第4話 傷は見せない
桃川早百合。胡桃色の長髪をした女の子だ。
大きな瞳は人懐っこく見開かれ俺を見つめてくる。
開かずの扉と呼ばれる部屋(俺のいた古い教会のこと。あとで知ったが旧校舎にある開かずの間という都市伝説だったらしい)にいた俺を見つけてくれた、要は恩人だ。
まだ会って話したことは少ないんだがそれでも彼女の性格が底なしに明るいことは知っている。
最初目が覚めてから混乱していた俺にとって彼女のキャラは大いに助けられた。
言葉にするのは恥ずかしいからしないけど、感謝している、そんな女の子だ。
「うるさいって、大声出さなくても聞こえてるよ」
「鏡君だ!」
「そうだよ鏡だよ。お前音量ボリューム間違えてるんじゃないか?」
「よかった~。鏡君無事入学できたんだ。最初見たときは大変だったもんね」
「あの時はありがとな。早百合も大変だったろ? 第一発見者だしいろいろ聞かれたんじゃないか?」
「私? 私は大丈夫だよ。どうやって旧校舎に入ったのかとかどうして開かずの扉に入れたのかとかどうして彼を見つけられたのか聞かれたけど」
「そりゃ聞かれるよな。それで?」
「全部わかりませんって答えといた!」
「…………」
そうだ、忘れてた。こいつはちょっとアホの子だったわ。
「それよりも鏡君、この教室へようこそ! 歓迎するよ~、めちゃくちゃするよ~」
「普通でいいよ」
俺よりもハイテンションだな早百合は、そのテンションにちょっと笑ってしまう。
早百合はにこにこ顔で腕を伸ばし教室を指す。そこには三人の女の子たちがいる。
「鏡君は目が覚めたばかりだからいろいろ分からないことあると思うけど、心配しなくてもこの偉大な早百合ちゃんが説明してあげるからね。だから心配はナッシング!」
「センキュー」
「じゃあまずはクラスメイトの紹介だね」
早百合は意気揚々と歩き出し俺もその後に続いた。
この教室には俺たちを含め五人しかいない。それに全員女子だ。
「男はいないんだな」
「そうそう! みんな女子なんだ~。鏡君ハーレムだ」
ハーレム、ねえ?
そう言われぐるりとみんなを見てみる。
それで思うのだが、なんていうかここにいる子って、そう、それなりにかわいい。というか、けっこう可愛いのだ。
早百合はもう友達という感じなのであまり意識しないがそれでも十分可愛い部類だと思う。
その明るい性格と相まってライトブラウン色の髪と笑顔は普通に立っているよりも一・二倍は可愛くなっていると思う。
友人としても恋人としても隣にいれば楽しいだろう。
そんな早百合と同じくらい可愛い子が他にもいるのだ。レベルが高いぜ。
もしかしてこれ、期待しちゃっていいパターンすか? 俺モテ期のゴールドラッシュ突入ですか?
「じゃあ最初はねえ」
早百合の元気な声が響く。誰から紹介すべきか思案しているようだが結局一番身近な席の子からだった。
「こっちの女の子が深田真冬(ふかだまふゆ)ちゃん。このクラスの年長者さんなんだよ」
「ん? じゃあ先輩か?」
年長者ってことは三年生ってことだよな。でも普通先輩にちゃん付けなんてするか?
早百合ならするかもしれんが。
「あ、あの」
早百合に紹介された女性、深田さんは少々慌てながら立ち上がった。
それなりに背は高くみなに比べ胸も少し大きい。
紫がかった黒の長髪がさらりと流れる様はスレンダーな体型もあって大人な感じがある。
それに肘まである白い手袋をしているのが特徴的だ。
見た目はとても先輩ぽいのだが表情はあわあわとしており年上の割には落ち着きがない。
「はじめまして。深田真冬です。三年生なんだけどね、ぜんぜん気を遣わなくていいから。ほんと。むしろ私の方がよろしくお願いします」
そう言い小さくお辞儀までされてしまった。
なぜだろう、逆に圧倒される。
「ええっと。よろしく」
「もーう、真冬ちゃん固いよ。もっとリラックスしてリラックス。ここは小粋なジョークでも言うところだよ」
違うと思う。
「でも、初対面なのにそんなの馴れ馴れしく思われないかな?」
「大丈夫! むしろ真冬ちゃんはもっと前に出ないと。先輩なんだからおじおじしてちゃダメ。踏み込む勇気が新たな扉を開くんだよ」
「な、なるほど」
「納得しちゃだめですよ」
「え、ダメなんですか!?」
大丈夫かなこの人。悪い大人に騙されないといいけど。
「えーと、深田先輩、だっけ? その、いいんですか、早百合にここまで言わせてて。先輩としてがつんと言ってもいいんですよ?」
「え、え?」
俺が言うとまた深田先輩はおろおろし始め両手を前で横に振っている。
「ううん! ぜんぜん! 早百合ちゃんにはいつもお世話になってるし、それにこれくらい話してくれると私もうれしいっていうか」
うーん。本人がこう言っているならいいんだが。
「早百合、お前もしかして先輩の弱味でも握ってんのか?」
「そんなことしないよ!」
まあ早百合はそんなことしないか。
「私はなんて呼べばいいかな? 鏡さん?」
「いや、年下なんだし別にさん付けじゃなくても。呼び捨てでいいですよ」
「そんな。呼び捨てなんて」
「じゃあ君付け?」
「そう、ですね。鏡君で」
深田先輩はなんだかホッとしている。
「鏡君は開かずの扉の中で発見されたんですよね。いろいろ大変だろうけどなにか困ったことがあったら聞いてくださいね。力になれるかは、分からないんだけど」
深田先輩はそう言うとあはははと苦い笑いを上げていた。
よっぽど自信がないんだろう。それでも力になれるならと優しいことを言ってくれる。
それならお言葉に甘えて、先ほどから気になっていたので聞いてみるか。
「深田先輩の手袋、それ暑くないですか?」
「え」
「そういえば先生から聞いたんですけど傷って言うんでしたっけ? それが先輩の傷と関係してるとか?」
瞬間、教室の雰囲気が凍り付いた。
「え」
あ、やば。
空気が止まるっていうか、俺たちだけじゃない。席に座ってる他の女の子たちまで動きを止める。
しまった。もしかして地雷踏んだ?
「あ……あの……」
深田先輩は見るからに表情を暗くして俯いてしまう。周りも「あ」という空気だった。
「あははは! おしゃべりってやっぱり楽しいよね! ごめんね真冬ちゃん。鏡君、ちょっと、ちょっとこっち」
やっぱりかー。
早百合が間に割って入ってくる。俺は早百合に呼ばれ一緒に廊下へと出た。
「早百合、言いたいことは分かる。わりい、俺のデリカシーが足りなかったようだ」
「えへへ~。鏡君が悪いわけじゃないんだけどね」
てっきり怒られるかと思ったが早百合は笑ってくれた。たぶんこいつの優しさだと思う。
「でも。うん、そうだね。能力のことってかなりデリケートなんだよね。聞いていいものなのかどうなのか。そこらへんもあやふやだし」
「ということは、みんな知らないのか?」
「うん。みんな秘密だよ。相手が自分と同じ傷持ちだと分かっていても、自分の傷を見せるのにはやっぱり抵抗があるんだよ」
そうだったのか。でも、それだとせっかくの学園なのに意味がないんじゃないか?
「この学園って傷持ち同士、同じ境遇の子供が交流をもって生活する場なんだろ? それでも明かすのはしないのか?」
「うん。異端というのは周りと馴染めないから異端であって、異端同士だから仲良くなれるわけじゃないんだよ。もしかしたら嫌われたり不審がられたりするかもしれない。警戒されるかもしれない。それならはじめから知られない方がいいし、知らない方がいい」
それは、そうかもしれない。
自分の傷を見せて相手がそれを受け入れてくれればいい。
それでもっと仲が良くなれれば万々歳だ。だが。そうだと確信があるわけじゃない。
「別に決まりがあるってわけじゃないよ? ただ、今はそういう空気っていうか、不文律みたいになっちゃってて」
「そうだったのか」
傷持ち、か。俺が思ってたよりも根が深いみたいだな。
「悪いな。てっきりみんな知ってるものかと思ってて」
「ううん。私も最初に言っておけばよかったね。ごめんね」
「いや、早百合が謝ることじゃ」
「うん、ありがと。えへへ~」
早百合は無邪気に笑っている。こいつの笑顔を見るとホッとする。
「なあ、早百合」
ただ、だからこそ気になって、俺は聞いてしまっていた。
「早百合もあるんだよな、傷。早百合も言いにくいことなのか?」
聞いちゃいけなかったかもしれない。でも、我慢できなかった。気づいた時には聞いていた。
早百合はこういう性格だから、けっこう悩みとか人に打ち明けたりしやすいんじゃないかと思う。
でも、話を聞くとみんなは自分の傷を人には明かすことなく自分の胸に秘めている。
こうして人懐っこい笑顔を振り撒く早百合も含めて。
この笑顔の下に、彼女はなにを隠しているのだろう。
その不安を、俺は取り除くことはできるのだろうか。
「……そうだね」
早百合は、俺から視線を逸らしていた。
「私のこれは、みんなには言えない」
そう、か。彼女でも、傷は明かせないか。
「嫌われたくないから……」
ん? 最後のは小声で聞き取れなかったな。
彼女がどんな傷を負っているのかは気になってしまう。
でもそれは触れることも見ることもしてはいけない聖域なんだと、俺は不明瞭な納得で押しとどめた。
「ごめんな、変なこと聞いちまって」
「えへへ~」
彼女の笑顔に合わせて、俺も笑った。
俺たちは教室に戻り深田先輩の前に戻る。
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