Episode.011 俺の国って外交力が脆弱スギでは?
「う――む……」
目の前には、奴隷三原則法案の法制化と執行に関して、政務官等へと指示・伝達して戻って来たばかりの、シャラクとカレンが直立不動で、俺の前で次の協議に対して備えている。
確かに対通商連合との外交戦争の真っ只中、と言ってもいい状況下なのだが……。
シャラクの執事ムーヴは未だ健在だし、カレンは前回大暴れしたことで、終始大人しく専属侍女に徹している。
人間張り詰めてばかりでは、気が付かない内に可笑しな方向に議論を進めていても、気が付けなくなってしまう。
「オンオフの切り替えられる国の王に、俺はなる!」
……俺の意気込みは、この二人の前では華麗にスルーされてしまった。
「次の対応策は、麻薬に関してですか?」
シャラクは難しそうな表情のまま、真剣に考え込んでいる。
まぁ……俺の中では方向性は出来上がっているけどね。
俺は後ろ手に秘蔵の禁書『サルでも分かる王国法と、国王の対応』を閉じた。
(しかしここで俺が決めちゃっては、王国の人材が育たないもんなぁ)
「じゃあ、シャラクは何か意見とかないかな?」
俺は取り敢えずシャラクの意見を聞くことにした。
「儂が思うに麻薬の法律は、密輸する者や国内で売買をする者達を取り締まる法律だけを作っても、駄目だと思うとるのですじゃ」
「ほう、それで?」
俺は興味深げに聞き返した。
「これは麻薬を購入して使う者に対しても、同様に罰則を与えなければならんじゃろうのぅ」
俺はシャラクの意見に、なるほど!と深く頷いて、補足した。
「つまり麻薬は売る方も買う方も、罰する法律じゃなきゃ駄目なんだね。ところで麻薬の出所、要は生産を始めとした元締めは悪の中枢だけど、現行の王国法では国外の犯罪組織に対応できないけど、その点はどうする?」
「ふむ、やはり悪は根本から退治せねばなりませんからのぉ……そこを先程から考えておりますのじゃ」
そう言うと、シャラクは再び苦虫を潰した表情に戻っていた。
次に俺は、カレンにも聞いてみることにした。
「アタシが考えてたのは、そもそも『麻薬』って薬みたいなネーミングでしょ。身体に良さそうなイメージに、問題が有るんじゃないかしら?もういっそ『麻薬』って言ったら、取り締まりの対象にしたらどうかしら。代わりに『
「ほう!それはいい案かも知れないな。幸い王国内の本格的流通は始まって無さそうなので、今キャンペーンを打てば、麻薬の拡大を抑えられるかもしれないな」
(三人寄れば文殊の知恵とか言うけれど、意外と法律のことばかり考えてたから、カレンの考えは盲点だったな)
やがて議論は白熱を増していき、国際的犯罪集団を定義づけることで、専門の調査チームを設立して、国内で犯罪が立証された時点で、大元の組織を潰す方向で議論に終止符を打つこととなった。
因みに専門の調査チームの名は、C(調査)Ⅰ(異国)A(危ない
「さて、第三の懸案の付いてだがの獣人についてだが……」
俺が議題をそこまで進めて行ったところで、ノックも無しに扉が開かれた。
飛び込んできたのは妹のサーシャだった。
「お兄様!大変ですわ……このままでは通商連合との戦争に突入してしまいますわ!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
サーシャに連れてこられたのは、『通商連合に対する外交小委員会』と、新しく書き上げられたばかりの看板が掲げられた会議室だった。
室内からは、何やら怒鳴りあう声が聞こえてきた。
「……だから外交は戦争にならないように、根回しする部署だって言ってるのが、なんで分らないんですか!」
「ゼロニスも青臭いことばかり言いおって、今回の主目的は通商連合から、いくらの賠償金を勝ち取るかのディールであろう。賠償金を大人しく払った方が得だと考えさせるためにも、軍事的圧力は不可欠であるぞ!」
そこにはローラックス・トランポとゼロニス・カリメロが激しく言い争う光景が展開されていた。
さすがに俺が入室すると、怒声は止み一旦両者はこちらに対して敬礼して見せた。
俺は改めて、サーシャに事の経緯を尋ねることにした。
「つまりは一体何が原因で、言い争っているのかな?」
「二人の言ってる事はどちらも筋は通っているのよ。ただ明らかに考え方が両極端だから、あたしもどっちの意見が正しいのか分かんなくなっちゃって……」
やや涙目で訴えるサーシャは珍しかった。
俺は二人に対して、それぞれの意見を奏上するように言って、先ずはゼロニスから発言するように命じた。
「それでは意見を具申、申し上げます。先ずは通商連合が違法な行為を行って、我が王国に多大な被害を与えたことを明示します。その上で公式な謝罪を求めて、実害並びに謝罪金を賠償金として公式に求めます」
ゼロニスは手元の資料に、目を落としながら答えた。
(うん。まともな意見じゃないか)
次に、ローラックスの意見を発言するように命じた。
「それでは申し上げる。ウォッホン、先ずゼロニス殿の案は理想論に過ぎるのですよ。今回の犯罪行為は、あくまで一商会と切って捨てるのは簡単ですぞ。今揃っている証拠では通商連合から見たら、あくまでも『過失』のレベル。これでは正式な謝罪すら、引き出せますまい」
俺は改めて、ローラックスの考える意見を求めた。
「つまりはディールなのですよ。先ずは王国軍を相手国境沿いに配備して、通行する商会の荷馬車を徹底検閲させます。その場で今回のエチゴーヤ商会の犯罪行為を、全ての商会に通達いたします。さすれば事態の打開に向けて、通商連合から交渉のテーブルを用意するでしょう。そこで初めて、我々が赴けば良いのです。そこで相手の言い分を聞きますが……まぁ聞くだけですな。相手国が非を認める素振りを見せない以上、国境沿いに展開している王国軍の侵攻を開始すると伝えます。我が王国が被った被害を取り戻すべく、一定程度の領土と商会を接収します。そのうえで相手国が交渉を持ち掛けてきたら、獲得した領土・商会の資産を倍額で売却して撤収します。以上ですな」
(う――む。長い説明だけど、要は今回の犯罪の報復として軍を動かして、強引に賠償を捥ぎ取るってことだな。強引だけど大義も実利もある提案ではあるんだよな……)
俺はサーシャに向かって話を振った。
「この外交小委員会は、サーシャに全権を委任したはずだけど、どういう判断をしてるんだい」
サーシャは、未だに涙目で訴えかけてきた。
「あたしもゼロニスのやり方は正攻法だけど、外交手段としては手緩いと思いますわ。ただローラックスの案では、全面戦争になって敗ける未来しか思い浮かばないのですわ」
「じゃあ、軍事的に圧力を掛けても、通商連合は交渉のテーブルすら設けないとみてるんだね」
「外交交渉のテーブルを設けるってことは、端から交渉に対して譲歩の意思がある場合に限って、在り得るとは思いますわ。国家の威信から、エチゴーヤ商会の犯罪行為を認めても、国としての非だけは認めないでしょうね。そうするとロレーヌ王国だって、国家の威信が傷つけられる訳にはいかないから、次は軍事オプションを使う事になりかねませんわ」
俺はテーブルに肘をつきながら、真剣に考え込んでいた。
通商連合の軍は、お金で雇用する傭兵軍だ。
今は平時なので、傭兵の数も決して多くは無い、とは言えロレーヌ王国と同等の戦力を保有しているに違いない。
ローラックスの交渉が長引けば、その間に倍以上の傭兵を雇い入れかねない。
あまり刺激し過ぎると、サーシャのいう通りに全面戦争になって逆にロレーヌ王国が滅ぼされかねない。
背後に覇権帝国や魔法王国が虎視眈々と狙っている現状では、ただでさえ強気なディールは亡国の憂き目を見るだけになってしまう。
(この国に最も欠けてるのは、プロの外交官だな)
そして、俺は力強く宣言した。
「外交力が強い国の王に、俺はなる!」
「いいか。外交で重要なのは、対話とスピードだ。先ずは獣人奴隷の保護を最優先に、通商連合に使者を立てる。その際はゼロニスの案を使う。相手が捜索に協力的かどうかを見極めてきて欲しい。通商連合から非協力な態度を取られたら、“今回の事件を国際法を無視した国家ぐるみの犯罪と認定するぞ!”と一喝することも忘れずにな。直ぐにでも行ってくれるか?」
俺は力強く、ゼロニスの肩に両手を乗せた。
「はい。このゼロニス必ずや国王の命を果たして参ります!」
最敬礼したかと思えば、テーブルの資料を抱えると、小会議室を飛び出して行った。
(なによりも商会が大事にするのは信用だ。国際的な信用の失墜は避けたいはずだ)
次にローラックスに向き直ると、重々しく静かに伝えた。
「ローラックスの考えは、なかなか面白いが時機が悪い。いまロレーヌ王国の全軍を通商連合に向かわせれば、確実に覇権帝国が動くに違いない。今回は一部隊を付けるので、国境警備隊と合流して検閲の任に就かせる。入国の検閲もすり抜けてるプロなのだから、成果は期待していない。あくまでも、エチゴーヤ商会の犯罪行為の周知が主任務だ。これは中々に辛抱強さと、現場での臨機応変なディール能力が不可欠だ。お前にしか任せられない難しい任務だ。行ってくれるか?」
俺は力強く、ローラックスの肩に両手を乗せた。
「このローラックス、必ずやこの任務やり遂げて見せます!」
ローラックスは感涙が込み上げるように、頬を紅潮させると最敬礼をして、小会議室を大股で出て行った。
俺はサーシャと二人残された部屋で、小さく溜息を吐いた。
(俺の国って外交力が脆弱スギでは?)
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