏らす。


「どうして、こんなことになっちゃったの……」


 辺りを見渡せば異様な世界が目に入る。


 あらゆる風景にノイズが走り世界を構成している情報が欠損しているのが分かる。辛うじて残ったデータで再現しているだけの張りぼてだ。


 これは、本来の世界じゃない。俺たちの知っている、あるべき形じゃない。


「なんで……!」


 誰かが望んだことじゃない。誰しもが普通の幸せを求めてこうなった。決して、こんなものを望んでいたわけじゃない。


「なんで、か」


 世界がこうなってしまった原因。それは確かに俺だ。だけど元はどうだろうか、時を遡って考えれば元凶は俺じゃない。


「こうなることは初めから分かってた。お前が神サマで俺が悪魔なんだから、だろ?」


 彼女は答えない。追及を含んだ俺の質問に黙っている。


「そもそも先に世界に手を加えたのはお前だ。それが本当の始まりだった。あいつらは傷に悩まされていたけどさ、お前のそれは本質的に別物だよな。お前のそれは傷じゃない」


 俺は知っている。早百合や深田、上代は傷こそあれ人間だ。普通ではなかったけれどそれでも人間だったんだ。でもこいつは違う。


 この学園にいる生徒はみな特殊能力を持っているがその中でも彼女は特別だった。


 それはいったいなんなのか。椎名亜紀とはいったい何者なのか。


「本物だ。本物の特殊能力だ」


 それを俺は告げた。


「現実改変者っていうな」


 それが椎名の正体だった。


 現実改変者。念じるだけで現実を好きなように操れる能力。まさに神様だ。この学園でぶっちぎりの特別。


 でも、そんな彼女でも順調ではなかった。


「お前はなんていうか不器用なんだよ。この世界を見てみても分かる。世界を書き換えるっていうのは巨大なデータベースを改竄するようなものだ。たとえ一部だけだとしてもかなり上手いことしないとエラーやバグが発生する。下手くそなハッカーって言えば分かるか? どうしてみんなに傷があったのか分かるだろ。お前が早百合や深田、上代を無理矢理書き換えた時にエラーが発生したんだよ。それが傷だ。そのせいで本来あるはずのない傷があいつらには残った」


 傷なんてものは本来存在しない。こいつが強引に改変したから出来たんだ。改変する前の三人には間違ってもあんな呪いは存在しなかった。


「そして、俺もな」


 以前の世界に存在しなかったもの。原初の世界になかったもの。それは傷だけじゃない。


 俺もそうだ。俺も、こいつのバカげた改変によって生まれたバグなんだ。


「お前が現実を、この世界を改変した日に俺は生まれた。『世界の傷』として。だから俺は存在するだけで世界を壊してしまう。薄いガラスの上に置かれた重石みたいにさ、じっとしててもいずれガラスに亀裂が入りそれは広がっていく。そして壊れるのさ、呆気なく。それが俺の正体だ」


 自分の意思とは関係なく、俺はいるだけで世界を壊してしまう。まさに悪魔だ。世界の傷。


 それが実体化した存在。傷口は広がりいずれ世界を破壊する時限爆弾。


「お前には悪いと思ってるよ、心底な。すまなかったな。お前の夢壊しちまって」


 過程はどうあれ、世界をこんな風にした原因が俺にあるのは間違いない。それは、悔しいけど事実だ。


「どうして、鏡君は頑張れたの?」

「ん?」

「だって、君は世界の傷なんだよ? 頑張ってもいずれ世界を破壊する。なのになぜ? どうして頑張ってたの?」

「なるほどな」


 顔を僅かに逸らす。彼女の指摘はいちいち尤もで苦笑が小さく浮かぶ。


 俺は、なんであれほど必死に頑張っていたんだろう。


「俺はさ、なんていうか、否定したかったんだと思う。うん。否定したかったんだ。俺みたいなやつでも生まれてきてもいいんだって、生きていてもいいんだって、そう思いたかった。生まれてきたら駄目だったなんて思いたくなかったんだ。自分がどれだけ危険なやつかは知ってるよ。でもさ、お前は生まれてはいけなかったんだって、そんなの悔しいじゃん。否定したくなるじゃん。頑張りたくなるだろ、そりゃ」

「そうだと、決まっていも?」

「そうだ」


 誕生そのものを否定されるなんて、そんなの嫌だろ。


「俺が生まれた時、覚えてるだろ。世界がひび割れて俺はそこから現れた。俺がこの世に生を受けた時、お前、俺を鎖でぐるぐる巻きにして幽閉したよな」


 今でも覚えてる。こいつは俺を見るなり閉じ込めた。俺の性質もすべて分かっていたんだ。


「分かるよ、お前の気持ちも、お前の行動も。俺だって同じことをしたかもしれない。けどさ」


 こいつの気持ちも分かるけど、でも。


「傷ついたよ、生まれた時からさ。お前はこの世界には要らないって言われたようで、きつかったわ」


 俺が誕生するきっかけとなった人物に、生まれた瞬間閉じ込められたんだからな。


「閉じ込められてからずっと一人で考えてたよ、どうして俺は生まれてきたんだろうって。自己の否定と肯定っていう終わりのない死にたくなるような自問自答をずっとしてたんだ」


 あれは、地獄だったよ。救いがない。自分は無価値だと認めれば早いんだろうが、それを選べば救われるかと言われたらそうではないし。


 結局答えのない自己肯定を模索するしかなかった。


「そんな時だったんだよ、あいつが来たのは」


 だから、その時は本当に救われたと思ったんだ。

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