Episode.013 俺の国って獣人との共存は無理か?
そこは通商連合の中枢に置かれた、十貴院会議。
通商連合の議事の発議は、ほぼ全てがこの十貴院会議によって決められる。
十貴院のメンバーは、その名の通り10名のみ。
その全てが毎年改選されるのだが、上位の8名に関しては変動したことがない。
それはこの選ばれし10名が、毎年の納税額順に席が与えられるためだ。
つまりは毎年の長者番付こそが、選挙結果掲示広報のようなものだ。
そして一定以上の納税商会は、一般議会の議員として一票を持つ。
ほぼ直接民主制に近いシステムを取りながらも、十貴院会議の権利があまりに強すぎるために、
その実態は大きな財閥主導の、重商主義国家と言えよう。
その様な十貴院会議の訴状に上がっているのが、ロレーヌ王国からもたらされた外交文書であった。
「まったく……エチゴーヤ商会のような非合法な商会など、この栄えある通商連合にとってはお荷物でしか無かったのではないか?」
「それでも影の任務を任せられる商会も必要不可欠。そのような判断だったと記憶しておるがの……」
「しかし此度の失態はエチゴーヤ商会のみならず、我が通商連合全体の信用が掛かっておるのだぞ!」
「この際、エチゴーヤ商会を事実上倒産させて、負債のみをロレーヌ王国に付き返してみてはどうか?」
「計画倒産か……そこまで追い込まれていたからこそ、今回初めて悪事に手を染めたという筋書きだな」
「これならばロレーヌ王国も、通商連合に非があるとまでは断ずることは出来まい」
「あとはロレーヌ王国を納得させる、落としどころを探ることじゃな。仮にも通商連合に加盟する商会の犯罪なのだから、信用を失ったままでの幕引きでは、商売に与える影響が大き過ぎる」
「まずは先手を打って、エチゴーヤ商会を計画倒産にする。資産ゼロの状況をロレーヌ王国に回答する。異議のある者は……」
「異議なし!」
満場一致の決議であった。
「あとは獣人奴隷の件だけかの……」
最後に発せられた一言に、皆一様に暗い面持ちとなっていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日は俺と執事と専属侍女と妹の4名で、囚人の取調室に向かった。
そこにはエチゴーヤ商会の支店長ヤマーブッキに対して、司法行政官3名と書記官1名が尋問を続けて調書にまとめていた。
俺は取り調べ調書を斜め読みしたが、全て部下の独断でやったことで、自らの積極的な関与を否定する内容であった。
「犯罪聴取がシッカリできる国の王に、俺はなる!」
俺は力強く宣言すると、司法行政官たちを全員退出させた。
取り調べ席にはカレンが座り、その後方には俺とシャラクが立った。
そして取り調べ調書作成の書記は、サーシャに任せている。
もちろん普段何気なく使っているシャラクの読心魔法は、国家機密事項である。
特定の関係者以外には、知られる訳にはいかない。
そのための措置であった。
エチゴーヤ商会の支店長ヤマーブッキは、余裕の表情で俺たちを迎えていた。
「これはこれは国王陛下直々のお出ましとは、光栄の至り。しかも審問官がこんなうら若き美人とは……」
ヤマーブッキが言い終わる前に、カレンは手にしていたバールのようなモノを捻じ曲げて見せていた。
「さてと……。ヤマーブッキもそろそろ事情が呑み込めてきたかな?正直に話してくれないと、その捻じ曲がったバールのようなモノが、誰かさんの腕か?足か?それとも首に変わるかも知れないよなぁ」
そんな会話の中、カレンはそのバールのようなモノを真っ直ぐに直そうと集中していた。
「まずは俺に獣人奴隷売買の片棒を担がせようとした、経緯から話してもらおうか?」
「わ、儂は部下が取り寄せた奴隷……身寄りの無い者の職業斡旋をしただけで……」
ヤマーブッキは、取り調べ調書の文言を繰り返すように語り出したのだが。
「ふむ。きっかけは覇権帝国からの獣人奴隷の処分を委託されたと……」
シャラクが翻訳する様に語って聞かせると、ヤマーブッキの顔色は見る見る青ざめていく。
途端に視線を胡乱に漂わせて、急に押し黙ってしまった。
「覇権帝国は広いからなぁ。具体的にはどこからの口利きだったのかな?」
俺は続けて問い正した。
「……」
「普段使いの傭兵からの口利きで覇権帝国からじゃと!どうやら覇権帝国では、傭兵を使った獣人狩りで小銭を稼ごうとしている辺境領主、ワルダー辺境伯が居るようですな」
沈黙していようと、この圧迫審問中に頭を過ぎる回答は、全てシャラクが読み解いていく。
「!!!」
「覇権帝国の領主が、エチゴーヤ商会みたいな中堅の商会に依頼するなんて、可笑しいじゃないか?」
俺は疑問を呈した。
「儂ぁ、一切喋らんぞ!」
ヤマーブッキは黙秘を貫こうとするが、もはや無駄である。
「一旦は、通商連合に持ち込まれた話なのですな。そして適任として選ばれたのが、エチゴーヤ商会と残る獣人奴隷も、通商連合のイッツターン商会に運ばれた訳ですな」
「!!!」
「イッツターン商会って言ったら、老舗商会の中でもトップクラスの有力商会じゃない!あたしも好きなお店だったのに……ガッカリだわ」
サーシャは供述調書のペンを止めて、驚いた声で言った。
「じゃあ具体的な覇権帝国のワルダー領主と通商連合のイッツターン商会、それに使われた傭兵の面々について、改めて聞かせて貰おうか?」
俺はことの子細を、一つ一つ順々に喋らせていく。
まるで、犯人が自ら自供するように……。
それらの回答はシャラクを通じて、サーシャが取り調べ調書にまとめていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
私室に戻ると、執務机に深々と腰掛けた。
皆も椅子を持ち寄り、机の周りを取り囲んでいる。
(……っていうか、みんないつの間にマイチェアーを用意したんだろう?)
サーシャはお気に入りのブランドロゴがあしらわれた、可愛らしい椅子に腰かけ。
カレンは頑丈そうな造りでありながら、機能美溢れる洗練された趣のある椅子を用意しており。
シャラクは何故か?ロッキングチェアをチョイスしていた。
シャラクは、椅子を揺ら揺らさせている。
俺は見なかったことにして、サーシャの書いてくれた供述調書に目を落としていた。
そして羊皮紙を一枚取り出すと、羽根ペンで今回の獣人誘拐奴隷売買事件の要諦を書き込み始めた。
【覇権帝国】
●ワルダー辺境伯
→領土拡張のため森を伐採。
その際に抵抗した獣人族を傭兵を使って、拉致監禁。
↓
【通商連合】
●イッツターン商会
→材木の取引に目を付けるも、獣人奴隷には関わりたがらずに一旦は断る。
大口取引先からのゴリ押しで止む無く、獣人奴隷に関してはエチゴーヤ商会に丸投げ。
↓
●エチゴーヤ商会
→覇権帝国辺境伯領から木材・傭兵・獣人奴隷(少女のみ)の輸送売買を委託。
→一部はロレーヌ王国へ輸送
①材木→押収
②傭兵→収監
③獣人奴隷(少女のみ)→保護
→残りは通商連合(イッツターン商会とエチゴーヤ商会本店)へ輸送
「……まぁ、まとめるとこんな感じだな」
俺は書き上げた羊皮紙を皆に見せた。
シャラクは羊皮紙を手に取ると、ワナワナト震え出した。
「こ、これはよもやプロットという、文字に直せば一万文字は埋まりますものを……こんな使い方をしては勿体ないことをされるのぉ」
「シャラクよ……人は時としてより重要なもののために、何かを犠牲にすることも有るんだ」
「そんな事よりあたしは、辺境伯領に残された獣人族の方が気になるんですけど……」
サーシャは真剣な面持ちで、羊皮紙を見詰めている。
「そうね。アタシも残された獣人の家族の命は、絶望的かも知れないって思うわねぇ。そもそも獣人の隠れ里を森林伐採してまで、領土拡張してるくらいだから、捕虜にした獣人の生活をどこまで面倒見る気でいるかは、当てにならないでしょうね」
カレンもやりきれない口調で呟いた。
「どうにか獣人たちを、保護する術はないものかのぅ」
珍しくシャラクが道義的な言葉を口にした。
「あくまでもアタシの意見だけど、今回の森林伐採による領土拡大は、覇権帝国には未申請・未承認で行ってるでしょうね。獣人の虜囚が居ること自体公表できないはずだわ」
カレンは悔し気に呟いた。
「ラウール様の考え方はご立派なのじゃが、保護するだけならともかく、共存はかなり難しいと思いますのじゃ。獣人たちは独特の文化や風習をもつので、王国法を守ることだけでもかなりの困難が付き纏うじゃろうのぅ」
先程、道義的な発言をしていたシャラクも苦言を呈していた。
俺は遣る瀬ない想いを吐き出していた。
「じゃあ、いま保護している獣人の少女たちも、親や家族にも再会できないどころか、今後住んでいく場所もないままになるのか?彼女たちの笑顔が、永久に見られない未来で良いのか!」
何か早急に手立てを考えなくてはならない。
獣人の虜囚も使い道が無ければ、その先の未来は考えるまでも無いだろう。
(俺の国って獣人との共存は無理か?)
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