第9話 第二章 真心の愛
赤い空の屋上で椎名は俺の話を黙って聞いていた。それからぽつりと話し出す。
「早百合ちゃん、そんな傷だったんだ。だから最初は不登校で」
早百合の傷の正体、それをこいつは初めて知った。ショックなはずだ、それくらい彼女が負った傷は痛い。痛すぎる。
でも、だからこそ早百合の強さが分かるんだ。
「だけど学校に来るようになって、明るく振舞ってくれて。自分も辛いはずなのに、周りが友達になるように頑張ってくれて……。すごく優しくて、いい人だった。嬉しかった、すごく」
彼女の優しさに椎名は感じ入っている。分るよ。コンビニで一緒にお菓子を選んでいるこいつは遠慮がちだったけど、それでも喜んでいたのを覚えている。
本当に幸せそうだった。
「ああ、本当に優しいやつだ。自分よりも周りを優先して、みんなの幸せを願ってた」
「だったら、ねえ、なんで? なんで彼女を壊したの?」
椎名の目に険が現れる。そんな優しい人を、俺を見つけてくれた恩人を、俺は壊したんだから。
「それを今から話すよ」
あいつは、優しすぎたんだよ。
*
それから、早百合を支える俺の生活が始まった。
俺は学校へ行こうと提案してみたが早百合としてはまだ心の準備が出来ていないようで、それならその間俺がいろいろ面倒見なければならない。
翌日、俺は自室で目を覚ますと早百合の部屋に寄っていた。部屋のチャイムを押す。
扉が開かれ早百合が顔を覗かせる。その表情は昨日に比べていくぶん明るく見えた。
「鏡君?」
「よう。おはよう」
「うん、おはよう……」
早百合はちょこっとぽかんとしている。ここに来ることは伝えていなかった。
「どうしたの、なにか忘れ物?」
「いや、そうじゃなくてさ。ほら」
俺は学生鞄とは反対の手を持ち上げる。
そこにはビニール袋が握られており中にはコンビニで買ってきたおにぎりが入っていた。
「朝食。食うもんないだろ」
「あ」
早百合の家にも冷蔵庫はあるが昨日飲み物をもらうとき見たがほとんどなにもなかった。
「ありがとう、わざわざ」
「いいって。中入るぞ」
「うん」
早百合の部屋に入る。テーブルにコンビニの袋を置くと中身を出していく。
「なにが好きか知らなかったから適当に買ってきたぞ」
「私好き嫌いないから大丈夫」
俺たちは座りおにぎりを食べていく。味気ないといえばそれまでだがないよりはマシだ。
「冷蔵庫の中ほとんどなかっただろ? どうするつもりだったんだ?」
「うーんと、えへへ~」
「考えてなかったのかよ」
おにぎりを食べ終えゴミを片づける。こういうのが楽なのはいいところだ。
「ごちそうさん」
「ごちそうさま。ありがとうね」
「いいって。あんま外出たくないだろ?」
早百合の傷のことを思えば外に出て誰かに会うというのは避けたいはずだ。
「だから、食事は俺が持ってきてやる」
「いいの?」
「これくらいなんてことねえよ」
「うん、ありがとう」
早百合は気恥ずかしそうだ。
誰とも会いたくないから部屋にいるなんて仕方がないことだけど引きこもりの発想だからな。
「ずっと傍にいてやるって昨日言っただろ? まあ、学校は行かなくちゃ駄目だけど。使える時間はここにいてやるからさ。約束だもんな」
「うん」
それから俺たちはなにを話すわけでもなくじっとしていた。
特にこれといって話すこともなく時間が過ぎていく。でも気まずいとかそういうのはなくて、こうして一緒にいられる時間というだけで満たされているんだ。
と、そろそろ時間か。
「それじゃあ俺はそろそろ行くわ」
「うん」
立ち上がり玄関に向かう。靴を履き扉を開けた。
早百合も玄関前に来てくれて見送りしてくれる。
「行ってらっしゃい」
「おう」
俺は早百合の部屋を後にした。
いつもとは違う通学路を歩き学校へと向かう。黄色い花畑の道に合流し丘を目指す。
学校に着いた時はいつもより少し遅い時間だった。慣れないせいで時間がかかったな。
「おはよう」
教室の扉を開ける。そこにはすでに三人が着席している。
とはいっても彼女たちが遅れて来たことは一度もなかったな。
「鏡君」
入室するなり椎名が俺に近寄ってきた。後に続いて深田もやってくる。
「昨日はその、どうだった? 早百合ちゃんの部屋に行ってきたんだよね?」
「お元気そうでしたか?」
「おう。まあ、元気そうだったよ。ただ学校に来るのはまだ抵抗があるみたいでな」
「そうなんだ」
教室に来ていないことからだいだい想像はついていただろうが俺から直接言われ残念そうだ。
「でもだ、落ち着いたらまた来ると思うぞ。今はまだ気持ちの整理とかさ、いろいろあるだろ」
彼女の傷を思えば無理もない。だけどいつかは来てくれる。
俺はそう信じてる。みんなと仲良くなるはあいつの夢だし、それを叶えてやりたい。
「うん、そうだね」
「私たちにできるのは信じて待つことですよね」
「おう、それがたぶん一番の近道だ」
信じて待つ。そうだよな。それが俺たちにできる最善だ。
椎名も深田も早百合のことを思い頷いている。
そこでふと視線に気づき振り向いてみた。
上代の顔がさっと動く。もしかして今こっちを見てたのか?
そこでチャイムが鳴った。早いと思ったがそういえば遅れていたんだっけか。
チャイムに急かされるように席に座り教室に秋山が現れる。
今日も一日の始まりだ。
ただ、俺の目は引き寄せられるようにある空席に向かう。
早百合のいない席。今までいるのが当たり前だった彼女がいない、彼女の笑顔や笑い声がない教室というのはやはりどこかもの寂しい。
早百合には傷がある。周りにいる人を不幸にしてしまうという傷が。
それはとても大変なことだ。早百合の気持ちも分かる。
だけどここでその傷は起こっていなかったし、仮に上代の傷が早百合の能力だったとしてもそれくらいだ。
ここでどんな不幸が起こるっていうんだ。
もし起こりそうになっても気を付けていればいいし俺が対処すればいい。
だから、早百合にはまた来て欲しい。
あいつがまた学校に来たいと思える日が来るまで、俺が支えていくんだ。
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