Episode.007 俺の国って奴隷の扱いはどうする?

 ※前回までのあらすじ。


 財政破綻寸前のロレーヌ王国に対して、通商連合の魔の手が迫っていた。

 奴隷売買を企む悪徳商会エチゴーヤの陰謀を、いち早く察知した俺は、完璧な作戦を立案して、通商連合の陰謀を阻むのであった。


「あたしが通商連合の陰謀を暴いたのに!作戦立案も考えたのに!」

「わたしの聖女としての立場って、一体どうなっているのかしら?」

「儂の読心魔法を駆使した活躍が、一顧だにされておりませぬな?」

「アタシが騎士の忠誠を誓い、騎士兼専属侍女でお仕えする処は?」

 四者四様の主張は取り敢えず置いておいて、これから悪徳商会エチゴーヤへの一斉検挙の作戦に取り掛かるのであった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 招待日の当日に俺と執事と専属侍女は、招待状を片手に王家の馬車に乗り込んだ。


 招待状に書かれていた時間は、『仮面紳士の夕べ』と題されていた通りに夜半であった。

 しかし未だ王都の通用門が閉じられる前であったため、全て通用門の兵士詰め所には、有事さながらの部隊が配備されていた。

 名目は演習としていたが、部隊長には作戦の詳細が連絡済みであった。


 そうした準備が整った連絡を受けて、王城から四頭立ての黒塗りの馬車を進ませた。

 馬車内には各々が『仮面紳士の夕べ』に相応しい仮面マスカレードを付けていた。

 因みに俺は一番無難な黒のベルベット生地で仕立てられた仮面を付けていたが、シャラクは何故か?道化師クラウン仮面マスカレードを付けており、カレンに至っては、何故か?ドロンジョ様のマスクをスッポリと被っていた。


(まるでハロウィーンだな)


「はて?ドロンジョ様とか?ハロウィーンとは?何の儀式のことでしょうかのぅ」

 シャラクが、コッソリ呟いた。


「いいか、今は作戦行動中だ。読心魔法は作戦内容に沿って使う様に!」

 俺も口元を覆いながら、囁くように窘めた。


 やがて目的地に到着した。


(まぁ、王城から城下の繁華街までなのだから、さほど時間が掛からないのも当たり前なんだが)


 馬車を降りると、成金趣味丸出しの服装を着込んだ、支店長のヤマーブッキ自らが出迎えに出てきた。


「ようこそ。今宵の『仮面紳士の夕べ』にお越し下さいました。ブヒーヒッヒー……。早速会場にご案内致します」

 ヤマーブッキは恭しく奏上すると先導する様に、支店の地下に設えた大広間に案内した。


 地下の大広間は、照明の光度が控えめに落とされており、替りに要所に配された間接照明が足元を明るく照らす。

 正面のステージからは緩やかなスロープとなっており、その最上段のVIP専用ブロックの一画に、我々専用の指定リザーヴ席が設けられていた。

 我々高位の者にはテーブルには高級シャンパンが用意されており、豪華な多種多彩な逸品料理でテーブルは埋められていた。

 既に数組の招待客が、前列のソファーに身を埋め、これからの奴隷の価格について、盛んに相談している様であった。


 三人が席に着くと、早速シャラクが小声で確認してきた。

「どうやら招待客は我々だけでは無さそうですな。それにの見出しも、飽くまでオークションの開始価格が、格安って言うだけの様ですな。これでは目的の奴隷との接触も容易ではありませんぞ」


 シャラクは会場を一通り見渡すと、続けて説明した。

「どうやらも数組仕込まれておりますな。値段を吊り上げるプロフェッショナルでしょうな。あそこと、あそこと、あそこまでは確認しましたぞ」


 シャラクはが占める席の位置に合わせて、テーブルに盛り付けられたサクランボの実を並べて置いた。


 俺はシャラクに小声で提案した。

「元々オークション方式では、作戦の見直しが必要だし出直すか?」


 いつの間にか離籍していたカレンが、目録を手に戻ってきた。

「こうしたオークションには、目録が用意されておりますのよ」

 そして開いた目録には、写真と共にプロフィールが書かれていた。


(まるでサーシャに送られてくる、お見合写真集って感じだな)


 しかし、これで親書に書かれていた“希少”の意味はハッキリした。

 目録に乗せられた奴隷の写真は、全て“獣人”だったのだ。

 基本的に獣人は、この大陸にはとされている。


 通商連合は海外との交易を行う大型の貿易港を備えている。

 他の大陸から攫ってきた獣人の可能性が一番高かった。


「俺は皆に小声で相談した。あの獣人たちは海外の大陸で攫われたと思う。ならば人質の恐れはないので、奴隷にされた経緯を正直に証言してくれるとだろう。更に言えば、ここまで大掛かりな奴隷売買なら重罪は確定だろうし、それが獣人ともなれば、大掛かりな組織犯罪として商会ごと罪に問えるに違いない。あとはいかに自然な振舞いで、会場を速やかに出るかだな」

 皆一様に頷いた。


「あとはこの目録も証拠品と抑えたいが、どうせ会場を出る際に返却を求められるだろう。どうしようか?」

 俺は二人を交互に目を配った。


 するとカレンが、俺に耳打ちした。

「殿下がそう仰られると思って、もう一部を手に入れてありますわ」


 そう言うとスカートの裾を少しだけ捲り上げた。

 もちろん目録を目にすることは無かったが、鍛え上げられた綺麗な素足は、シッカリと目に焼き付けて置いた。


(この数日だけで、カレンの印象が180℃変わったような気がするな)


 やがて壇上にスポットライトが当たると、オークショナーが登壇した。

「レディース・アンド・ジェントルマン。今宵の仮面マスカレードオークションへようこそ。今宵、最初の出品は目録ナンバー001~003のセット出品となります」


 舞台の袖からは、手枷足枷を鎖に繋がれた獣人の少女三名が、乱暴に引き摺られるように舞台の中央へと立たされた。

 目の前に引き立てられてきたのは、碌に食事も与えられなかったのであろう、ガリガリに痩せ細ってしまった、狸人りじん族の娘たちだった。

 見るからに先程水で身体を流して、服を着せました!と言うような風情で、心の奥底からこの商会に対して腹が立っていた。


ピキ――ン!

(あの娘らは、貉人かくじん族の少女ですぞ)


ピキ――ン!

(どこが違うって言うんだ!)


ピキ――ン!

(狸はイヌ科で、ムジナはイタチ科なので、間違えるといつも揉め事になるのですじゃ)


ピキ――ン!

(俺はエチゴーヤ商会に、王都での営業許可を出したこと自体に、ムカっ腹を立ててるんだよ!)


 俺はサーシャが立てた綿密な計画なんて、どうでも良くなっていた。

 目の前の光景に無性に腹が立ってきた。


 俺は二人を側に呼び寄せると、を耳打ちした。

 専属侍女は満面な笑みを浮かべると、即断で頷いた。

 執事は役割を入れ替えては?と提案してきたが、俺は念話で答えた。


ピキ――ン!

(獣人相手に、人間語が必ずしも通じるとは限らないぞ!そんな時のための読心魔法だろう?)


 俺はニヤッと悪辣な笑みを浮かべると、シャラクに密かに先行するように命じた。


「シャラクなら、きっと上手くやって見せるさ」

 密かに立ち去る後姿を見遣りながら、そっと呟いた。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



「そろそろ良いかな?カレンも準備は良いよな」

 俺は隣に座る、カレンと目を合わせて頷いた。


「殿下はアタシという侍女が居ながら、あんな年端のいかない侍女が良いって言うの!」

 イキナリ後方の席で、テーブルがバンバン打ち鳴らされた。


「お前の働きが悪いから、こんなところまで足を運ばなければならないんだろ!」

 高級シャンパンの瓶を、床に叩き割った。


 壇上のオークショナーには、俺達の素性を知らされているようで、丁重な言葉で制止を促している。


 俺達はそんな言葉を無視して、テーブルをひっくり返して見せた。

ガシャーン!ガラガラガラガラ……ガシャーン!

 高級食材が、辺り一面にぶちまけられた。


 さすがに警備員が制止のために、近づいて来る。

「お前ら下っ端が口出しするなど、不敬であるぞ!」

 俺は手ごろな棒を手に取ると、無勝手流奥義『問答無用』を放った。


(ほう……。ここはアタシも殿下に敗けてられないわね)


 カレンも口論を続けながら、俺の一撃に気を昂らせていた。

 近づく警備員を拳で払いのけた。


 俺は人間が横向きに吹っ飛んでいく光景を、初めて目にした。

 俺達の口論はどんどんヒートアップしていくと、徐々に壇上に向かって歩を進めて行った。


「こんの阿婆擦れアバズレ侍女めが!」


ガシッ、バキッ、ドーン!

 また一人、警備員が打ち据えられた。


「殿下がもっと、シッカリなさっていればぁ!」


ドカッ、バキッ、ドゴーン!

 今度は三人が同時に吹っ飛ばされていく。


 その頃になると、不穏な事態に恐れをなした招待客たちが、身を護る様に出口へと殺到していく。

 俺は、それを視界に取られていた。


(これで表に待ち構えている兵士たちも動き出すだろう。一応計画の本筋に戻せそうだな)


 俺はそんな事を考えながら壇上に飛び乗ると、マイクを手にするオークショナー相手に、無勝手流奥義『打つべし打つべし』を放っていた。

 しかし、ものの数発で伸びてしまった。


「奴隷売買なんか絶対許さない国の王に、俺はなる!」

 俺は勝利宣言を高らかに謳うように、拳を天に付き上げて宣言した。


 壇上の獣人少女たちは、あまりの出来事にしゃがみ込んでいる。

 カレンは何やら優し気に、彼女らを宥めたかと思うと、おもむろに手枷足枷の鎖を引き千切っていた。


 俺は壇上で、未だ震えている少女たちに、ローブを掛けてあげながら言った。

貉人かくじん族の娘たちよ、もう安全だからね」


 すると少女たちは複雑な表情を浮かべながら、たどたどしく答えた。

「わたし、たち、狸人りじん族、なの。貉人かくじん族、ちがう」


(あっのお、老いぼれジジィが!やっぱり狸人りじん族じゃないか)


 心の声を封じ込めて、温和な笑顔スマイルを保ちながら、ゆっくりと狸人りじん族の娘たちに伝えた。

「これから君たち狸人りじん族と一緒に、ほかの獣人の娘たちも、暖かい食事と、清潔な洋服と、安全な屋敷を用意させる。だから取り敢えずは安心して欲しい」


 狸人りじん族の娘たちには、全ての言葉は伝わっては居なかったが、先程迄の怯える様な震えが止まっているのを見定めると、無事な様子にホッと胸を撫でおろした。


「さてと……」

 俺は独り言ちた。



(俺の国って奴隷の扱いはどうする?)

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