第3話 転校生
暑い。なんだよこの暑さは。誰だよこんな暑さにしたのは。ちょっと設定間違えてるんじゃねえの?
額に浮かんだ汗を手でふき取る。次にため息が出た。窓から外を見れば快晴の青空が広がっている。
加えて夏の熱気だ。これから俺はここで学校生活を過ごすわけだがそれはこの暑さともつき合っていかなければならないということで。
最近では学校にクーラーを設置しようという意見が出ているようだが当事者として言わせてもらう。
議論すら遅いくらいだ、さっさと予算案に学校用クーラーて書いて通過させてこい!
……暑い。
「辛そうね」
学校の廊下を歩く。俺の前にはクラス担任となる女性教師が歩いている。
薄い黒色をしたスーツを着ており歩きながら振り返る。長い黒髪を束ねた一本の髪束が揺れメガネをかけた目が俺を見る。
名前はたしか秋山。秋山蓮(あきやまれん)だ。
「当たり前だろ。今にも雪だるまみたいに溶けそうだ」
「おおげさね。早退の理由にはならないわよ。あと、私は教師なんだから敬語で話すように」
「へいへい」
顔を逸らしもう一度窓の外から景色を見渡した。
この学園がそもそも丘の上にあるというのもあり二階から見る景色はこの島を見渡せる。
青い空の下には運動場、その先の道には黄色い花が並んで咲いている。
さらに先には空と同じように広大な海が続いていた。
なんとも風光明媚というか、田舎というか、なにもない場所だ。俺がここからこの景色を見るのは初めてだが今にも飽きそうだぜ。
「緊張はしてる?」
「んー」
顔を正面に戻す。秋山もすでに正面を向いていた。
「いや。出たとこ勝負さ。仲良くならうがならなかろうが、流れに身を任すさ」
「そう。君がそれでいいならそれでいいけど。でも、なにか困ったことがあればなんでも相談してね。勉強ももちろん、人間関係もね。それが私の仕事、というか、役割なんだから」
「プロだね~。そんなにきばって定年まで保つのかよ」
「君が敬語でしゃべってくれるならね」
「へいへい」
そんな調子で先生である秋山と話していると俺たちは教室の前に着いた。
クラスの名札を見上げるとそこには普通科と書かれている。
秋山は教室の扉を開けた。
「みんな~。ホームルームよー」
秋山の入室に中にいた生徒たちが自分の席に着く。俺も先生の後に続いて中へと入った。
教壇へと向かう途中生徒の顔を見る。
ホームルームが始まったというのに読書をしている白い髪の女の子。
こんな暑い中両手に白い手袋をした黒い髪をした長身の女の子。
小柄な体型でどこか不安そうにこちらを見る黒髪で眼鏡を掛けた女の子。
そして、子犬みたいに目を輝かせ俺を見てくる胡桃色の髪をした女の子。
この教室にいるのは俺を含め五人の生徒だけだ。
「えー、実はだけど、今日からこの学園に新しいお友達がやってきました。みんな、仲良くしてあげてね。それじゃあ自己紹介してくれる?」
先生にそう言われ教壇の前に立つ。みなの視線を集め少しだけ背筋に力が入る。
「えーと。今日からここでお世話になるトミー・リー・ジョーンズだ。今度は日本の学校風景を調査するためにやってきた。よろしく」
「やったー! 私有名人見るのはじめてだよ!」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
教室では唯一胡桃色の髪をした女の子がはしゃいでいる。俺は教室の隅に立つ先生を見る。秋山はじと目で見ながらこめかみ辺りを掻いていた。
「……ていのはもちろん冗談で、名前は鏡京介(かがみきょうすけ)だ。よろしく。それとさっきの冗談は忘れてくれ」
俺は両手を小さく上げ終わったことを伝える。そのあと教室内から拍手が送られ俺を迎えてくれた。
かなり滑った自己紹介だったがまあいいだろう。
「べ、べつに、私だって気づいてたし」
あいつも一応拍手してくれてるしな。
「それじゃあ、彼が鏡京介君よ。みんな覚えたわね? ホームルームはそれだけよ。私は一旦鏡君と話があるから。みんなはそれまで待っててちょうだい」
秋山が出ていくことで俺も教室の外へ出た。二人で廊下を歩く。
するとすぐに先生が振り返ってきた。
「あれが出たとこ勝負?」
「調子が悪かったんだ」
「ふふ。君って面白いのね」
「そいつはどうも」
俺たちは一階へと降りそこにある応接室へと入る。
中には立派なソファが二つ向かい合う形で置かれ間にはガラス製のテーブルが置かれている。
棚の上には電気ケトルとティーセットもあった。
こういうのってお客さんと話すための場所であって教師と生徒の話し合いで使うものではないのでは?
てっきり職員室だと思っていたので意外だ。
「使ってもいいのか?」
「むしろ使わないと勿体ないわよ。使うことなんてほとんどないんだから」
まあ教師がそう言うのならいいのだが。俺だって座るならふかふかのソファがいい。
俺はソファに座り、秋山はクーラーのリモコンを取り電源を入れた。
「はあ、暑い暑い」
「…………」
ふざけんな。
秋山が対面のソファに座る。クーラーから冷えた空気が流れていき俺は地上の楽園を知った。
「どう? 教室のみんな。見た感じだけど仲良くなれそう?」
ソファの座り心地とクーラーの冷気に表情が緩む中秋山が聞いてくる。
「さすがにその質問は気がはええよ。まだ話もしたことないんだぜ?」
「そうだったわね」
秋山は苦笑している。だがすぐにその笑みはなくなり真剣な表情になる。
「でも、第一印象ってあるでしょ? 実際、見てみてどう思った?」
「さあな。普通じゃないか? 特別どうと思ったことはないな」
「そう。普通、か。よかった」
秋山はホッとしたように表情をほころばせた。
その表情に、俺は彼女の本質を見た気がする。
「でも、桃川さんのことは知っているんでしょう? 君の第一発見者だものね」
「あの脳天気か? 忘れたくても忘れられないよ」
「彼女明るくていいわよね。君のボケにも丁寧に反応してあげてたし」
「聞くがあれは優しさだと思うか? それとも天然なのか率直にどう思う?」
「んー……難しいわね」
「だよな」
俺よりもつき合いが長いはずの先生でも判別つかないか。俺よりもあいつの方がよっぽど謎なんじゃないか?
「それでね、鏡君。聞くんだけど、君はどうしてあの部屋にいたの?」
その質問に俺は目を細めた。
開かずの扉。この学園では有名な、けれど誰も中を知らない場所で俺は発見された。
俺を見つけたのは桃川早百合。彼女に見つけられてから俺はこの島の研究員に回収されいろいろな検査を受けた。
分かったことは俺が出自不明の人間、ということだけだ。
彼女が見つけたという開かずの扉の部屋も調査されたがただの部屋であり彼女が言っていたような古びた聖堂なんてどこにもなかった。
俺は発見されてから今日に至るまでの数日を数秒で思い返していた。
「記録は読んだんだろ? あいにくだが覚えてない。全部だ。あいつに見つけてもらえるまでの記憶はなにもないんだよ」
言ってしまえば正体不明の少年。この名前だって俺が適当に付けたに過ぎない。
ただ秋山はそんな俺をわりと平然と見つめている。
「知ってる。その割には言語はしっかりしているのよね。質問なんだけど三×九は?」
「二七」
「水の沸点は?」
「百度」
「ワシントンの首都は? 違う。アメリカの首都は? もういいわ」
秋山は咳払いをしている。今のはちょっと恥ずかしいな。
「とりあえず一般常識もちゃんとあるみたいだし。ほんと不思議な存在よ。でも、この学園にいるからかな。言うほど驚いていない自分に驚いているわ」
「そうかもな」
彼女の言葉に頷く。
俺みたいな存在は普通警察やら役所やらが担当するものだろうが、この島はけっこう特殊でありそうした事情から俺はここの生徒となっている。
その特殊な事情というのが、
「もう知っていると思うけれどね、この学園、ううん、この島全部と言ってもいい。ここは特殊な能力を持った子供たちを集めるためにある場所なの」
そう、それがこの学園設立の目的だ。
特殊な能力を持った子供たち。
それは社会や地域への影響、また当人への精神的な影響もある。特に思春期だからな。
自分にしかない力は言い換えれば他人との違いだ。
学校という場所が日常のほとんどを占める学生時代にとって集団と決定的に違う点があるというのは孤独を意識しやすくなる。
結果、本人の成長に悪影響を与えかねない。
その教師である秋山はやや深刻そうな顔を浮かべていた。
「あの教室にいた子はみんな自分にしかない特別な力を持っているわ。みんなはその力を傷と呼んでいるけれどね」
「おいおい。ずいぶん悲観的な呼び方だな。ゲームや漫画ならスキルとか魔法とか、ほかにはギフトとか。探せばもっとあるだろう」
「私たちが言った訳じゃないわよ? 私たちは単に特殊能力とか特異能力とかそういう風に呼んでいるし。ただ、誰が最初に言ったのか。それが彼女たちの呼び方なのよ。傷。傷持ち。あの子たちは自身が持つ周りとは違う力のせいで以前の学校では疎外感を感じていた子も多い。だからこの場所があるのよ。特別な力を持った子たちだけの学校がね」
そう言う秋山の顔は寂しそうだ。
「君にはまだ分からないかもしれないけれど、特別な力を持つというのはそれだけで苦しいものなのよ。周りにどれだけの人がいても自分と同じ人はいない。共感してくれる人も理解してくれる人もいない。そればかりか自分を恐れ、その恐れが妬みや拒絶に繋がる。そうして差別的な扱いを受けてしまう。仕方がないことなのかもしれないけれど、どれもあの子たちが望んで手に入れた力ではないわ。生まれつきというどうしようもない特徴のせいで人から嫌われるのはあんまりよ」
「そう、だな」
特別な力。自分だけの力。そう聞いて憧れや魅力を感じるやつは多いだろう。
スーパーマンになれる薬を渡されたらたいていの人間は飲むんじゃないか?
だが、現実問題としてそれは果たして幸福なんだろうか?
他の人ができないことでも自分はできる。それは確かにすばらしいことだ。
だが、そのせいで他人は頼ってくるだろう。
もしくは妬み、恐れるだろう。そんな他人と友達になれるか?
いや、なってくれる人がいるだろうか。きっといない。たとえば爆弾を常時持ってるやつに近づきたいって思うか?
いつ爆発するか分からないのに? 普通なら距離を取る。
そういうこと。特別な力の弊害さ。
でも、唯一の救いがある。それがなにか、もう説明されなくても分かるよ。
「でもここでは違うわ」
秋山の声に張りが出る。彼女の顔を見てみればその表情は引き締まっていた。
「ここには自分と同じ、特別な子供たちがいる。能力はみんなばらばらだけど境遇はみんな同じよ。自分だけじゃない、自分と同じ人が集まる場所」
自分と同じような立場なら自分の苦しみも分かってくれるはず。
この学園なら痛みを共感し合える。それは他の場所ではできないことだ。
「この場所なら、きっとあの子たちの居場所になれる。友達だってできる。私はそう信じてる。そう思っているからこそ頑張っているわ」
そういう秋山の顔は自信に満ちていて、つい顔を逸らしたくなるくらい輝いていた。
「そして君もね」
「え」
意外な言葉に素で声が出る。
「なに驚いているのよ、当然でしょ。君もここの生徒なんだから」
「それはそうなんだが」
確かにそう。だけどそこに自分が含まれていいのか、俺は確証が持てないでいた。
「いまいちピンと来てなくてさ。自分の居場所と言われても」
「それはどうして?」
秋山の質問に俺は下を向く。視界から人を追い出して自分に意識を向ける。
「俺は、どうして生まれてきたのかな」
俺はなぜここにいるのだろうか。
なぜ生まれてきたのだろうか。開かずの扉に囚われていた俺はもしかしたら一生鎖に繋がれていなければいけなかったのかもしれない。
そんな思いが、今になっても浮かんでくる。
「もしかしたら生まれて来なかった方がよかったのかもしれない。そりゃそんな風に思いたくないよ。ただ事実としてそうだとしたら否定できないだろ? もし生まれてはいけなかった存在だとしたら、そんなやつに居場所なんてあるのかなって」
たとえば自分が毒物だとしたら? いるだけで周りに危害を与える存在だとして、そんなのは厳重に保管するべきだ。
外に出ないように。そこはきっと開けてはいけない扉になるだろう。
自由はそりゃ欲しいよ。だけど周りを傷つけるような存在にはなりたくない。
「自分が、誰かを傷つけてしまうことを恐れているのね」
俺の心情を理解してくれたのか、秋山は寂しげな声でそう言ってくれた。
「ハリネズミのジレンマね」
「近づきたいけど近づいたら互いに針が刺さってしまうっていうあれだよな」
「そう。君なりになにやら抱え込んでいるようね」
こんな抽象的で要領を得ない話普通なら無視するか茶化すなりしそうだがこの学校の先生というだけあって正面から向き合ってくれる。それは正直有難かった。
「君が生まれてきた意味は分からない。もしかしたらないかもしれない。でもそれはほとんどの人がそうよ。意味を持って生まれてくる方が珍しいんだから。重要なのは生まれてからなにをするかじゃない? それが君を定義すると思う」
彼女の言い分。俺は顔を上げ彼女の顔を真っすぐと見つめる。
「君は自分の存在に疑問を感じているのね」
その顔は優しく微笑んでいた。
「でも、君がなぜ生まれたのかじゃない。君はなにをする人なのか、を考えてみない?」
「なにをするのか」
「ええ。それの方がよっぽど有意義よ。なにかやりたいこととかはない?」
「それは」
俺のやりたいこと。なんだろうな。考えたこともなかった。考えるが具体的にこれと言って浮かんでこない。
ただどんな人になりたいか、という意味では思うものはある。
「生きていてもいい……。そう思いたい」
「うーん」
俺の答えに秋山がうなる。分かる。言われても難しいよな。生きていてもいい、と思えるかどうかって主観の問題だし。
「それなら!」
と思っていたのだが秋山はパンと両手を叩きアインシュタイン並みの発明をしたと言わんばかりの笑顔で言い寄ってきた。
「友達、作るのはどう? 友達ができれば自分を認めてもらえるし楽しいし。君も生きていてもいいと思えるわよ」
「はは。なるほど、最初の話に戻るわけだ」
うまく繋がったな。それで嬉しそうだったわけだ。
「君が何者であったとしても、この学校は君を歓迎するわ。だから君もここを居場所にしてみて。ここに来てよかったと思えるように」
「了解。楽しい場所になりそうだな」
いいように言い包められた感はあるが彼女は俺の悩みに真摯に向き合ってくれた。それは俺にも分かる。
「ありがとう。参考になったよ」
彼女の優しさに礼を言い彼女も「いえいえ」と満足げな表情だ。
俺はソファから立ち上がる。彼女の目が俺を見上げた。
「そういうことなら一人一人にあいさつしていかなきゃな」
「そうね。私はもう少ししてから教室に行くからさきに行っててちょうだい。道は覚えてる?」
「そこまで間抜けじゃないよ」
俺は歩くがふと思ったことを聞いてみた。
「一つ聞いていいかな」
「なにかしら」
足が止まる。顔だけを動かして彼女を見る。
「単刀直入で悪いんだが、あんたは怖くないのか?」
そう、この質問をまだしていなかった。
特別な力を持つ者を恐れるのならそれは彼女もまた同じでは? どうなんだろう。それを知りたかった。
だが、俺の抱いた疑念を彼女はふっと鼻で笑い飛ばす。
「特別な力を持ってるってこと? 馬鹿な質問ね。そんなのがあろうがなかろうが相手は人間じゃない。自分と同じ心を持つ人なのよ。怖がる必要なんてないわ。それが出来なければどの道家の外になんて出られないじゃない。運転手だって十分脅威なんだしさ」
「違いないな」
答えに満足し俺は歩みを再開させる。応接室の扉を開けた。
部屋から出て扉を閉じる。そのまま歩いていく前、俺は一旦足を止めていた。
「同じ心を持つ人、か。響いたよ、今の言葉」
彼女に自覚はないだろうが、その言葉は俺の心を少しだけ救ってくれた。
友達、か。
彼女の言ってくれたもう一つの言葉を振り返る。俺に友達なんてものが許されるのか、そもそも出来るのかははなはだ疑問だが。
でも彼女の言ってることはその通りだと思う。
俺にも友達ができて、お互いに認め合える相手がいれば生まれてきても良かったんだと思えるかもしれない。
機会があれば、作ってみるか。
そう思いながら歩いていき教室へとたどり着いた。
さて、どう振る舞おうか。ここにいるのは全員特殊な能力持ちなんだよな?
能力を褒めたりすればいいのか?
でも待てよ、それこそが相手にとっては一番嫌なことなんじゃないか? 特別扱いされたくないだろうし。
普通でいいんだ普通で。出たとこ勝負で流れに身を任せよう。……たぶんな。
扉を開き教室に入る。直後だった。
「かがみくーん!」
頭を揺らすほどの大声が耳に突き刺さる。正直うるさい、嬉しいけど。
声の主はダッシュで俺の前に来ていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます