第14話 深田真冬
教室に戻り俺は扉を開ける。そこには出て行った時と変わらない場面があった。
とりあえず自分の席に座ろうかとも思ったがここは思い切って挨拶直行ルートを選択するか。さきほど仲良くなると言ったばかりだし。
俺は一人の女の子に狙いを定め前に立つ。
「あの」
「はい」
声を掛けると立ち上がりその女生徒と目が合う。
女子にしては背が高い。こうして向かい合うと俺と同じくらいか。
さらりとした紫がかった黒色の髪は綺麗で目鼻も整っている。
間違いなく美人の部類だが大人っぽい雰囲気から近寄りがたいみたいなのはなくて、むしろ俺に遠慮しているようにも見える。
「改めて自己紹介だけど、鏡京介だ。よろしく」
「はい。深田真冬と言います。三年生です。よろしくお願いします」
小さくお辞儀される。よほど育ちがいいのか礼儀正しい人だ。
「あ、じゃあ先輩なんですね」
「そんな、あまり気にしないでください。私なんてただ年が上なだけですし」
謙虚だな、それか自己肯定感が低いとか?
少ない言葉を交わしただけでも人となりが伝わる。
分かりやすい人だよな。
こうして対峙しているだけでなにを話せばいいのだろうかとそわそわしているのがなんとも愛らしい。
そんな彼女は両手を前で合わせていたが、その両手には肘まで届く白い手袋をはめていた。
このクソ暑い真夏では大変だろう。
俺は彼女に改めてよろしくと伝え次に隣にいる女子に向かう。
「よう」
それは黒い髪のショートカットをした女の子だ。俺の声かけに不審な目で見上げてくる。
困惑、そして警戒の眼差し。不安を押し留めた顔をしている。
「鏡恭介だ」
「椎名、亜紀です」
まあ、こいつはいいか。どう話したものかよく分らん。
それから最後の一人、白髪の少女の前に立つ。すげーな、ずっと本読んでるぞスルースキルカンストかよ。
「あのー」
声をかけてみるが無反応。盲目かつ耳も聞こえないってわけじゃないよね?
「ハロー、ニイハオー、グッテンモルゲーン」
「あの、鏡さん」
見かねた俺に深田が声をかけてくれる。
「彼女は上代京香さんと言いまして、一年生なんです。それでその、あまり人と付き合うのが、なんと言いますか」
言いたいことは分かる。表現が難しいよな。
「人それぞれあるよな。せっかくの読書中邪魔して悪かったな。一応、鏡京介だ。なにかあったらいつでも声をかけてくれよな」
とりあえず伝えることだけ伝えて俺は自分の席へと戻っていく。
「はい」
ん? 振り返る。上代は相変わらず読書中だ。なんだ、喋れるじゃねえか。
これが彼女たちとのファーストコンタクト。
やれやれ。みんなと仲良くなって笑顔の学校生活を満喫するというささやかな夢は簡単そうにはいかねえな。
それから。特殊な能力を持った子供たちの学園。
そう聞くとなんだか大仰に聞こえるが案外なんてことはない普通の学校だ。
車いすに乗ったスキンヘッドの理事長や教員が実は特殊な戦闘員、なんてことはない。
普通に授業を受けて休憩時間を各々過ごしまた授業を受ける。それの繰り返し。
その一つが今している体育だ。体操着に着替え俺たちは校庭にいる。他の女子たちも同様だ。白の服に紺のズボン。
男は俺一人しかいないし別行動かな?
とも思ったが合同だった。それでなにをするかと思えばせっかく四人いるのだからということでバレーボールをすることに。
新入生へのレクリエーションの意味合いもあるのだろう。
一緒になにかをするというのはいい。よっしゃ、ここはいっちょ頑張るか!
俺は上代とペアになり(よりにもよってお前かよ)深田と椎名がネットの向かい側だ。
椎名と上代は小柄だからな、この組み合わせは理に適っているか。
それで試合開始となったのだが。
「おい上代、俺に回せ!」
「なに言ってるんですか、今なら相手の隙を突けたでしょう!」
「お前じゃスパイクできねえだろ」
「私でも人がいないところくらいボールを落とせます!」
くそ~! こんな時に饒舌になりやがってこの女!
駄目だ、こいつが無口なのは大人しいからとかじゃなくてコミュニケーション力が致命的だからだわ。ボールよりお前の頭を叩いてやろうか。
俺と上代は典型的凸凹コンビで敵にやられる前に革命で崩れるフランスって感じだが本当の敵は見事なものだ。
「深田さん!」
「はい!」
小柄な椎名がトスを上げ背の高い深田がジャンプする。
腕を上げボールを真っすぐ見つめる視線、普段おどおどしているのにこの時の彼女はとても凛としている。
今もしている白の長手袋が、いきおいよくボールを地に落とす。駄目だ、カバーできない。
深田が着地する。黒の長髪がふわりと舞い降りた。
「深田さん、ナイスです!」
「いえ、椎名さんのおかげです」
深田と椎名でタッチを交わす。コンビってああいうのだよな~。
「なにしてるんですかこの!」
「ぎゃああああ!」
すねを蹴られたぁああ!
「お前はなにしてるんだお前は~!」
「今の飛び込めば止められたでしょう! どこを見てるんですかどこを!」
「どこって、今のは無理だろ」
「いいえ、鏡さんが変なところを見てるから反応が遅れたんです」
「へ、変なとこってなんだよ!」
な、なななななにを言ってるんだこいつは!
「鏡さんはそう思っても女性は見てるの分かるんです」
すねを擦りつつこいつに抗議するのだが上代の冷たい目が蔑んでくる。
いやいや、そうは言ってもだな。
俺は深田を見てみる。
今の話が聞こえていたのだろう、深田は俺と目が合うと両腕で胸を隠し恥ずかしそうに顔を逸らしている。
そう、彼女は背が高い。発育がいい。
彼女の胸部は制服からでも膨らみが分かり体操着になるとさらによく見える。
それでジャンプもするものだがら揺れるんだよ、見るだろ普通!
ええ!? 俺が悪いのかよ!
上代だけでなく椎名まで俺を汚物みたいな目で睨んできた。
「正直に言ってください、見てましたよね?」
「見てないって」
「そういえば鏡君、深田さんのことばかり目で追ってましたもんね」
「それは深田がアタッカーだからマークしてただけだって!」
「「じー」」
駄目だこいつら俺のこと信頼してねえ。
「分かった! 正直に言うから」
なにを言ってもこいつらには通用しないし追及してくる。こうなったら仕方がない。
「ちょっとだけ見てた」
「この変態!」
「がああああ~!」
だからすねを蹴るなぁ~。
「きもい。痛い。止めてください、こんなのと一緒に運動とか無理です。ほんときもい」
「アホか! てめえらこそ無茶苦茶言いやがって。あんな大きなのが揺れてたら気になるだろうが! お前らは同じ女として気にならないのかよ!」
「まあ」
「それはー」
俺の言葉に二人が深田の胸を見る。
「えええ~」
それでさらに深田は身を縮めてしまった。
「こらー! お前なにをしている!?」
「なにもしてねえって!」
秋山が怒鳴りこんできた。俺は悪くねえぞ!?
「鏡君、どうやら君は元気が有り余ってるらしいからね、今からグランド二十周!」
「はあ!? こんなクソ暑い中そんなに走れるわけねえだろ! 体罰だ体罰!」
「いいから走りなさい!」
「くそおおおお!」
あんまりだ! 職権乱用だぁあああ! こんなことってありかよ~。
俺がなにをしたっていうんだ、自然の摂理に基いたただけだろ。それのなにが悪いんだよ。
これを罪だというのならそう設計した神の過ちだろ! 文句なら神に言えよ!
それから俺はグランドを走るはめになり汗だらだら、全身が悲鳴を上げてるぜ!
「はあ、秋山~! はあ、ふざけるな~。ぜったいにゆるさん、ゆるさんぞ~」
「どうした鏡ー! もう授業が終わるぞー。早くしろー」
「おのれ~!」
くたくたになりながらゴールに到達する。よ、ようやく終わった。水、水をくれ……。
校庭の土手を上がり水飲み場に向かう。まじでオアシスを目指す砂漠の旅人だな。
それで水飲み場兼手洗い場に到着するとそこには先客がいた。
さきほどアタッカーとして活躍していた深田だ。顔を洗っている。この暑さであんなに動いたんだ、そりゃ汗もかく。
そこでふと彼女の手袋が置かれているのが目についた。さすがに顔を洗う時くらいは外すか。
深田が顔を洗い終える。
蛇口を閉めタオルに手を伸ばすがちょうど風が吹き飛んでいってしまう。
「おっと」
ナイスキャッチ。さすが俺。
「ほらよ」
「ありがとうございます」
それを手渡してやる。深田はタオルを受け取るがそこで自分の手に気が付いた。
「え」
「ん?」
瞬間顔が強張った。
「きゃあ!」
「え?」
深田はタオルから手を放しまだ濡れている手に急いで手袋をはめ始める。
「おい、これ」
「近寄らないで!」
せめてタオルで拭いてからと思ったんだが、深田の恐ろしい形相でばしゃりと言われてしまう。
深田は手袋をはめタオルを強引に取っていくとそのまま走り去ってしまった。
残されたのは優しさの対価に傷心し一人取り残された俺だけだ。
「俺が、なにをしたというんだ……」
青空を仰ぐ。太陽が俺を責め立てているようだった。
翌日、教室に向かって廊下を歩いているが正直憂鬱だ。
昨日のあれで椎名と上代の視線が痛い思いが続いていた。
もっと男子生徒の心情に寄り添ってくれてもいいと思うんだが今まで男がいなかったんだ、免疫がないんだろう。
さらに気まずいのは深田の方だ。
普段大人しい深田があんなにばっしり言うくらいだ、マジで嫌われたのかもしれん。
女子の心情に寄り添うべきは俺の方だったか。次から見るのは生足にしよう。
はあ。これじゃ笑顔あふれる楽しい学校生活は夢のまた夢だな。
いやいや、まだ挽回は出来るはずだ。諦めるな俺。これからだろうが。むしろ今が底! ここから上がるだけ!
自分にそう言い聞かせ教室の扉を開けた。
「おはよう!」
コミュニケーションはまず挨拶から! 朝から元気よくあいさつあいさつ!
俺の挨拶が教室に広がる。しかしそこにいる三人からは返事がない。あれ?
「お、おはようございま~す」
一応もう一度言ってみるがやはり返事はない。
うん! 嫌われてるね!
そうして疎外感と孤独感を胸に俺の学校生活は今日も始まった。
マジでどうしよう。まるで監獄だ、悪いことはしていないはずだが囚人みたいな気持ちになってくる。いや、俺が悪いのか?
重苦しい思いを引きずりトイレから出た時だった。
「ねえ」
俺を待っていた椎名が声を掛けてきた。
「なにをしたの」
その問いに暑さと閉鎖感に項垂れていた表情が真顔になっていく。
なにをしたの? その内容を避けた質問は言外に俺を非難していて、俺の罪悪感を引っ掻いてくる。
「なにって、なんだよ」
「…………」
彼女の不安そうな目が突き刺さる。なにか言いたげだがその口は結局開くことなく椎名は小走りで教室へと走っていった。
その背中を黙って見送った後俺も歩き出す。
なんだよ、クソ。
そして今日という一日は虚無感と諦観の中に終わりを迎えていた。マジでなにもない一日だった……。
空は茜色に染まり教室の中も同化する。進展のない一日の終わりがこれでいいのか俺。
仕方がない、帰ろう。
「あの!」
そこで声を掛けられた。見れば深田だ。
ここにいるのは俺と深田の二人だけだ。
どうして深田が? 声を掛けられるなんて意外だ、てっきり会話をしたくないくらい嫌われたと思っていたのに。
実際今日だって避けられていたように思う。
「その、これ受け取ってください」
「え」
彼女が両手で渡してきたもの、それは菓子折りだ。包装紙には東京サブレと書かれている。
なんで東京サブレ?
「えっと」
事態がいまいち飲み込めない。俺はどうして東京サブレを手渡されている?
「あの、その」
深田は両手で突き出したまま目がそわそわしている。
「昨日は、すみませんでした。鏡さんに失礼なことを言ってしまい。これで許してもらえるか分かりませんが、せめてもの気持ちです」
あー。なるほど?
「それで、これを俺に?」
「はい」
深田は申し訳なさそうに頭を下げる。
俺はそういうことならと受け取った。いや、確かに親切でタオルを渡してきた相手に近寄らないで!
って強めの口調では言われてショックだったけどここまでされなくてもな。
「どうも」
「本当にすみませんでした。それでは、私はここで」
深田はもう一度頭を下げ自分の席へと戻っていく。俺の手には場違いな東京土産。
「なあ」
俺は鞄を持つ深田に声をかけた。
「よければさ、これ一緒に食わないか?」
「え」
「俺が一人で食うには多すぎるぜ」
「あ、日持ちしますから一度に食べなくても」
「いや、そういう心配をしてじゃなくてだな」
天然か? それとも遠まわしの拒絶なのか?
「せっかくならこれを食べながらお話でもどうですか、って誘ってるんだよ。俺まだ友達いないし。もしこれから用事があるなら止めないけど」
「え、え、いいんですか!?」
「いいから誘ってるんだろ」
よほど意外だったみたいで深田は面食らっている。きょとんとした顔と数秒見つめ合う。
「そ、それなら」
深田は誰も使っていない隣の席に座る。早速包装紙を解き中身を取り出した。
「ほら」
「はい」
箱の中から一つを深田に渡し、俺たちは一緒にサブレを食べた。うん、なかなか上手い。見れば深田は満面の笑みで食べている。
「そんなにおいしいか?」
「え? あ、はい! おいしいです」
そうか、深田はサブレが好きなんだな。だからこれを選んだのか?
黄昏時の教室、一度は嫌われたと思ったがそんなことはなかった。誤解は解けてこれなら友達にもなれるかもしれない。
まだ始まったばかり。夢の続きはこれからいくらでも見られるさ。
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