Episode.005 俺の国って策士の参謀役は妹だけ?

 今回の作戦の発案は、基本的にサーシャが行った。

 単純にサーシャの方が商会の事情に詳しいし、何より俺より断然頭が良いからだ。


「まず大事なのは、悪徳商会エチゴーヤの犯罪行為の証拠を確保することですわ。今回なら奴隷を証人として、無事に保護することね。ただ……」

 サーシャは考え込むように、マホガニー材を使った愛用のローデシアンベントタイプのパイプを咥えながら、思考に耽る……フリをしている。


(どこから取り出したんだろう?と云うか、紫煙を燻らせて無くて、お兄ちゃんは一安心だよ)


「先程、スカートのシームポケットから取り出してましたぞ」

 隣の執事が説明を入れた。


「だから!読心魔法は禁止って言っただろう。唯でさえアッパラパー覚悟の念話の後なんだから、余計な負荷を掛けないよーに」

 俺はシャラクには、次に遣らかしたら減俸一ヶ月の処分にしようと、固く心に誓っていた。


エッヘン……けほっけほっけほっけほっ。

 可愛らしい咳払いをすると、改めて作戦の続きを説明し出した。

「奴隷を確保しても、直接犯罪の証拠になるかどうか分からないわ。家の事情が在るかも知れないし、人質が捕られてることもあり得るわね。本人が奴隷売買の証言をしなければ、只のの職業斡旋になってしまうわ」


 すると珍しく、婚約者のクリスティーナが手を挙げていた。


「はい。クリスティーナっ」

 俺は発言し易いように、学校よろしく指名してみた。


「えっと、シャラクさんの読心魔法で、事前に確認って出来ないのでしょうか?」


ポン!

 一同は揃って、その手が在ったかと納得した。


(……って、シャラクまで何故気が付かない?)


 俺はシャラクを減俸二ヶ月と、心のメモにしたためた、


「えーっと、あと続けても良いかしら?」

 クリスティーナは、おずおずと発言を求めた。


 俺はドンドン発言しよう!と、煽ってみた。


「聖属性の魔法には誓約魔法と云うのが有って、奴隷に掛けられるのは珍しくないそうですわ。これを解呪出来るのは、高位の神官のみ。つまり神聖教国の既得権益の一つですわ」


「クリスティーナは、誓約魔法も解呪出来るの?」


「わたしも聖女の立場ですので、誓約魔法を解呪したことは在りませんけど、稀に立ち合いを求められることは在るので、多分ですけど……出来ると思いますわ」

 クリスティーナは、心許ない面持ちで答えた。


(クリスティーナも王家の役に立ちたいと、一生懸命考えてくれてるんだな)


「まぁーいざとなれば儂が、チョチョチョイっと解呪出来ますがの」

 俺は空気の読めない、執事に対して三ヶ月減給を心の中で即決した。


 ここまでの流れを聞いていた、サーシャはローデシアンベントタイプのパイプをしまい込むと作戦をまとめた。

「この親書に対しては、“大いに関心あり”とだけ返信して、相手の誘いに乗った振りをします。相手の出方次第ですが、恐らく王城を取引場所にする程、隙を見せることは無いでしょう。お兄様には、王の立場で世俗に下向する訳にはいかないと前置きしておいて下さい」


 俺は頷いて見せた。


「その上で執事のシャラクが王の代理として、取引に向かいます。取引現場に着けば、読心魔法の独壇場です。商会の思惑を読み取り、奴隷の事情も確認した上で、場合によっては誓約魔法も解呪します。一連の証拠固めが終わったら、外に待つお兄様率いる近衛騎士団で、一気に支店を制圧して、証拠隠滅防止を理由にを差し押さえます」

 いつの間にか、サーシャの赤く染まった瞳の奥には$マークが浮かんでいた。


 するとシャラクが口を挟んだ。

「儂一人で、取引の現場に赴くのでございますか?」


 それには俺が答えた。

「一緒にクッコロさ……カレンを同行させる。あれでも使用人の服装を着せれば、王城付きの侍女に……見えなくも無くもないよな?」


「なんで否定語を重ねた上で、最後は疑問形なのですか?儂はより不安が増す一方なのじゃが」


 俺はシャラクの耳元で囁いた。

「この作戦が成功した暁には、特別ボーナスとして給料三ヶ月分を与えよう」


 二人は笑顔でシッカリと握手するのであった。


(まぁ、俺の中では差し引きゼロなんだけどね)



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 王城からの返書は、速やかにエチゴーヤ商会のロレーヌ支店に届けられた。


「これであの厄介な奴隷たちをロレーヌ王国に押し付けて、尚且つロレーヌ王国の弱みを握れる。更に交渉次第では、更に王家の財政を逼迫させられる。まさに一石三鳥の取引になりそうだな」

 ヤマーブッキは、支店長室の窓から見える王城を眺めながら、愉悦に浸っていた。


 支店長のヤマーブッキは返書を手に取り、口元を綻ばせたかと思うと高らかに笑った。

「ブヒーヒッヒー、ブヒーヒッヒー、ブヒーヒッヒー……」


 ヤマーブッキは視線を縄で手足を縛り付けた奴隷たちに目を移すと、下卑た笑みを浮かべつつ冷淡に見下すように言った。

「精々新しいご主人様に気に入られることだな。ブヒーヒッヒー」


 直ぐさま、『仮面紳士の夕べ』と題した招待状をしたためると、王城に届けさせた。


 この手の題名は仮面着用の参加を促すととともに、非合法な取引やオークションなどに用いる、一般的な隠語であった。

 ヤマーブッキは今回の晩餐会が上手く運べば、いよいよ本店の幹部職員だなと、自らの出世の先に思いを馳せるのであった。



◆    ◇    ◆    ◇    ◆



 翌日には、早速作戦の点が変更された。

 王城へ『仮面紳士の夕べ』と題された招待状が、エチゴーヤ商会の番頭バトラーによって、直接に届けられたのだ。


 俺たちは、エチゴーヤ商会からの番頭バトラーを待たせたまま、急遽御前会議を行った。


(今回は本当に、午前中だぞ)


 集まったのは、俺と妹と執事の三人であった。

 因みに婚約者のクリスティーナは、早朝から教会のミサおつとめに出掛けた後である。


 一同は『仮面紳士の夕べ』と題された、危険物としか思えない招待状を開封すると、恐る恐る読み始めた。

 内容は時候の挨拶から始まり、今回の奴隷売買の参加の可否に始まり、会場と日時それと条件が記されていた。


 まぁ日時に関しては、程良く空けられているので、政務に支障きたすことも無い。

 そして招待状に書かれた取引場所はなんと、堂々と悪徳商会エチゴーヤのロレーヌ支店で開催するとあった。

 問題なのは……。

仮面マスカレードを着用の上で、俺が参加する事だとぉ!」


 返信には間違いなく、『王の立場で世俗に下向する訳にはいかない』と明記させたはずだ。

 然も国王以外の参加については、この取引自体を無かったことにすると、念押しまでして来るとは……。

 あまりに、ロレーヌ王国を蔑ろにし過ぎる。


「権威ある国の王に、俺はなる!」

 俺は改めて、噛みしめるように宣言した。


 しかし取引会場に潜入しなければ、相手の悪事を暴くことは出来ない。

 さすが悪徳商会エチゴーヤだけのことは在り、護身の術を弁えているという事だ。


 サーシャも意外な返信に、愛用のパイプを取り出すことも忘れて、招待状を食い入る様に読み込んでいた。

「フーッ……やられましたわね、お兄様。これはエチゴーヤ商会の保険の様なものね。王家が参加したと成れば、奴隷売買も合法とお墨付きを与えるに等しいわ。それにしても奴隷売買なんかに、一国の王が無視しないと何でタカを括ってるのかしら?」


 シャラクは珍しく、渋い表情を浮かべると思い出すように言った。

「最初の親書には、思わせぶりな文言が記されておりましたのぅ」


「あの格安ってヤツか?」


 シャラクは首を横に振りつつ、続けて言った。

「確か“希少な”と。あれは通常の奴隷売買でない事を、暗喩しているのやも知れませんのぅ」

 

 しかしサーシャは、結論めいた声色で話を打ち切った。

「だけど、ここまで首を突っ込んでおいて、不参加って結論は出せないわね。お兄様が参加するだけで、全てが計画通り進むのですから」


 俺はそこまで無理して、決行するべき案件なのか?疑問を抱き始めていた。

 しかし、一旦赤い瞳に$マークを浮かべてしまった妹のサーシャの意向には、国王と云えど逆らえなかった。


(なんて権威の無い国王なんだろう……。絶対王政って何?王権神授説って何?それって美味しいの?)


 取り敢えず決まってしまったことは仕方がない。

 俺は仕方なく、謁見の間でエチゴーヤ商会の番頭バトラーに参加すると返答することにした。



(俺の国って策士の参謀役は妹だけ?)

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