第22話 望むもの
「不老不死、ってやつだろ? 今まで数えきれないほどの出会いと別れがあったんだな」
一見羨ましい特異能力だけど、そんなのは隣の芝生なのかもしれない。いや、上代の様子を見れば羨ましい思いなんてなくなる。
永遠に生きるって、どんな感じなのだろう。永遠に傷つくって、どんな気分なんだろう。肉体が無事でも心はいずれ壊れてしまう。
楽しむ余裕なんてない。自分を守ることで精一杯で。
「みんな、最後は消えていくんです。私がどれだけ愛しても」
そんな永遠の命に、なんの価値があるだろう? そんなのは呪縛だ、呪いでしかない。永遠の生っていうのは永遠の呪いなんだ。
「だったら、友達なんていらないじゃないですか。愛なんて虚しいだけじゃないですか」
だから上代は傷つき悲しんでいる。涙を雨滴のように流し苦しんでいる。
両親との死別。親友との死別。恋人との死別。家族との死別。その苦しみは大切な人を失ったことがある人なら分かるはずだ。
その苦しみを永遠に味わう彼女の思いが分かるはずだ。永遠に与えられ、永遠に奪われる苦しみを。
「悲しむって分かってるなら、初めから一人になりますよ!」
逃れることの出来ない必然の苦しみが彼女を縛り付ける。
彼女の気持ちは俺にも理解できた。俺も大切な人を失ったことがあるから。彼女の気持ちが分かる。
土砂降りの雨が上代の頬を濡らす。
だけど。
「上代」
それでも。
「俺と」
だとしても!
「俺と、友達にならないか?」
その苦しみを、一緒に乗り越えたい。
「止まない雨なんてないさ。今まで辛かったのは分かる。だけど、俺は違う。俺は上代を残して消えたりしないから!」
心を覆う厚い雲があるっていうなら俺が払ってやる。
「俺が、お前の永遠の友達になってやる!」
彼女を救いたい、俺にそれが出来るなら。
「どういうことですか? 鏡さんは死なないってことですか?」
「ああ」
上代は俺を見るがすぐには信用出来ないようでその表情は晴れない。
「それを証明できますか?」
「それは」
ここでそうだと断言出来ればよかったんだが、正直に言うと自分でも自分のことに詳しくないから絶対ではないんだけど。
「俺の傷っていうか、俺なら大丈夫だと思うんだ。だから」
「なんですかそれ。そんないい加減な理由で私の友達になりたいなんて言ったんですか? ふざけないでくださいよ」
怒っている。それも当然。もし違ったらまた彼女を苦しめるんだから。
だけど、俺は諦めたりしない。
「信じろよ! 今まで出会ってきた中に俺がいたのかよ? 俺は死なねえ! お前を一人になんてさせないから!」
俺なら出来るはずだ。彼女の永遠の友達にだってなれる。それで彼女を救うんだ、この傷だらけの世界から。俺が、それをやるんだ。
「だから私と友達になろう、ですか」
「ああ!」
「もし鏡さんが私の友達なら、条件があります」
条件? なんだろうか。いや、なんだっていい。彼女と友達になれるならなんだってする。
上代は頬に残っていた涙を拭きとり、夕焼けの光をバックに告げた。
「私を、殺してください」
「え」
真剣で、悲観と諦観が混ざった瞳。教室の影が取り巻き、俺たちを覆う。
「出来るんですか?」
「それは」
そんなの飲めるわけないだろ。意味ないじゃないか、そんな条件。友達になろうとしてる人を殺すなんて。
したくない、そんなこと。
上代が俺の表情を見るが、そこで彼女の目つきが変わる。
「出来るんですね?」
しまった、そう思っても遅すぎた。というか、しまったと思ったのが駄目だった。
出来ないんじゃない、したくないという思いが顔に出てしまった。
彼女が近づいてくる。怖いほど真っすぐな瞳で俺を見上げ、藁にも縋る思いで俺を掴む。
「鏡さんなら、私を殺せるんですか?」
救いを求めて、けれど死を口にする。
「いや」
絞りだした言葉を聞いて、上代の顔は次第に怒りへと変わっていく。
「なんで、嘘吐くんですか?」
目は口ほどに物を言うとは言うがそれが顔に出てしまった。ここでどれだけ否定を並べても説得力がない。
「鏡さんの傷なら私を殺せるんじゃないんですか? 椎名さんも言ってましたよ、鏡さんは危険だから近づかない方がいいって。鏡さんが危険ってどういうことですか? 鏡さん言ってましたよね、世界を諦めてないって。本当は悪い人だって。あれどういう意味なんですか!?」
「それは」
矢継ぎ早に聞かれる質問はどれも致命的な銃弾で、一発でもやばいのにこんなにも撃ち込まれればなにも出来ない。
「俺には、無理だ」
出来ない。彼女を殺すなんて。そんなの出来るはずがない。
彼女が睨み上げる。俺をギッと見るが、観念したのか顔がゆっくりと離れていく。
「そうですか。鏡さんは、私の友達にはなってくれないんですね」
俺から両手を放し顔を俯かせる。
「分かりました。それならいいです」
上代は自分の席へと戻っていく。その背中は寂しそうだけど、でも、無理なものは無理だ。
彼女にとって死は救いなのかもしれないけど、そんなの俺が望む答えじゃない。
彼女は自分の席に戻り、そこからハサミを取り出した。なにをするのだろうと見ていると、上代はそれを逆手で握りしめた。
「鏡さんが死なないか、私が確かめてあげますよ」
「え」
瞬間だった。上代が俺を見ると、一直線に走ってきた。
そのままハサミの刃を突きつけてきたのだ。
「うわ!」
なんとか両手で掴まえるが勢いに押され背中が壁に激突する。
「なにするんだよ!」
「くう!」
「止めろって!」
制止を聞かず彼女はハサミの刃を押し込んでくる。それを掴まえ押しとどめる。
「お前、こんなことしてどうするんだよ!」
「鏡さんこそ、このままでどうするんですか? 死にますよ! このままだと本当に殺しますよ!」
彼女は本気だ。鋭い目が俺を貫く。
「殺せよ! 殺される前に! 殺せ!」
殺しにかかってくる本人が殺せと言ってくる。
「殺せぇえ!」
決して力持ちとは言えない小柄な彼女がそれでも全力で刃を突き立てる。必死に、必死に、死に物狂いで押し込んでくる。
なんで、なんでだよ。お前、こうまでして死にたいのかよ!
彼女の手を跳ね除けた。彼女が後ろに倒れ床に横になる。
「はあ、はあ」
「う……」
幸い傷はない。だけど本当に殺されていたかもしれない。
「そんなに、死にたいのかよ……」
「そうですよ」
彼女がゆっくりと起き上がる。乱れた髪を直すこともなく、死んだような目で床を見下ろす。
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