第13話 第三章 別離
赤い空の下、屋上で俺の話を聞いていた椎名は涙を流していた。
「早百合ちゃん、……そんな」
これはこいつの知らなかったことだ。あいつは自責の念と傷の危険性から命を絶った。
「それが結末さ。だから壊したんだ」
真相を知ってこいつがどう思ったのか、それは分からないけれど俺だってしたくてしたわけじゃない。仕方がなかったんだ。
「だから早百合ちゃんを壊したの?」
「そうだよ。だからここにあいつはいない。そして、あいつがいない世界へと生まれ変わった。その影響で時間も巻き戻ったりしてさ」
桃川早百合という女の子は過去を含めて完全に消えたんだ。
はじめからそんな女の子は存在しない。世界はそれに合わせ再構築されたんだ。やり直し。
より壊れた世界で。
「ていうか、お前なに死んでんだよ。神サマだろ、情けねえ」
「仕方がないでしょ、寝てたんだから!」
それはそうだがなんとかならないのかよ。
「……二回目は、どうしたの?」
それで椎名は尋ねてきた。その質問に俺は再び意識を過去へと向ける。
そこにいた一人の女子を思い起こしながら。
「あいつは……臆病なやつだったな」
*
暑い。温度設定間違えてるだろ常識的に考えて。神サマはなにを考えてこうしたのか聞きたいわ、誰得なんだよこの暑さは。
全身を包む熱気に足を止め廊下の窓から外を見る。丘の上にある校舎からは遠くにある海がよく見える。
穏やかな波、その向こうには船の小さな影が見える。
これからこの景色と付き合っていくわけだがもう飽きそうだな。
「どうしたの?」
呼ばれて正面を向く。
俺の担任教師となる女性、秋山が振り返り俺を見つめていた。
黒の髪のポニーテール、眼鏡を掛けた二十代の女性。担任教師としてはかなり若いよな、副担任でもよさそうだ。
その副担任すらいないんだから人手不足なのか優秀なのか。
「いや、暑いなって」
「ふふ、かっこつけなくたって、誰しも始めは緊張するものよ」
いや、そうじゃなくてマジで暑いんだって。
俺は秋山のあとをついていき教室の前にまでやってくる。この学校にある唯一のクラス。
俺が、これから通う教室だ。
先に秋山が入室しその後ろをついていく。席に座るクラスメイトをちらりと見る。
「ホームルーム始めるわよー。今日は皆さんに新しい友達が来てくれました。それじゃあ自己紹介してくれるかしら」
秋山から促され教壇の前に立つ。前には三人の女の子がいた。
黒の長髪をした背の高い白の手袋をした女性。
反対に小柄で黒い髪のショートカットの子。
そして新入生が来たというのに我関せずで本を読みふけっている白い髪の女の子。
この三人が、俺のクラスメイトというわけだ。
「えっと」
これからを一緒に過ごすクラスメイトたち。
さて、どうしようか。俺はなんて言えばいいんだろう。そもそもなにをすればいいんだ。
この世界に降り立って自分のあり方を見出せない。
なにかをすること、なにかを頑張ること、そんなことになにか意味があるんだろうか?
徒労感が全身を包み込む。
生まれてこなければ良かった。漠然とそう思ってしまう。
「……?」
なかなか言わない俺に秋山やクラスメイトたちが心配そうに俺を見る。
俺がなぜここにいるのか。自分に対して否定や拒絶ばかりが浮かんでくる。
でも、そんなのおかしい。生まれてきて駄目な存在が生まれてくるわけがない。はじめから決まってるなんてそんなのおかしいに決まってる。
そうだ。生まれて来なければ良かったなんてあるはずない。そんなの悲しすぎるだろ。
現に、俺は知ってる。俺を救ってくれた人を。その人に意味はあった。その存在は無駄なんかじゃなかった。
あいつが生まれて来たのは駄目だったのか? 違う!
なら俺がすべきことはなんだ?
「…………」
そうか、ようやく見つけた。
俺は、証明するために生まれてきたんだ。彼女は生まれてきて駄目だった存在なんかじゃない。そんなものないんだって。
それが出来れば、彼女だって報われるはず。
三人の女の子を前にして、意を決めた。
「はじめまして、俺の名前は鏡京介。夢はみんなと友達になってこの学校生活を笑顔でエンジョイすることだ、目指せ友達百人! って、百人いないやないかーい! ハッ!」
最後に親指を立てる。に! と笑い奥歯を光らせた。
数秒の沈黙。それから控え目な拍手が俺を迎えてくれた。
「えっと、そういうことだからみんな鏡君と仲良くしてちょうだいね。とりあえず私は鏡君とお話があるからそれまでここで待機していて。それじゃ行きましょうか」
滑ってないよな? 滑ってないよな? 滑ってないよな?
二人で廊下に出る。すると秋山が振り向いてきた。
「みんなシャイなだけだから、気にしなくていいわよ」
止めてくれ、フォローしないでくれ。
それから俺と秋山は応接室に入った。ソファに座り秋山はエアコンのスイッチを入れる。
「「ふうー」」
気持ちいい~。
「夏のエアコン、冬の温泉」
「冬はこたつもいいよな~」
「そうね~」
二人してソファにもたれ極楽を満喫している。
「それで、どうだった? 彼女たちの印象は」
だらけきった姿勢を正し秋山は体を前に傾ける。表情は穏やかだが眼鏡の奥にある目は真剣だ。
「どう、って言われてもな。まだ話もしたことないし」
「それはそうだけど。でも見た目の印象ってあるじゃない? 第一印象って重要だし」
「んー。たぶんいけるんじゃないかな? よく分からないけど、でも頑張るさ」
「そう。良かったわ、君に仲良くなる意思があって。あまりそういうことに興味ないかと思ってた」
「そうか? いや、そうかもしれないな」
俺が積極的に誰かと接していきたいなんてつい先ほど思いついたことだからな。それまでは灰みたいに空虚だったし。
「せっかくこれから一緒にいるんだ、楽しい方がいいだろ」
「それならいいわ。ま、君も今まで一人で辛かっただろうしね」
俺を見る秋山の目つき。それが困惑を見せる。
「この島に突然現れた正体不明の少年。服装はなぜかここの制服、以前の記憶はまったくなし。戸籍はもちろんのこと歯形や指紋など身元を特定できるものもなし。行方不明情報にも該当なし。一応聞くんだけれど、なぜこの島に? もとは無人島だったはずなんだけど」
「きっと生えてきたんだろ、前日は雨だったんじゃないか」
「そんなたけのこみたいに」
いい加減な答えに秋山も呆れ気味だ。
「君がどこの誰でなぜここにいるのか、すべては不明だけどここの制服を着ていたのは事実。ここならなにか分かるかもしれない。そういうこともあってこの学園の生徒になったわけだけど、なんていうか話がうますぎるのよね」
秋山は顔を横に向けなにやら考えている。
「実際、恐ろしいぐらい君の転属は早く決まった。スムーズなのはいいことだけどもっと慎重に扱うべきことのはずなのに。なぜか上層部はそこは無頓着っていうか」
「トロイの木馬か?」
思案に耽る彼女の横顔が目だけを俺に向ける。
「俺がどっかの敵性組織の一員でこの学園に潜り込むために現れたって、要はそういうことだろ? 警戒するのは尤もだけど本人を前にしてそれを言うかね」
「信頼したいのよ」
そう言う秋山は疲れ気味のように見えた。
「事前に説明があったように、この学園はちょっと特殊なのよ」
「ちょっとどころじゃねえだろ。身元不明の俺をはじめ普通なやつが一人もいないんだぞ」
「そうね」
この学園の特殊ぶりは異常だ、秋山も苦笑している。
「彼女たちにはそれぞれ特殊な能力がある。そのせいで彼女たちは孤独だったり周りから疎外感を覚えながら生きてきた。だから彼女たちはその能力を傷と呼んでいる。そして自分たちのことを傷持ちとも。ここはそんな子供を集めて一緒に過ごす学園。能力は違うけど境遇はみな同じ。仲良くなって欲しいのよ。せめてここでは普通の子供のようにね」
それは建前とかではなく彼女の本心だと思う。良識ある一人の人間として、彼女たちに同情を寄せ改善を望んでいる。
彼女たちのこれまでの人生は、あまりにも悲しすぎる。
「君が誰なのか、それは分からない。でも君が仲良くなりたいって言ってくれて、それを素直に喜んでいる私がいる」
秋山は俺を真っすぐに見た。透き通った目が俺に頼み込む。
「私からもお願いするわ。彼女たちと仲良くしてあげて。嫌がるようなことはしちゃ駄目よ?」
それは立場とか大人とか、そういうものは関係ない人と人とのやり取りだった。
「おう」
彼女の願いを叶えるわけではないが、それは俺も望むところだ。
今日から、俺の学校生活が始まった。
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