第10話 決心
「おーい、早百合ー。俺だー」
放課後、覇気のない声が夕方の木々に広がる。俺が呼ぶと早百合は意外にも早く出てくれた。
「鏡君、来てくれたんだね」
「当たり前だろ。俺が来なかったらお前飢え死にだろうが」
「もう、さすがにそんなことないよ」
頬を膨らませるなんて可愛らしい仕草をするが実際死活問題だろ、これ。
俺は早百合の部屋に入り早速テーブルに弁当を並べた。それを二人で食べていく。
「なんだかごめんね。迷惑かけちゃって」
「気にすんな。俺がしたくてしてることだ」
「うん」
早百合はそう言うと止めていた箸を動かした。二口、三口食べるとまた控えめな声で話しかけてくる。
「ねえ、鏡君」
「ん?」
ちょっと待っててくれ、今からあげを口に入れたばかりなんだ、すぐにごはんを入れないと。
「もし嫌になったらね、止めてくれていいから」
早百合の箸がまた止まる。反対に俺は箸をがしがしと動かしてごはんを口に押し込んでいく。
おかずとごはんの配分を間違えたんだよ、あとからあげ二個でごはん半分も消化しないといけないんだぞ。
「こうしてお弁当とか持ってきてくれるのはうれしいし、感謝だってしてるんだけどね。でも、私だけがしてもらってる。私、どうすればいいのかなって、思っちゃって。えへへ」
うん、口の中のものがだいぶ飲み込めた。あともう少しで喋れそうなんだが。
「鏡君の好意に甘えてばかりじゃ駄目だよね」
「ふう! ようやく飲み込めたぜ!」
俺はペットボトルのお茶をごくごくと飲む。くうー、一気にごはんをかき込んだ後のお茶はうまい!
「お前なー」
それでこいつは俺が黙って聞いてれば好き放題言いやがって。
「いろいろ気にかけてるみたいだがさっきも言ったろ、俺が勝手にしてることだ」
「それはそうなんだけど」
「昨日も言っただろ? ずっと一緒だって。ならそれでいいじゃねえか。今はなにも考えずに甘えとけ、お前はそれくらい大変な目に遭ってきたんだ。これくらいなんともねえ。それにこれも言っただろ? お前はすでに、俺を救ってくれたんだ。だから負い目なんて感じなくていい、アンダスタン?」
「ふふ。うん」
そこまで言って早百合はようやく納得してくれた。からあげを取り口に近づける。
「鏡君は強引なんだから」
そう言ってからあげを口の中へと入れる。さっきまでどこか暗かった顔が少しだけだが笑っていた。
「お前が叩き起こしたんだ、責任だ責任」
「え~、私のせいかな~?」
「そうだお前のせいだ、観念して俺の世話になるんだな」
「そっかー、なら仕方がないかな~」
笑える。見れば早百合も楽しそうに笑っていた。
基本的に早百合はギャグ担当だからな、俺が面白いこと言ってもお前がノッてくれないと面白くないんだよ。
「ねえ、鏡君」
「ん?」
ちょっと待ってくれ、最後のからあげを今口に入れたところなんだ。これで残りのごはんを全部消化しないと。
「あのね」
駄目だ、間に合いそうにない。俺はとりあえず顔だけを早百合に向けた。
「ありがとうね」
すると、早百合は今日イチの笑顔でお礼を言ってくれた。その笑顔に俺の顎は動きを止めた。
やっぱり、早百合は笑ってる時が一番いいな。
もっとこいつが笑顔でいられるようにしたい。こいつの笑顔を守りたい。
そうした思いが俺の胸の中でさらに強くなっていく。
改めて胸の中で灯る熱を感じていた。
それから食事を終え俺たちはなにを話すでもなくベッドにもたれ座っていた。
会話がない。別にそれが苦というわけでもないがせっかく二人いるのにただ黙っているのももったいないかもしれないな。
「早百合、一つ聞いていいか?」
「うん、いいよ」
それで、俺は思ったことを聞いてみた。
「早百合はどうして、学校に行こうと思ったんだ? やっぱり、みんなと友達になりたいと思ったからか?」
早百合には周りの人を不幸にしてしまうという傷がある。彼女が不登校だった理由もそれだ。
それでも学校に通うことにした裏にはかなりの葛藤があったはずだ。
「それもあるけどね」
それでも登校したのはなぜなんだろう。
「私、鏡君を見つけたでしょ。だからだよ」
「俺?」
俺を見つけたことがどうして登校のきっかけになるんだ?
「私が見つけた時ね、鏡君、笑ってくれたんだ。私なんか生まれなかった方がよかったのにって、ずっと思ってた。そんな私に鏡君は知らずとはいえ微笑んでくれた。それがね」
その時のことを思い出しているのか、会話の中の俺のように彼女も微笑んだ。
「すごく、嬉しかったんだ。久しぶりだったから、誰かが笑ってくれたの。それで思い出したんだ。やっぱりいいなって。誰かが幸せそうだとね、私まで嬉しくなる。だから危険かもしれないけど学校に行くことにしたの。みんなと友達になって、みんなが友達になって、みんなが笑顔になって。それを見たらね、私はこの学園から去ろうって思ってたの」
「そうだったのか」
「失敗しちゃったけどね」
早百合はあははと笑っている。
暗くならないように気を使っているのが分かる。でも、俺は諦めて欲しくない。
「失敗なんてしてないさ」
俺の歓迎会は白紙になったかもしれない。でも夢まで諦めることはない。
「今はまだ、ちょっと休憩してるだけだ。まだまだこれからだって。だからさ、また学校に行かないか。きっと大丈夫だって。なにか起こったら俺がフォローしてやる。それでまたみんなと一緒に楽しく過ごそうぜ。それに早百合は出て行く必要なんてない。ずっと一緒だ。なにがあろうと俺が絶対に止めてやる。止まない雨はないだろ? 今は辛いけど必ず晴れる。それを俺と迎えようぜ」
あんなことがあって行きにくいのは分かる。それに傷のことだって不安になる気持ちは分かる。
でもこれが俺の正直な気持ちだ。
「止まない雨はない、か」
「ああ、俺はそうだった。ずっと雨雲だっけど、それをお前が晴らしてくれた」
「え」
俺の言葉にちょっとだけ驚いたように早百合が顔を向ける。
「だから、次は俺の番だ。大丈夫。お前はすでに一人は笑顔にしてるんだぜ」
「そっか、そうだったね」
「おう。だから自信持て。お前は生きていてもいい、生まれてきて良かったんだよ」
俺はすでに彼女に救われてる。
だからこれは恩返しでもある。俺みたいな存在でも救われたんだ、なら彼女が救われないなんて嘘だ。
「うん。ありがとう、鏡君」
俺の手を握る。俺も彼女の手を握り返した。
それで時間も経ったので俺は自分の部屋に戻ることにした。
自分のベッドで横になりながら彼女のことを思う。早百合が負った傷は深い。それは容易に想像できる。
その傷を癒すのはとても時間のかかることだろう。もしかしたらそんな時はこないのかもしれない。
でも、それがなんだっていうんだ。そんなの俺が永遠に支えてやればいい話だ。簡単さ。
あいつが前向きになってくれるまで一緒にいるだけだ。
信じて待つ。深田や椎名とも話したしな。
俺は目をつむり眠りについていった。明日、また朝食届けてやらないとな。
そんなこんなで俺の生活は早百合を中心に動いていくことになった。朝と夕方には弁当を届けなるべく一緒にいる。
夕方の時は学校でなにかあったのかを伝え談笑していった。
早百合も学校の様子はやっぱり気になるようで椎名と深田のこと、上代とちょっと話したことなどを伝えるととても喜んでいた。
そんな生活が一週間過ぎた頃。日課になりつつある早百合の家に食事を届けに行っていた。
自主宅配サービスだ、無償の愛とともに俺のおにぎりを食らうがいい。
「おーい、俺だー」
もうインターホンを押すこともない。声をかけて俺が来たことを知らせる。それで扉もがちゃりと開いた。
「ん?」
そこには早百合がいる。それは当然なんだが、彼女の服装はいつものラフな私服ではなく学校の制服だ。
「おはよう」
「お、おう。おはよう」
俺は部屋へと入り丸テーブルの前に座る。早百合は台所でお茶を二つ用意し持ってきてくれた。それで俺の隣に座る。
「お前、その恰好」
「うん」
早百合は気恥ずかしそうに頷いた。
「学校、行くのか?」
「うん」
「本当に!?」
「うん」
「マジか!」
そうか、学校に行く気になってくれたのか。
早百合なりにいろいろ葛藤はあっただろうが学校に行くことを決めてくれて嬉しい。
「いつも鏡君に来てもらうのは申し訳ないからね。なにもしないことで不幸にさせるなら、せめて行動しようかなって」
「別に、俺は不幸なんて思ってなかったぜ?」
「うん。でも、このままじゃ駄目だって思ったから」
「そっか」
やった。これで彼女の夢が一歩近づく。
深田や椎名も喜ぶ。上代だって気にしてたみたいだし内心喜ぶと思う。
「嬉しいよ」
「……うん」
早百合は受け取り、一緒に食べ始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます