第23話 

「大勢の人が死んでいった。本当に、本当に。そして、私だけがこの世界に取り残されるんです。それがどんな気持ちか分かりますか? どんな人と出会っても、別れがくるって前もって分かる気持ちが分かりますか? 悲しむと分かっているなら、出会いなんて欲しくない。そう思う気持ちが分かるんですかッ?」


 永遠を前にして抱く恐怖と不安。それに対する憤り。


 それは誰よりも深い絶望に生きる彼女だけの苦しみだ。


「このまま私だけが生き残って、他の人間が誰もいなくなったら? この地球で自分だけが生きている。それを考えたことがありますか? 怖いに決まってるじゃないですか。この世界に私しかいないなんて」

「それは」

「もし、それから何億年も経って、それでも私が死んでいなかったら、地球が壊れて宇宙に放り出されるかもしれないんですよ? それから何億年も宇宙を彷徨うんですか? そんなの絶対に嫌! 絶対にそんなのしたくない!」


 彼女の言葉を想像してしまう。


 世界中で戦争が起こったり感染症で人類がいなくなってしまったら、この地球でずっと孤独を味合わなければならない。


 どんなに寂しくても誰もいない。そんな時間を過ごさなくてはならない。


 その後で、地球が壊れてしまったら? 惑星だっていつかは壊れる。その時上代は宇宙に放り出されるんだ。


 絶望なんかでは足りない。苦痛なんて生易しい。凍えるほど冷たい場所で、呼吸も出来ない苦しみを永遠と味わうんだ。


 それは、なんて傷だろう。


「死にたいに決まってるでしょ! 死にたくない人間がいるんですか!?」


 そんなの、絶対に嫌だ。たった一人宇宙を彷徨って、極寒と無呼吸の苦しみを味わいながら死ぬことも出来ず何億年も漂うなんて。


 そんな地獄が、これから待っているなんて。


「死ぬしか、ないのかよ」


 行きつく果ては、そんな地獄しかないのかよ。お前の人生の終着は、そんな救いのない絶望しかないのかよ。


「お前を、殺すことでしかお前を救えないのかよ……?」


 そんなの、そんなのあんまりだろ。辛すぎるだろ。それなら死んだ方がマシだって、思える自分が嫌になるけど、だけど。そんなのはあまりにも嫌すぎる。


 結局、お前を救う方法は、お前を死なすしかないのかよ。


 殺すことしか救いがないのかよ!


「なんでだよぉおお! なんで、なんでこうなるんだよぉお!」


 それを理解した時、感情が爆発していた。涙が溢れて、苦しいくらいに体が熱い。


「なんで救いたいだけなのに、なんで殺さなくちゃならないんだよ!? なんでぇ」


 力が抜けてその場にへたり込む。うつ伏せになって、涙がこぼれる。


「違う! 俺がしたいのはこんなことじゃない。誰かを壊したいわけじゃない、世界を壊したいなんて思ってないのに。なのになんで。早百合も、深田も、ほんとはみんな救いたかっただけなのに。なのになんでこんなことになるんだよ。なんでいつも壊れるんだよ、なんでだよ! なんで壊れるんだよ!? 俺は居ちゃ駄目なのかよ、生まれて来ちゃ駄目だったのかよ!? なんでぇ」


 止まない雨なんてない、止まない雨なんてない、止まない雨なんてない。そうだろ? 誰かそう言ってくれよぉお!


「俺のせいなのかよ、俺が生まれてきたばっかりに、みんな、みんなぁ」


 仲良くなりたいだけだった。自分にもなにかが出来て、この世界でも生きていていいんだって、そう思いたいだけだった。


「俺は生きていてもいい。俺は生きていてもいい。俺は生きていてもいい」


 頭を両腕で抱え何度もつぶやく。


「生きていてもいい。生きていてもいい。生きていてもいい」


 そう言わないと息が吸えない。必死に自分に言い聞かせて、懸命に息を吸う。


 俺は、生まれてきては駄目だったのか? 生きてるだけで誰かを不幸にしてしまうなら、初めから生まれなかった方がよかったのか?


 どうしようもない傷に、窒息しそうだ。


 そんな俺の言葉に上代がつぶやく。


「私は、死にたい」


 人生に絶望と苦痛しか見出せない彼女にとって、それだけが希望だから。


「私は死にたい。私は死にたい。私は死にたい」

「俺は生きていてもいい。俺は生きていてもいい。俺は生きていてもいい」

「死にたい。死にたい。死にたい」

「生きていてもいい。生きていてもいい。生きていてもいい」


 対照的な言葉を繰り返す。意味は真逆なのにどちらも必要なものだった。


 俺は、本当は生きていたかった。普通でいい、特別なんていらない。


 ただ、彼女たちが生きるこの世界で。


 自分の居場所が欲しかった。


 生きていてもいいんだと認められたかった。それだけだったんだ。


 だけど、どんなに頑張っても壊れてしまう。


 壊れてしまう、元に戻せないほどに。


 泣き叫ぶ俺の視界にスカートが入り込む。ゆっくりと見上げれば、そこには膝立ちした上代が俺を見つめていた。


「いいんですよ、自分を責めなくても」


 優しい声と、表情を浮かべて。


「鏡さんは悪くない。こんなにも頑張っている人を、誰が責められますか?」


 俺の傷を優しく撫でるように話しかけていく。


「傷のせいで周りの人を傷つける。それは相手も自分も辛いけど、でも、あなたは私に出会いの大切さを教えてくれた。きっと、そのお二人もそうだったんじゃないですか?」


 早百合。深田。


「たとえ鏡さんが周りの人を傷つける死神であったとしても、それで救われる人もいる。優しい死神でいいじゃないですか。鏡さんは、人を救えるんです」


 俺は、なにが出来ただろう。俺が出会ってきた人に、なにをしてやれただろう。俺と出会って、どう思っただろう。


『ありがとう。えへへ~』

『あはは、ありがとうございます』


 二人の笑顔が、古びたスクリーンに投影される。


 目の前では、上代が俺を見つめていた。


「鏡さん。生まれてくれて、ありがとう。あなたと出会えてよかったです」


 その顔は微笑んでいた。俺と出会えたことを喜んでいた。


 俺の誕生を、認めてくれていた。


「う、うぅ」


 彼女の両腕が背中に回される。俺は彼女の腕に包まれて、胸に顔を押し付けた。


 俺に、なにが出来るだろう。傷ついて、壊して、世界はもうめちゃくちゃだ。


 諦めないって息まいていたけど誰かを救えたことなんて一度もない。むしろ悪化するだけだ。


 俺は、なにもしない方がよかったのか? みんなと過ごしたい。笑顔でいたい。友達になりたい。願いはそれだけなのに。


 なのに、出来ることが壊すことだけなんて。


「あああぁああぁああ!」


 俺が、みんなと世界を壊しているなんて。そんなの嫌だよ。そんなの、したくないよ。


 だけど、他ならぬ友達からの願いなら。


 世界が壊れる。


 その中心で、世界の終わりを告げるように慟哭が鳴いていた。

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