第2話 第一章 幸福

 そして、世界は滅びた。 


 学校の屋上、俺は赤く染まった空にノイズが走った雲を見つめていた。そんな現象一つ取って見てもこの世界の異常さが分かる。


 フェンスの前に立ち辺りを見渡す。


 元は無人島を改造して作られたこの場所は海に囲まれ緑も多い。


 しかし波はその動きを途中で止めまた初めから動き出す。さきほど動いていた雲だってそうだ。


 この世界は壊れてしまった。まるで致命的なエラーを吐き出すプログラムのように。


 この世界にはもうこの島しか残っていない。人だっていない。きっと時間だって働いていない。


 どうして、こんなことになってしまったのだろう。こうならないように出来ることはなかったのか。


 壊れ切った世界を眺めながら俺は未だにそんなことを考えている。


 その時鉄扉が開く音に振り返った。見れば制服を着た女の子だ。


 俺のクラスメイトで名前は椎名亜紀(しいなあき)。


 黒い髪をし眼鏡を掛けた少女が扉を開けこちらにやって来る。


 その目は先ほどまで泣いていたのだろう、赤く腫れた両目は親の仇のように俺を睨んでいた。


 この世界に人類はもういない。そんな当たり前のものは。だからもしいるのなら二つだけ。


「よう、神サマ」


 この世界を作った者と、壊した者だけだ。


「ひでえ面だな、寝てないだろ」


 彼女の憔悴した表情は明らかに寝不足だ。


 やつれているけれどそんな不調を上回る想いが胸の中で渦巻いているのが分かる。


「どうしてッ」


 大人しい性格のこいつがここまで怒りを露わにするのは珍しい。けれどそれも仕方がない。


「なんだよ、俺のせいだって言うのかよ」


 そもそも、なんでこんなことになったのか。断じて世界は初めからこんな場所じゃなかった。


 人がいた。みんながいた。普通とはちょっと違ったけど、それでもここで生きていたんだ。


 けれど、もういない。一緒にいたみんなはいない。俺が壊したからだ。


「そうだな、俺のせいだよ。分かってんだよ、そんなこと」


 寂しい気持ちが心情を染めていく。後悔なんて前向きな感情すら諦観の中に埋もれていった。


「ここ、気に入ってたんだよ。異能を持った子供を集めた学校、て字面だけなら大層だけどよ、そんなの関係ない。みんな優しくてさ、普通の子供だった。だからみんな傷ついてた。俺たち傷持ちにとって、ここは居場所になるはずだったんだ」


 だというのにその有様がこれだ。現状を突きつけられる。俺の無力さを、残酷なまでに。


「だから、俺だって好きでこんなんにした訳じゃねえ。それに元を辿ればお前の責任だろうが」

「だけど、世界を壊したのは鏡君でしょ!」


 ぶつけられる怒りに顔が下を向く。俺が感じている痛みは殴られた方がマシなものだ。


 ああ、殴られてすべてがチャラになるならそうして欲しい。百回だって構わない。


「……そうだよ、否定しねえ」


 だけどそんな都合のいい贖罪やましてや世界のやり直しなんてない。


 死者が蘇らないように人生にやり直しなんてないのだから。


 人生は一度きり。重要なのはそれをチャンスと呼ぶか悪夢と呼ぶかだ。


「なあ、悪魔の証明って知ってるか? ないものはないと証明出来ないってあれさ。でもな、これにはもう一つ意味があると思うんだ」


 俺にとってその一度しかない人生とはどんなものだったのか。


 その全てを費やしてでもしたいことが俺にはあった。証明したいものがあったんだ。


「悪魔ってさ、自分がいい奴だって証明できるのかな?」


 顔を上げ空を仰ぐ。禍々しい赤色に答えが転がっていればいいのに。


「絶対に悪いやつ、どうあっても害にしかならない存在。病原菌の証明でもいいけどよ、そんなのが自分はいい奴ですって、どうすれば証明できるのかな。俺は、それの答えをずっと探していたんだ」


 それが俺の人生でしたかったこと。存在そのものが悪い存在でもいいやつなんだって証明する。


 それが俺の命題だった。


「君が悪魔だからでしょ」

「おーおー疫病神がよく言うぜ」

「ひどい!」

「お互い様だろ……」


 お前どの口が言うんだよ。


「それで?」

「ん?」


 神サマは追及の眼差しを若干緩め俺を見る。


「答えは出たの?」

「……出たよ」


 それは単純な興味。悪魔は果たして証明できたのか。壊れた世界の果て、人生すべてを使って出した答えとは。


「ようやく出た。教えてやるよ。その前にまずは説明しなくちゃならない。俺がなにをして、なにを頑張ってきたのか」


 どうしてその答えにたどり着いたのか、それを知らなくては答えに説得力も出ない。だからこれは必要な過程であり俺は過去に意識を向ける。


「三人のクラスメイトたち。みんないい奴らだったよ。俺は、彼女たちを幸せにしたかったんだ」


 それを以てして悪魔はいい奴なんだと、生きていてもいいんだと証明できる。俺は本気でそう信じていた。


「まずはその一人目から話すよ。あいつは……優しいやつだったな」


 そして俺は話し出す。


「思えば、あいつと出会ってから始まったんだよな、俺の学校生活は」


 これは、あいつらとの出会いと俺の努力の軌跡だ。

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