Episode.008 俺の国って獣人の法律が無いよな?

 エチゴーヤ商会のロレーヌ王国支店は、パニック状態に陥っていた。

 中から飛び出してきた、仮面を付けた紳士淑女はその場で取り押さえられた。


 店の前に止めた四頭立ての黒塗り馬車を指揮所代わりにしていたサーシャは、この光景も想定内とばかりに、次々と部隊長に指示を出していく。


「お兄様の事ですから、奴隷を目の前にして我慢できなかったのでしょうね。全て計画の範囲内ね」

 赤く煌めかせた瞳が、支店から飛び出してくる招待客が一通り途切れると、店内制圧作戦を実施するように、各部隊に通達した。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 地下の大広間の脇に続く通路を抜けると、更に下に続く階段が現れた。

「この下が奴隷の監禁場所かのぅ」


 先行したシャラクは隠密行動という事で、出会う商会職員や傭兵連中を眠らせていく。

「フーッ、これだけの人数をにせずに眠らせていくのは、かなり疲れるわい」


 本来ならば奴隷の救出など華のある任務は、ラウール様にお譲りしたかったのが本音だ。

 しかし、こうして信頼されて任されるって言うのも悪くないと、年甲斐も無く感じていた。

「折角じゃから、儂に任せて良かったと言わせてみたいもんじゃのぅ」


 また新手の傭兵を眠らせると、足早に階下に向かって進むのだった。


 階下には、ひとつだけ部屋から灯りが漏れ出している。

 その奥に並ぶ鉄格子の中には、他にも奴隷たちが押し込められているのかも知れない。


 取り敢えず灯りの漏れている部屋を覗いて見ると、今宵の出品用にと集められた獣人の少女たちが、一固まりで震えていた。

 護衛や見張りの悪人どもは、既に上の階で熟睡中のようだ。


 シャラクはせっかく付けている道化師クラウン仮面マスカレードに合わせて、お道化たような仕草で部屋に入ると、獣人の娘たちに優しく語りかけた。

「この中に、人間語が分かる者はおるかのぅ?」

 獣人の少女たちは、奇妙な風貌と仕草に却って怯えさせてしまった。


(こういう時こそ、ラウール様の実直さが、若い娘たちには受けるんじゃろうがのぅ)


 仕方がないのでパントマイムを始めて、取り敢えず獣人の娘たちの気を引くことにした。

 続いて魔法で球体を幾つか作り出すと、お手玉を始めてみた。

 水の玉、火の玉、光の玉、土塊の玉……これらが交互に、上空を飛び回る。

 最後にそれらの玉を手に収めると、パッと造花の花束を掌の上に広げてみせた。


 さすがにこれだけのパフォーマンスを見せると、獣人の少女たちも興味を示し出したようで、一人また一人と近づいて来た。

 お花を一人一人に手渡していると、兎人とじん族の少女が、辿々しいで話し始めた。

「わっち、少し、人間の言葉、言う……」


 一生懸命に話始めてくれた兎人とじん族の少女にも、お花を渡して言った。

「今はこれが精一杯じゃ」

 なぜかお花の先には、万国旗が小さくはためいていた。


 兎人とじん族の少女に、これから話す内容をみんなに伝えて貰う事にした。

「上の階には、この国で一番偉い正義の味方が来ておるから、もう安心じゃぞ」

 普段なら絶対見せない様な、好々爺然とした笑顔を讃えて上を指さした。


 すると兎人とじん族の少女は、涙を浮かべてたどたどしく訴えた。

「ちがう、お爺さん、正義、偉い人」


 シャラクは、改めて鎖には繋がれてないものの、首輪や手枷、足枷が嵌められていることに気付き、一人一人の鍵を開錠魔法で外して回った。


 やがて上から、激しい乱闘騒ぎが始まり出した。


(タイミング良く……とは言っても、派手にやり過ぎじゃな)



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 最上階の支店室でヤマーブッキは、オークションの進捗状況の報告を今か今か?と待ち受けていた。


(これは上手くサクラが価格を吊り上げて、皆が入札に相当熱くなってるに違いない)


 今から手に入る金額を皮算用して、ほくそ笑んでいた。

 しかしだ。いくら何でも遅すぎる。

 オークションが順調ならそれはそれで、誰かが状況を知らせてくるはずだ。

 しかし先程は、支店長室警護の人員ですら何やら耳打ちされたと思うと、一言の断りも入れずに屋外に飛び出して行ってしまった。


(何故こんな事態になっているのだ?)


「まったく近頃の若い者は、目の前の結果ばかりに執着しおって、報・連・相は業務の基本だというのに、全く成っておらん!」


 すると突然に扉が開かれたかと思うと、支店の幹部職員が飛び込んできた。

「ヤマーブッキ様、大変でございます……」


「馬鹿者!入室する前には、ノックするのは常識だろう。下に就く者が育たないのは、お前ら幹部職員の責任だ」

 ヤマーブッキは怒声を上げると、入室して来た者の報告を聞かずに、怒り任せに足蹴にした。


カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャッ、カシャ、カシャ。

 廊下からは商会には場違い過ぎる、まるで騎士の鎧プレートアーマーが擦れる様な音が近づいてくる。


 やがて支店の幹部職員の後方から、ロレーヌ王国の正式鎧を身に付けた、高位の兵士が入室してきた。

「やれやれ。こんなに統率の取れていない商会も見たことがないな。私は近衛騎士団長のパテックと申す」


 すると王家の紋章入りの羊皮紙を広げると、読み上げるように言い放った。

「これよりロレーヌ王国の名の下に、王国法に定める強制執行に取り掛かる。罪状は奴隷の売買、獣人少女の誘拐並びに監禁、密輸品の所有及び売買、無認可の傭兵との契約行為……」


 すると後方から別の兵士が駆け寄り、何やら耳打ちしていた。

「何だと!併せて、麻薬の密売に国家騒乱予備罪……極刑は免れることはできないぞ」


 近衛騎士団長のパテックは、羊皮紙の罪状欄に何やら付け加えて書き込むと、ヤマーブッキに突き付けて言った。

「これ以上抵抗しようものなら、捜査妨害の現行犯として、捕縛するからその様に心得よ」


 ヤマーブッキは失意の内に、その場にへたり込んだ。



 ◆    ◇   ◆    ◇    ◆



 エチゴーヤ商会のロレーヌ支店には夥しい数の囚人護送馬車に、押収品・証拠品の積載用荷馬車が集められ、満載次第に次々と王城へと進んで行く。

 その隊列は整然と、途切れることなく続いていた。


 元々王都の繁華街でも、エチゴーヤ商会の評判はあまり芳しく無く、普段の出入りする面々から犯罪行為に手を染めているとの、専らの噂であった。


「どうやらラウール王様が自ら先陣の指揮を執られて、今回の商会を摘発をなさったそうだ」


「教会でもよく耳にしている。ラウール王様が自らの私財を売り払って、昨年の凶作の折りに、市井にまで小麦を配給して頂いたのも間違いないらしい」


「今回も悪徳商会の犯罪行為に心を痛まれて、摘発の英断をされたのもラウール王、自らの判断だとの事だ」


「俺も見たぞ、兵士の部隊に先立って王家の四頭立ての馬車が、悪徳商会に乗り付けたところを!きっとあれはラウール王様だったに違いない」


 近頃は市井でのラウール王の支持は絶大であった。

 それが今回の一件で最早、その支持は信仰の対象にまで変わりあった。


 街の老婆が何やら、王城に向かって手を合わせて拝みだした。

 その姿を見た、街の住民たちも一人、また一人と手を合わせて拝みだした。


 やがて街の片隅からラウール王を讃えるシュプレヒコールが始まった。

 その歓声の輪は、やがて王都全域に響き渡った。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 その夜に作戦が終了すると、王城は人や物で溢れかえっていた。


「隊長、エチゴーヤの職員ですがどうしますか?」

 一人の兵士が、命令を受けようと進み出た。


「現場で法の執行を邪魔した者、犯罪が明確な者、責任者、身元が不確かな者は全て囚人棟に押し込んでおけ。但し身元の確かで、犯罪には無関係な者も居よう。優先的に尋問調書を取り次第、一旦家に帰して遣るが良い。そうだ、必ず法廷証言の誓約書を取ることを忘れるなよ!」


「ハッ!畏まりました」

 兵士たちは、捕縛した一団を引き連れて、囚人棟に連行していく。


 また別の兵士たちは、押収品の保管庫についての仕分けの指示を受けている。

 まさに今が戦時の様な、慌ただしさだ。


 そんな中、一台の黒塗りの馬車が城内に到着した。

 手の空いている者は、全員統率の取れた挙動で最敬礼をした。

 俺たち四人は仮面を脱ぎ去り、馬車を降りると敬礼をする兵士たちを労う様に返礼を贈った。


「この勇敢な兵士たちに相応しい国の王に、俺はなる!」

 返礼と共に、高らかに宣言した。


 そして、ようやく一同はいつもの私室へと凱旋したのであった。


 私室に戻ると、愛用の執務椅子に深々と腰を下ろした。

 婚約者のクリスティーナは、皆が無事に戻ってきたことを喜び、早速温かい紅茶を皆に振舞っていた。


 気が付くと執事のシャラクは、一人の獣人と思しき少女を連れていた。

 少女は大きめのフードで頭からスッポリと覆っているため、顔の表情も分からない。

 ただフードの中は何やらピコピコ動いており、ローブ越しに何やらお尻に小さな膨らみが揺ら揺ら動いていた。


 シャラクは獣人の娘に向かって、優しげな声で語りかけた。

「さぁ、ここまでくれば安心じゃよ。フードを取って、顔を拭くと良い」


 そう言うと、手ずから濡れた手拭いを、少女に手渡していた。

 俺はシャラクの行動を目にすると、目蓋を拳で擦った上で二度見した。

 目の前にいる執事のシャラクが、まるで別人の様に映ったからだ。


 やがて恐る恐る獣人の少女は、目深に被ったフードとローブを脱ぎ捨てた。

 そこには透き通る様な水色の髪と、その上に乗ってる長いウサ耳が開放感からかピコピコ動かしていた。

 再び、目蓋を拳で擦った上で二度見した。

 俺は兎人とじん族を始めて見たのだった。


 その光景を目にしながらフッと、とある問題が脳裏を過ぎった。



(俺の国って獣人の法律が無いよな?)

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