Episode.010 俺の国って国務大臣を誰がやるの?
本会議室には、主だった今回作戦の指揮に関わった武官と司法関連の文官、そして王家の面々が、書類を見比べながら、報告や議論を始めていた。
俺が入室すると一斉に議論が途絶え、近衛騎士団長パテックの「傾注!」の号令の下に、一同は整然と起立すると、最敬礼をして迎えた。
俺は簡易な返礼を送りながら王座に付くと、一同の敬礼は直ると同時に着座した。
俺は一同に視線を見渡した後に、まずは作戦後の進捗結果と現在の議題の進捗状況の報告を求めた。
しかし、証拠や証言は十分に揃ってるにも拘らずに、それを取りまとめて決済するところで、全ての案件が滞っていた。
本来、王国には各内政大臣を置くのが通例だが、これまでは敵国の間者が、政務官の中にも多数入り込んでいたために、一時的に大臣は全て空位にしていた。
これには王国の赤字財政も色濃く影響していた。
「大臣のいる国の王に、俺はなる!」
俺は大会議室の中で、第一声から重要な宣言をした。
俺は続けて、政務官に向かって指示した。
「今回のエチゴーヤ商会の事件やその他の案件について、見事に解決した者を大臣に取り立てようと考えている」
そこまで聞くと、政務官たちの目の色が変わって、率先して事案をまとめようと議論が白熱していく。
時を追う毎に、各部門で議論を取りまとめる者も絞られていくのが、手に取るように分かる。
やはり才能ある者や、普段から業務に責任感を以って取り組んできた者の発言は、他者を圧倒して旗幟を鮮明にしていくのである。
その間に、エチゴーヤ商会から押収したキャスター付きの黒板を大会議室に持ち込むと、先程まで考えていた案件を、黒板に書き始めた。
カツカツカツ……カクヨムコン……カツカツカツ……。
俺は白墨で箇条書きで、案件をピックアップしていた。
●エチゴーヤ商会に対する対応
→ロレーヌ王国の王国法に基づく法執行
※法務大臣
●通商連合に対する外交対応
→エチゴーヤ商会への共同対応及び通商連合に対する賠償請求
※外務大臣
●奴隷・麻薬・獣人に対する対応
→ロレーヌ王国の王国法に基づく新規法令の立法と実施
※国務大臣
●新任大臣 ※軍務大臣 パテック・フィップ(現近衛騎士団長)
「はーい注目ぅ!……」
俺の一言に、白熱していた議論はピタッと止み、全員が傾注していた。
(うーむ、お約束の一言が言いたかったのだが、こんなに仕事に集中している、政務官たちを見たことがないよな)
やっぱり事前に軍務大臣の新任を記載したことが効いてるようであった。
……と思ってた矢先に、残念な光景が目に入った。
「こらーっ、そこのシャラクぅー!もっとシッカリと聞かんかぁーい。このバカチンがぁ!」
(うん。なんかスッキリした)
そこで改めて、指示棒で黒板の文字を追いながら、説明し出した。
「取り敢えず、エチゴーヤ商会の違法行為を白日の下にさらすこと。この任に全力であたりたい者は挙手する事。だれか居ないかぁー?」
すぐさま三名の手が上がった。
一人は司法試験で史上最高得点を叩き出した、英才オードラ・ピッケ。
一人は司法畑を長年に亘り取り仕切ってきた、実務派ロジー・デュライ。
一人はシャラクだった。
「では、この任にはオードラ・ピッケとロジー・デュライの二人が協力して事にあたる様に、尚この司法関連には、聖女であり将来の王妃のクリスティーナの助言を仰ぐように」
オードラ・ピッケとロジー・デュライはお互いに固く握手をして、俺とクリスティーナに対して、全力で任に当たることを宣誓してくれた。
「次の問題は少し難しいぞ。出来れば商会自体を取り潰すように通商連合に通告した上で、今回の責任の所在を通商連合に正式に求めること。この任に全力であたりたい者は挙手する事。だれか居ないか?」
すぐさま三名の手が上がった。
一人は交渉事、特にディールに秀でた傑物、ローラックス・トランポ。
一人は緻密な根回しの下確実に外交成果を上げてきた堅実派、ゼロニス・カリメロ。
一人はシャラクだった。
「では、この任には、ローラックス・トランポとゼロニス・カリメロの二人が協力して事にあたる様に、尚この外交交渉の監督兼アドバイザーには、王妹のサーシャに全権を委ねる」
ローラックス・トランポとゼロニス・カリメロはお互いに固く握手をして、俺とサーシャに対して、全力で任に当たることを宣誓してくれた。
(うーむ……どうも俺の国の政務官ってバチもの臭がするんだよなぁ)
「最後に麻薬や違法取引の傭兵、そして獣人の少女たちの件だ。こちらは新たな王国法の整備と犯罪対策など多岐に渡る重要案件だ。場合によっては、獣人の少女たちを親元に引き渡す危険な任務となるやも知れない。だれか居ないかなぁ?」
さすがに初めての事態対応に、自信を持って手を挙げるものは一人だけだった。
「それでは、この件はシャラクとカレンに任せる。指揮は俺自身が直々に執る。法整備や諸課題については随時、政務官の中から選抜した、適任者による小委員会を設置する。以上だ」
その言葉に何故かシャラクは、満面の笑みで頷いていた。
以上を言い渡すと、大会議場を後にした。
背後では、再び熱い議論が交わされていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は最後の課題について、深く思考を巡らせていた。
(確かウルルの話では、妹たちは別の馬車で通商連合に送られている筈だ。そもそも彼女たちはこの大陸に隠れ住んでいたらしい。彼女たちを全員、親元まで無事に届けたい)
取り敢えず、国務課題の三番目は奴隷・麻薬・獣人に対する対応である。
本来なら国務大臣案件と言って、誰か優秀な政務官に丸投げしたかったのだ。
然るにこうした諸政策の対応は、やはり国の方針や指針が欠かせない。
国王の俺が今まで国家の指針を蔑ろにしていたから、国務大臣に志願する政務官が現れなかったのではなかろうか?
「国家方針が明確な国の王に、俺はなる!」
俺は拳を握り締めながら、考えていた。
(なるほど……我がラウール国を囲う列強国は、国家の方針が実に明確に示されているなぁ)
力こそ正義、武功こそ国家貢献の第一と謳う、東の『覇権帝国』。
魔法発現の血統を貴ぶ、上級魔法を第一と謳う、北の『魔法王国』。
神聖教教義に従い、慎まやかな行いと神への奉仕を第一と謳う、西の『神聖教国』。
巨大資本の商会が集まり自治を始めた、納税額が国家の第一と謳う、南の『通商連合』。
全て国家のあるべき方針が、明示されていて国家の方針に従い、自治が運営されている。
良くも悪くも、誰が大臣になろうとも、大きく異なる政治を行うことが、列強たる所以に違いない。
それに対して、我がロレーヌ国はどうであろうか?
建国の立地が偶々恵まれていたため、他国よりも数百年長い歴史を抱えているに過ぎない。
その歴史の過程においては、様々な国王の方針が国の理念として組み込まれ続けてきた。
そのため今日に到っても、明確な国家ヴィジョンが皆無なのだ。
フ――ッ……。
俺は静かに溜息を吐いた。
(ここで俺が国家ヴィジョンを新たに提示しても、歴史の慣習と従来の方針に飲み込まれて、内容自体が良くても悪くても、結果として改悪になる未来しか見えないな……)
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
俺は先程指名した、執事のシャラクと専属侍女のカレンと共に、私室に戻って懸案の課題をどう進めるべきかを、議論することに決めた。
私室に戻ると、執務机を中心に例の如く、俺と執事と専属侍女が車座に座った。
俺は手早く、先程の議題を紙に書いて二人にも配った。
俺は課題を一つづつ読み上げることにした。
「先ずは、奴隷に関してだな」
すると二人が、発言した。
「奴隷については、職業斡旋との線引きが難しいところが課題じゃろうのぅ」
「奴隷については、見つけ次第に問い質して、違法ならブッタ切れば良いわ」
例によって、両極端な意見が同時に発せられた。
俺は歴代の国王が愛用してきた、秘蔵の禁書を初めて開いて読んだ。
『サルでも分かる王国法と、国王の対応』
・索引……奴隷制度に関する見解とその法律
そこには歴代の国王による見解や王国法の修正履歴が列挙されていた。
(うん。きっと歴代の王がサル並なんだな……)
俺は静かに本を閉じると、この件の見解を語り出した。
「王国法で奴隷制度に関しては、何度も改定されてはいるが、俺が最終決定案を議会に掛けて、再度立法化する」
(誰がサル真似だって?歴代の王の行動を尊重した結果だぞ)
「王国法が改定されていく所以は、常に時代のニーズに合わせた政策が必要だったからだ。特に弱小国であるロレーヌ国では外圧によって、度々改定されてきたことが伺える」
パチパチパチパチパチパチパチパチ……。
一頻り二人から細やかな拍手が沸き上がったので、一拍空けて方針を語って聞かせた。
「俺は奴隷制度に関しては、“奴隷を売らない、買わない、持ち込ませない”。これを奴隷三原則にすべきだと考えている」
すると、いつもの二人とは打って変わったように、お互いの役割分担を打合せだけで決めて、俺の私室を飛び出して行ってしまった。
俺は改めて大会議室での議事の流れで、肝心の任務を国王の俺と執事のシャラクと専属侍女のカレンを指名してしまった事を悔やんでいた。
(俺の国って国務大臣を誰がやるの?)
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