Episode.012 俺の国って行政能力が拙いのでは?
外交案件がひと通り落ち着いたのを確認すると、ようやく私室に戻った。
今日は長い一日だった。
私室には、執事・専属侍女?・教会から帰ってきた婚約者、そして小会議室から一緒の妹のいつもの面々が顔を揃えていて、皆が一様に疲れていた。
クリスティーナは献身的に、
俺もクリスティーナから、
その柔らかなベールに包まれるような感覚は、なにかしら安心感を与えるように伝わり、やがて疲労感が抜けていくように回復していく。
問題はその後には、反動の様に強烈な睡魔が襲ってくるのであった。
俺は皆に散会するように伝えるのが精一杯で、ベットに埋もれるのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝、人肌の温もりを感じながら目覚めた。
俺の右腕には、そても可愛らしい生きものがしがみ付いていた。
そして右腕には、とても柔らかで幸せな感触が伝わってくる。
俺は婚約して三年目にして、初めてクリスティーナと同衾していたのだった。
暫らくすると、クリスティーナも目を瞬き目覚めたようだ。
「おはよう、クリスティーナ」
俺は優しく声をかけた。
すると……。
「おはようございます。聖女様」
一糸乱れぬ挨拶が、クリスティーナの背後から聞こえた。
俺は視線を移すと、そこにはクリスティーナ付きの
更に背後からは……。
「おはようございます。陛下」
専属侍女のカレンも、そこにいた。
俺は何で、衆人監視の下で目覚めなければならないのか?
こんなに女子比率の高い幸せなはずの空間が、空虚なものになるのか?
まさに謎であった。
さっそくクリスティーナに、祝福の聖印を切ってもらった。
「旦那様に、祝福があらんことを」
クリスティーナは薄手のネグリジェのまま、ベットを降りると侍女たちが布を巻き付けて、何やらゴソゴソしてるかと思うと、次の瞬間布を開くといつもの聖女姿のクリスティーナに戻っていた。
「今日は旦那様と、同衾してしまいましたわ……きゃっ」
クリスティーナは何やら嬉しそうに、はしゃぎながら侍女一行を引き連れて、私室から静かに退出していった。
俺は枕もとに残された、カレンに訊いてみた。
「昨日あの後、何か在ったか?」
カレンは静かに首を横に振り、一言答えた。
「まったく、何もございませんでしたわ」
朝の木漏れ日が、起床の時間を告げていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
エチゴーヤ商会一斉検挙の後、専属侍女となったカレンとはかなり打ち解けるようになった。
特に普段、演習場で木剣を一人で振ることが多かったが、あの事件以来は模擬戦の相手をカレンが務めてくれるようになった。
俺はカレンの動きを追いながら、隙を見つけ出すと重い一撃を打ち込……んだはずだった。
しかし、カレンは易々と交わして見せる。
今度はわざと一点に追い込む様に剣を振るい、最適のタイミングで剣を打ち込んだ……積もりが剣で軽々と受け止めて見せた。
俺はトラウマから暫らく封印していた、無勝手流奥義『打つべし打つべし』を放った。
しかし、カレンは剣を打ち合わす訳でもなく、紙一重で悉く躱して見せた。
「どうして一発も当たんないんだ……」
カレンはにこやかに微笑みながら、答えて言った。
「そりゃ、二度も剣筋見てれば、次どう打ち掛かってくるかなんて、直ぐに分かっちまうもんさ」
そして続けるように言った。
「アタシは仕官した折と、先日の捕り物の折りに、陛下の奥義を二度も見ている。確かにその奥義は計算し尽くされている。だから初見の者は見事に技に嵌り込んで、一撃も返せなくなっちまう技だ。しかし……だ。ラウール殿下は、この奥義を力任せに振り過ぎる。また計算し尽くされた型だけに、相手のイレギュラーな対応にも対処できずに、身体が覚えたとおりに次の一手を繰り出してしまう」
(本当に凄い剣士なんだな……)
俺は今まで出会ってきた詐欺師紛いの師範たちとは、一線を画す実力を改めてヒシヒシと感じていた。
「一度体験してみるかい?」
そう言うと俺の反撃を許さない様な素早い剣速で、次々と木剣を打ち込み始めた。
俺は最初こそは剣で互角に応じて見せたが、徐々に防戦一方に立たされた。
受ける剣は弾かれ、革鎧を叩く木剣は手加減をされて、当て身程度に手加減されつつ、次々と木剣が目の前を掠るほどまで追い込まれた。
連続した完璧な技を受け続けることが、どれだけ体に負荷が掛るか?
そして一本も打ち返す余地が無いことに、どれだけ心が打ち砕かれるか?
……。
今まで自分の放っていた奥義が、本物の剣士が放つとどれだけ恐ろしい剣技だったかを、身をもって学んだ。
俺は練兵場に打ち据えられると、カレンは俺の上に馬乗りになっていた。
「おやおや殿下、いつぞやとは立場が逆になっちまったねぇ」
するとスックっと立ち上がると、俺に立ち上がるように手を伸ばしていた。
しかし、俺はその手を取ることなく、自らの足で立ち上がった。
俺は剣だけは日々の鍛錬を怠ったことも無かったし、今までここまでの力量差を見せ付けられたことなんかなかった。
何か今まで積み上げてきた自信が、無惨に瓦解していくのを肌身で感じた。
「無勝手流の免状は、カレンにやるよ」
俺は拗ねるように言った。
そんな子供じみた言動も自覚できるだけに、遣る瀬無い想いだけが募った。
カレンはバツが悪そうに、頬をポリポリと掻きながら言った。
「殿下には悪かったよ。そこまで追い込むつもりは無かったけど、戦場ではその甘さが命を落とすんだよ」
俺は憐れまれていることを察して、カラ元気で言い返した。
「カレンほどの剣士なんだから、何か流派があるんだろう?」
カレンは静かに首を振ると、呟くように言った。
「名は無いが、アタシの剣は父が振るっていた剣だ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺は茶化すように言った。
「だったら名前を付けちゃえばいいじゃないか。例えば真紅の奥義『通常の三倍の剣速』なんてどうだい?」
そんな俺の言葉も軽くスルーして、珍しく何やら思いを馳せるかのように語った。
「私には未だ届かない領域があるのさ。まるで蝶のように舞い、蜂のように刺す。そんな剣さばきが、アタシが真に理想とする剣さ」
俺は思った。
(真に高みを目指し続ける者にとって、ゴールは常に遠く手の届かない場所にあるんだな……。それにしてもカレンの目指す剣技って、モハメド.アリのボクシングスタイルだな。モハメド.アリ?はて何のことやら……)
「高みを目指す国の王に、俺はなる!」
俺の発した言葉には言い知れぬ想いと共に、心に沸き立つ新たな高みを目指す思いが込められていた。
今日の剣の鍛錬が終わると、私室のベットの上に倒れ込んだ。
……が。
「痛たたたたたたたたたたたたっ!」
胸から脇腹に掛けて、とてつもない激痛が奔った。
剣術の稽古の折りに、何発か決められていたんだろう。
恐らくは気を緩めた途端に、痛みが発症したと思われる。
ちょうど帰宅したクリスティーナが、心配気に駆け寄ると
「いったい自国の訓練場で、どうやったら国王の肋骨が三本も折れる事態になるのかしら?」
クリスティーナは珍しく、呆れるように言った。
やがて珍しく、朝から姿を見せなかったシャラクが入室してきた。
「シャラクがこの時間まで、姿を見せないのも珍しいなぁ」
今までどこに行ってたか尋ねると、若干考え込む素振りを見せつつ報告した。
「本日は獣人を保護している離れの屋敷に居ったのじゃが……。どうやら誰も船に乗せられた様子が無いのですじゃ。考えられるのは、この大陸にも獣人が住んでいる区域が存在するということくらいですかのぅ」
「しかし獣人が隠れ住めるようなところなんて、覇権帝国の広大な地域のどこか位しか考えられなくなるな」
「あとは『深淵の森』のどこか?ですかな」
シャラクは、静かに答えた。
いずれにしても、エチゴーヤ商会はどこからか獣人の娘たちを奴隷として入手したはずだ。
あとは、物証と共にエチゴーヤ商会を尋問するしかない。
今までは司法行政官に尋問を任せっきりであったが、いよいよ本腰を入れて尋問せざるを得まい。
あのエチゴーヤ商会のロレーヌ王国支店長、ヤマーブッキを吐かせることにするか。
(俺の国って行政能力が拙いのでは?)
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