第11話 悲劇
俺たちは海とたんぽぽに挟まれた通学路を歩いている。波と花が擦れる音は昨日と同じ。
けど、今日は隣に早百合がいる。いつもより多い足音と影が世界に彩を加える。
「みんな元気かな」
「元気元気、どいつもこいつもマイペースに生きてるよ。殺しても死なないようなやつらばかりさ」
「鏡君が一番マイペースだよね、だから鎖でぐるぐる巻きにされてたんじゃないの?」
「ならそれを解いたお前も同罪だな、今度はお前も一緒にぐるぐる巻きだ」
「え~、それなら鎖じゃなくて可愛くラッピングして欲しいんですけどー」
「そっちかよ」
お前も十分マイペースだっつうの。ただ、あれだな。なんか懐かしいな、この雰囲気。
ほんの一週間くらいなのにすごく懐かしく感じる。
俺たちは学校にたどり着く。いつもより意気揚々と教室の扉を開けた。
「おはよう」
早百合の元気な姿を見せれるのがなんだが誇らしいというか、嬉しい。
「ん? なんだよ、誰もいないのか」
が、挨拶は返ってこなかった。てっきり早百合の登場に深田や椎名あたりが驚いて近寄ってくると思ったんだが。
そこには三人の姿はいなかった。残念。
「みんな、どうしちゃったんだろう?」
「おかしいな、いつもはこの時間にはいるんだが」
こんなことは初めてだ。俺がこの学校に来てまだ日が浅いというのはあるがそれでもたいていこの時間なら三人は教室にいるし。
「三人揃って遅刻か? 珍しいこともあるもんだな」
「…………」
とはいえいないものは仕方がない。早百合が来ていることはその時に知らせれればいいか。
教室に入って早百合がいるのを見れば驚くだろうな、クックック。その時の様子を想像するだけで笑えてくるぜ。
俺たちは席に座り三人が来るのを待つ。
しかしいくら待っても三人の姿はなくそのままホームルームの時間になってしまった。
おいおい、ほんとに三人揃って遅刻かよ。
教室の扉が開く。そこから現れた秋山は表情が固いように見える。それが早百合を見るなり目を大きく広げた。
「早百合さん」
「あの、先生」
秋山に早百合は恐る恐る声をかける。
「みんなは、どうしたんですか?」
秋山は目を伏せたまま、つぶやいた。
「上代さんは現在入院中、深田さんと椎名さんは、亡くなりました」
「――――」
血の気が一気に引いていく。時が止まったようだった。
なにも考えられない。現実感が漂白されてテレビ越しにニュースを見ているようだった。
だけど頭は次第に働き始めて、今言われた言葉を飲み込んでいく。
上代が入院で、二人が、亡くなった?
「え、どういうことだよ!? なんで上代が、二人が亡くなった!?」
聞き間違いじゃないよな? 亡くなったって、死んだってことか? 深田が? 椎名まで?
なんで? 昨日はなんともなかったぞ? ずっと普通だったじゃねえか!
「昨夜女子寮でガス漏れ事故が起きて。気づくのが遅く、それで……」
喋っている最中、秋山は泣き出しそうだった。声は震えて、目をぎゅっと瞑っている。
「ごめんなさい。私たちのせいで」
「ふざけんじゃねえ!」
席を勢いよく立ち椅子が倒れる。そのまま秋山に詰め寄り胸倉を掴んだ。
「ごめんなさいじゃねえんだよ! それで二人が戻ってくるとでも思ってんのか!」
「止めて鏡君!」
早百合の声が聞こえるが止まらない。ふざけるな!
「ただでさえこんな島に閉じ込めておいてガス漏れだと? どうなってんだてめえらの管理体制は! 監視と保護がてめえらのやることじゃなかったのかよ! 閉じ込めてそれでお終いか!」
「鏡君止めてぇ!」
「ごめんなさい」
「だからごめんじゃねえんだよ!」
彼女の体を黒板に押し付ける。
その時だった。教室の扉が勢いよく開けられ両方の入口から男たちが入ってきた。
「止まれ!」
「両手を上げろ!」
軍服を着込みその手にはライフルが握られている。全員が教室になだれ込み銃口が俺に向けられていた。
「特異体五号! 秋山監視員を解放し両手を上げろ!」
「なんだてめえら! やんのかこら!」
どこから現れやがったこいつら、ずっと覗いてたのか?
「早く解放しろ! 発砲するぞ!」
「やってみろ! 脅ししか出来ねえのか!?」
「止めてぇええええ!」
「…………」
早百合の叫びに一髪触発の空気が止まる。
「早百合……」
早百合は席を立ち出口に向かった走り出した。
「早百合!」
俺も慌てて追いかける。教室から出ようとするが男たちに掴まれてしまう。なんだよこいつら!
「放せてめえ!」
「があ!」
拘束されるが男の手を噛みなんとか脱出する。
「早百合ぃい!」
走る。廊下を直進し玄関から外へ出る。正門の前でようやく早百合の腕を掴まえた。
「放して!」
「でも、放したらお前」
「お願いだから放して!」
早百合はその場に座り込む。俺の掴んだ腕だけが持ち上がり彼女の後ろ姿が見える。
早百合は、泣いていた。
「私のせいだ!」
泣いていたんだ、傷の激痛に。
「私がみんなと仲良くなろうなんて思ったから、私が学校に来たりしたから真冬ちゃんも、椎名ちゃんも!」
「早百合」
「もういやだぁあ」
泣いている。彼女の涙が雨のように俺の心まで濡らしていく。
掴む手から力が抜けて、彼女の腕がするりと落ちた。
なんて、声を掛ければいいんだろう。ただ彼女を見ていると俺まで悲しくなってきて、怒りなんてなかった。
深田、椎名。あの二人は、もういないんだ。
「早百合のせいじゃない、あれはあくまで事故で」
「私のせいだよ!」
早百合が振り返る。その目に竦んでしまう。涙を浮かべ、充血した瞳。それが俺を睨みつける。
初めてだった。そんな目で見られたのは。俺を貫く怒った表情が、ショックだった。
「いい加減なこと言わないでよ! 私のせいに決まってるでしょ! じゃないとあり得ないじゃん、こんなこと!」
言っていて自身の重責に耐えかねるように視線が下がっていく。地面を向いて、落ちる涙がシミを作っていく。
「私が二人を殺したんだ。ずっと一人ならよかった。ずっと部屋にいれば、ふたりは」
「そんなことない」
「生まれてこなければよかった」
「え」
俺は、彼女が好きだった。それは俺を鎖の部屋から解放してくれた恩人というのもある。
でも、それだけじゃない。
「私なんて、生まれてこなければ。私さえいなければ、みんな、みんな無事だったのに。私のせいでぇ」
彼女の明るさや、笑顔が。
「あああああああ!」
誰よりも優しい、そんな人だったから。
「そんなこと、言うなよ……」
その人が、生まれてこなければ良かったと泣いている。
「生まれてこなければ良かったなんて、言うなよ」
「私が生まれて来なければ」
生まれてきたことが罪であるかのように、嘆いているんだ。
「そんなことない。生まれてきていけなかった存在なんてない。言っただろ? 俺は、お前に救われたんだ。お前が生まれてきてくれたからだ。おまえのおかげなんだよ。だからそんなこと」
「でも二人は死んだんだよ」
言葉を遮り叫ぶ。彼女には感謝している。だけど彼女は二人を亡くしてしまったことを嘆いている。
濡れる彼女の瞳に、俺はなんて言えばいい? なんと言えば彼女を救えるんだ?
考えるけど、分からない。
「私は、一人じゃないと駄目なんだ」
「そんな」
大切な人が苦しんでいるのになにも出来ない。それが悔しい。ただ自分の気持ちを伝えることしかできない。
「俺がいるよ。傍にいる。約束しただろ? ずっと一緒にいるって」
無力だ。俺はなんて無力なんだ。
「私は、一人がいい」
「早百合」
彼女を放したくない。こんな状態でいいはずがない。なんとかしないと。
「でも」
「一人にして」
そんな気持ちをぴしゃりと遮られてしまう。
「もう、誰も失いたくない……!」
そう言うと早百合は立ち上がり正門へと歩き出していった。
ふらふらと覚束ない足取りで。その背中に手を伸ばすけど、しかし言葉が出てこない。
待ってくれ。心はそう叫ぶのに口はそれを言わないで、次第には伸ばした腕も下りていく。
彼女の背中を黙って見送っているしかなかった。
その日、俺たちは学校を休んだ。
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