異能のジレンマ

奏せいや@Vtuber

第1話 プロローグ

 真夏の夕方、一人の女の子が学校の昇降口を下りていた。背中まで届く胡桃色の髪が歩く度に小さく揺れオレンジ色の世界に彼女の影が伸びる。


 その表情は憂鬱で手には進路希望と書かれた一枚のプリントが握られていた。


 そこにはなにも書かれていない。彼女の未来を表したように真っ白だ。


「あ」


 そんな彼女へ風がいたずらする。慌てて髪とスカートを抑えるがその拍子に紙が飛んでいってしまう。


「待って私の未来!」


 叫ぶものの待ってはくれず白紙の未来は飛んでいく。風にあおられ何度も移動しまるで意思でも持っているかのよう。


 ようやく掴まえるころにはかなり走らされてしまった。


「もう、逃げちゃだめでしょ」


 これ以上飛ばされないように鞄の中にしまう。やれやれ。まったくやんちゃな未来なことだ。


 顔を上げるが、そこで旧校舎が目に入った。


 今は使われていない、というよりも校舎として利用された記録が存在しない昔からの建物。さらに旧校舎にはある噂がある。


 そこには開かずの扉ががあるという。それは教員ですらなんのために存在するか知らない謎の扉であり曰くこの世界の真実に繋がっているとか。


 わざわざ見に行く必要なんてない。そんなのは雑草に水を与えるくらいまったくないのだが、ただちょっとだけ気になる気持ちを無視できない。


 心に芽生えた雑草を抜くなら今だけだ。


「進路希望は除草のお仕事かな~」


 これもなにかの縁だ、せっかくここまで来たのなら最後まで行ってしまおう。


 旧校舎の前。正直言って廃墟とさほど変わらない。窓ガラスが割れているとかそんなことはないが荒涼とした雰囲気が彼女の前に屹立している。


 とりあえず扉の取っ手をつかみ力を入れてみた。すると扉はぎぎぎと音を立て開いてしまう。


「開いちゃうんだ」


 恐る恐る中へと入ってみる。夕日の光が窓から差し込み手前は明るいが奥は影になっていてやや暗い。正直不気味だ。


 それが分かっていながらも足は前へと踏み出していく。


 意外だった。自分にここまでの度胸があったとは。なぜだろうか、でも今は違う。


 まるで下り坂のように足は奥へと引き寄せられていく。


 それは運命に手招きされているかのようだった。


 聞きかじった情報を頼りに進んでいき目的のものを見つける。


 三階の廊下の突き当り。そこに両開きの鉄の扉があったのだ。


 ここだけが場違いのように分厚い鉄の扉をしており取っ手には鎖が幾重にも巻かれ巨大な南京錠で留めてある。


 異様なほどにそこだけ施錠がされていた。


 これが、開かずの扉。それを見て、この扉を開けなければいけないという気持ちが湧き上がる。


  まるで目に見えない神の手が背中を押し、それに従い彼女は片手を前に出す。


 もしくは、神ではなく悪魔の手招きだったのかもしれない。


 彼女が南京錠に触れるとそれはカチャリと音を立て外れた。鎖ががらがらと回りはじめ南京錠と一緒に床へと落ちる。


 驚きはなかった。どこかこうなる気がしていたから。


 開かずの扉を封じるものはこれでなくなった。


 この先には、世界の真実があるという。


 彼女は両手に力を入れて扉を開けていく。


 世界が縦に割れて、広がった。


 そこで彼女を待ち受けていたもの。


 それは聖堂だった。


 とても広い。天井までどれだけあるのだろう。それに奥行きも。内装は古びた教会のようなそんな感じ。


 礼拝堂らしく長いすがいくつも並べられ大きな窓からは日の光が差し込んでいた。


 中央へ進んでいく。両側に置かれた長いすは所々痛んでおり中には脚が折れて傾いているものもある。


 足下に気を付けながらも歩き続け奥へとやってきた。


 そこで見上げる。壁には、男の子がいたからだ。


 黒い髪。年齢は彼女と同じくらい。彼女に気づいた顔がぼんやりと見下ろす。


 どこか自分を怖れているような、不安な表情を浮かべている。なにより目を見張るのは彼を拘束する鎖の数だ。


 縛られるなんてレベルではない。壁一面が鎖によって埋め尽くされている。


 男の子の全身は鎖に埋もれかろうじて顔と胸元だけが見える。絶対に逃がさない。


 そんな意思すら感じさせる鎖の量は罪人か厄災を封じるパンドラの箱のようだ。


 そうだとしても。


 彼女は彼に向けて、手を伸ばしていた。


 なぜならば、生まれてきたことが間違いなんて人が、この世界にいていいはずがないから。


 そんなことないよって、彼女自身が信じたいから。


 不安そうな彼を安心させたくて、彼女の指が、彼を縛る鎖に触れる。


 瞬間、鎖がゆるみ始め端から地面に落ち始める。じゃらじゃら、じゃらじゃらと。彼を縛る鎖が落ちていく。


 彼は両手を広げた状態で壁に両手と両足を枷で固定されていた。黒いズボンだけを履き上半身は裸だ。


 鎖はすべて床へと落ちた。彼は未だに彼女を恐れた目で見ている。


「あ、あの……」


 胸の鼓動がばくばくと鳴っている。こんな状況で彼女も混乱している。


 今自分が立っている場所を少しだって理解できていない。あまりの非現実的なことに緊張し声が震える。


 だけど思うのだ。勇気を出して、私。恐れないで。


 ここで、言わなくては。一人きりの辛さは、誰よりも分かるから。


「は、はじめまして。私は早百合。桃川早百合(ももかわさゆり)。君は、ええーと。なんだか大変みたいだね。大丈夫? 肩とか痛くない? 寝過ぎると体って痛くなるよねー。それにずっと一人だったんでしょ? なんだって誰も入ったことがない開かずの扉だもんね。やっぱり私が来るまで誰も来たことない? それは寂しかったよね。その状態じゃあその、スマホも握れないし。あ、でもでも、心配しなくていいよ! これからは私が友達になってあげる。きっと私たち、いい友達になれるよ。えへへ~」


 彼女はにっこりと笑い、彼に微笑みかけた。自分でも分かるくらい、不器用な作り笑い。


 忘れていた、笑顔なんて。もうしないと思っていたから。


 そんな下手くそな笑顔に、彼も少しだけ笑ってくれた。


 笑った。自分の言葉で。自分の笑みで。


 それが、心の底から嬉しかった。


 これが彼女と彼の出会い。


 それは世界最大の不幸であり、破滅の始まり。


 世界が、ゆっくりと壊れていく。

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