第12話 世界の終わり
あの後俺も自分の部屋へと戻りベッドで横になっている。朝はあんなにも胸が弾んでいいたのに今はどん底だ。
これからどうすればいいのか。
深田。椎名。二人ともいいやつらだった。あの二人がいないことに気持ちは暗く重くなる。
だけど一番は早百合だ。きっと彼女も自室で一人でいるはずだ。きっと自分を責めている。
彼女にはなんの非もないというのに。ただそういう傷を負ったというだけで。ただ運が悪かったというだけで。
彼女は苦しんでいる。誰よりも。
そんな彼女に俺はなにがしてあげられるんだ。どうやったらこの雨は晴れるんだ?
「ああ!」
乱暴に寝返りを打つ。分からない!
なんだよこれ、理不尽過ぎるだろ。ただ傷を負って生まれてきたというだけでなんでこんな目に遭わないといけない?
なんで彼女が苦しまなくちゃいけない?
あんなに優しいやつが、なんで泣かなくちゃいけないんだよ!
この世界は、どれだけ残酷なんだ。
打開策を考えて、その都度出てこない答えに苛立って、また打開策を考える。ぐるぐると回る思考に何度も打ちのめされる。
結局、なにも思いつかなかった。
翌日。俺は木々に囲まれた道を歩いている。
朝日を受けるが森に隠されてここは早朝でも影が多い。
足を前に出す度砂利が擦れる音がする。
手には学生カバンとコンビニで調達してきたおにぎりが入ったビニール袋がぶら下がっていた。
今日も早百合のアパートへと向かっている。彼女は会いたくないかもしれないが食事抜きというわけにもいかない。
冗談じゃなく、今のあいつは飢え死にしてでも外には出ないんじゃないだろうか。
アパートの前に立ち一階から彼女の部屋を見上げる。
いつも通っていた場所なのにどこか遠く、立ち寄りづらい印象を受ける。
彼女は会ってくれるだろうか。昨日のことを思うと不安になる。
でも行かないと。俺がした決心や約束はここで諦めるようなものだったのか? そんなことない。
今でもあいつを幸せにしたいと思ってる。
階段を上っていき扉の前に立つ。チャイムを押す、その直前で指が止まる。くそ、なに躊躇ってるんだ俺は。
意を決めチャイムを慣らす。ピンポーン。その音をどこか祈るように聞く。
無音。チャイムの後に続く時間に居心地の悪さを感じる。
早百合の返事はなかった。
やはり誰とも会いたくならしい。けれどここで引き下がるわけにはいかない。今度はドアをノックした。
「おーい、早百合ー。朝食持ってきたぞ」
食事なんて気分じゃないかもしれないが食べないわけにはいかない。
それに夜は俺がいなかったから食べてないだろうし。腹は減ってるはずだ。
「昨夜食ってないだろ? 多めに買ってきたんだよ、お前特に鮭好きだろ? 一緒に食おうぜ、な?」
こんな誘いで開けてくれるとは思ってないがマジでこれくらいしか思いつかない。
案の定早百合から返事はなかった。
「なあ」
もしかしたら寝ているかもしれないけれどチャイムもノックもしたんだ、きっと起きている。だからドア越しに話しかけた。
「気持ちは分かる。自分を責めたくなるのも分かる。二人は自分のせいだって、自分が二人を殺したって。本当のところは俺には分からない。もしかしたらそうなのかも。でもさ、それって悪いのは傷のせいで早百合が悪いわけじゃないだろ? 責任は感じるだろうけど罪悪感まで抱える必要ないって。閉じ籠ってても二人は戻ってこない。時間は必要だろうけどさ、また、なんていうんだ、前向きっていうか元気になってさ。普通に生きればいいさ。早百合は一切悪くないんだから!」
ドア越しでどれだけ伝わるか分からないけれど俺は早百合に元気になって欲しい。こんなところで終わって欲しくない。
彼女は報われるべきなんだ。
自分のためじゃない、誰かのために頑張った彼女の最後がこんな結末なんてあんまりだろ。
「だからここを開けてくれないか? メシいるだろ」
もう一度ノックするがまたも返事はなかった。試しにドアノブを回してみる。
するとガチャリと回り扉が動いていく。鍵も掛けず昨夜はそのまま寝てしまったのか?
あの精神状態なら無理もないか。
「早百合―? 入る――」
扉を開ける。
「え」
直後、目が点になる。ビニール袋がどさっと落ちる。
「早百合?」
声を掛けるが返事はない。電気の点いていない薄暗い部屋。
そこにサンドバックがぶら下がっていた。影になっていたから余計にそう見える。けれどすぐにそれが見間違いなのだと分かった。
早百合は、首を吊っていた。その姿は影になっていて暗く目は焦点が合わず下を向いている。
足から垂れた液体で下は濡れていた。
「…………」
変わり果てた姿。彼女の最後が心を締め上げる。
終わってしまった。これで。ぜんぶ。ぜんぶ。
「………………………………」
現実が、押しつぶしてくる。
違う。こんなつもりじゃなかった!
俺はただ、彼女を幸せにしたくて。こんな最後にするために彼女を外に出そうとしたわけじゃない!
「…………あ」
俺の身勝手な望みだったのか?
早百合の夢を叶えてあげたい、笑顔になって欲しいっていうのは、俺のわがままでしかなかったのか?
違う。違う違う違う。でも、現に彼女は死んでしまった。
壊れたものは、壊しようがない。
彼女を取り戻すことは、不可能なんだ。
俺はその場に座り込んでいく。
吊られた前の彼女で懺悔するように。俺を救ってくれた人は自責に押しつぶされてしまった。
もしかして、俺のせいなのか?
俺の傷でこうなった? 鎖から解かれて、外へと出て。だからこんなことになったのか?
そんなの、そんなのってあるかよ! 俺が生まれてきたからこうなったって? 俺のせいだってのかよ!?
そう思うのに、否定したいのに、否定できない。
もし俺が早百合と出会わなければ早百合は今でも無事だったんだろうか。俺と出会わなければ。
そんなことない。そんなことない。
そう言ってくれよ、早百合……!
そう願うけど、もう二度と早百合は話してくれない。違うと言って欲しい。
涙が、頬を通っていく。
そこでテレビがひとりでに点いた。薄暗い部屋でテレビだけが光源となりニュース番組が次々と変わり映っていく。
『先月から発生していた原因不明の変死についてですが未知のウイルスだと判明しました。これまでに世界中で三十五万人以上が罹患し今後も増加していく見込み――』
『移民問題を発端に起こったアメリカの内戦問題ですがワシントンやニューヨークを主にした北部連合に中国が武力提供を行うと発表しました。これにより第三次世界大戦が危惧されており――』
『NASAにより発表がありました彗星群ですが地球に衝突する可能性が高いとのことです。予測ではこれら隕石は太平洋に落下し津波などの人的被害は甚大とのことです』
そこから報じられる世界規模の不幸。
だけどそんなのどうでもよかった。俺の中で一番大切なものはもう亡くなってしまったのだから。
暗い部屋で両手を床に着き早百合は物言わずぶら下がる。
それが、贖罪であるように。
俺たちは傷を持って生まれてきた。それは特別でも選ばれた者のみが使える有り難い能力でもない。
誰かを傷つける、自分を傷つける呪いなんだ。
そんな傷を持って生まれてくる俺たちは生まれてきたこと自体が間違いだったのだろうか。
生まれてきたこと自体が罪なのだろうか?
消すことも治療することもできないこの傷と俺たちはどう向き合えばいい?
分かるのは、俺は無力なんだってことだけだ。
開かずの扉の先で俺と彼女は出会った。そこには真実があるという。この世界の正体があるのだと。
そこで俺と早百合は出会い、そこから世界は破滅し始めた。ゆっくりと、だけど確実に。
「……駄目だ」
でも、そんなの認められない。こんなの認められない。こんな終わり方でいいはずがない。
世界が壊れるというのなら、俺が壊そう。せめてマシな壊れ方を選択し、世界の未来を変えるために。
俺は初めて、自らの意思で傷を行った。
世界が、壊れていく。
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