Episode.002 俺の国って変人ばかりが集うよな?
俺はこう見えても、剣の鍛錬を毎日欠かしたことがない。
「ラウール様、昨日は剣を握ってもいないはずですが?」
(いや昨日は、俺のエクスカリバーを……って!)
「だから、シャラクは勝手に人の心を読まないように!」
執事のシャラクがいると剣の鍛錬も真面目に出来そうにないので、残った政務の仕事を任せて、練兵所に向かう事にした。
かつて、俺は唯一の王太子だったため、周囲から国の将来と期待とを一身に背負わされていた。
特に父王からは、将来を過大に嘱望されていたため、俺にとってはプレッシャーでしかなかった。
俺がまだ幼い頃から国の内外を問わずに、それこそ金に糸目も付けずに、高名な学者や魔導士、剣術師範などが家庭教師として雇われた。
(まぁ大半が、高額報酬目当ての詐欺師だったけどね)
その所為からか、勉学も魔法も中途半端にしか学ぶことが出来なかった。
要は神童などと、持て囃された経験は一度も無かった。
もっとも、本当に高名な学者が教えたところで、幼い子供のIQが高くなる訳が無いのだ。
(アインシュタイン博士が、子供に一般相対性理論の方程式を並べて、教えるようなもんだ。えっ?アインシュタイン。さぁて何のことやら……)
しかし剣術だけは違った。
多くの剣客が招かれた。
大抵は何とか流の師範なんて名乗ってはいたが、要は剣さえ打ち込めれば実力を認めざるを得ない。
だから俺は、未だに聞いたことがない、複数の流派の免許皆伝者なのだ。
俺は幼心にも、詐欺師たちに騙されていることに気が付いていた。
しかし父の体面にも関わるので、なるべく早く出て行ってもらうことにしていた。
ある自称一流の老剣士はこう言った。
「儂に隙が有ると見たら、この木剣で好きに打ち込んでみなさい」
そこで夜陰に紛れて、トイレから出てきたところを、木剣でボコボコに叩きのめした。
また或る時は寝室で寝息が聞こえる間は待って、寝静まったところを襲い、木剣でボコボコに叩きのめした。
すると一週間もすると、免許皆伝の儀式だけ済ませて、全身打撲やら骨折やらで城を去って行った。
(まぁ高額の給金から治癒魔法で、いくらでも治せるんだけどね)
つまり幼い頃から、相手の隙を衝く技量と、剣による打撃力だけは磨きが掛けられたのだ。
(一撃で致命傷を負わせられないと、反撃の機会を許してしまうからね)
「剣の道に恥じない国の王に、俺はなる!」
俺は高らかに、気合を入れ直した。
そして今日も重い一撃を繰り出すべく、練兵所に向かうのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
練兵所には凡そ五十名単位の部隊が、いくつか集まっていた。
小なりとは云え、国家なのだ。
ちゃんと組織された兵士がいる。
皆は俺の姿を見るなり、動きを止めて統率の取れた所作で最敬礼をする。
俺は皆に普段通り、訓練に戻る様に命じると、今日の練習相手を目で探した。
部隊長たちも毎日のことなので、それと無く視線を外す。
その中で一際豪華で真紅の鎧を纏った、女騎士と目が合ってしまった。
(しまった!クッコロさんだ)
クッコロさん……じゃなくて、名前何だっけ?多分カレンとかいう元帝国騎士だ。
カレンとは名ばかりで、可憐とは程遠い。
見た目だけなら、普通に美人騎士と言ったところか。
燃えるようなロングの赤髪をポニテにまとめて、眺めているだけなら無害なのだが……。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
彼女がこの国に訪れたのは、昨年のことだ。
城門の前で、何やら不審な騎士がいると、城内で噂になっていたのだ。
「頼もぅーっ!」
早朝から辺りに響くような声を上げると、暫らく豪華な剣の柄を握りしめ、城門を睨み仁王立ちしている。
更に五分経つと再び。
「頼もぅーっ!」
そんな事を俺が起き出すまで続けていたらしく、城内ではこの不審者に対する緊急会議が招集されていた。
俺が興味本位で、会議に顔を出したら御前会議となってしまった。
(もっとも、間もなく午後に成ろうかって時間だったけどね)
ゴッホン……風邪かな?
とにかくあの声は妙に通るので、城内に居ても何か気になってしょうがない。
そこで誰か適当に一部隊を纏めて、鎮圧……じゃなくて事情を確認に派遣した。
数十分後……。
「頼もぅーっ!」
再び深淵なる呼び声が、轟き始めた。
仕方なく精鋭の近衛騎士団の団長パテックと共に、城門まで確認に出掛けた。
城門前には先程、事情を聴きに先行させていた兵士数十名が気絶し、或いは負傷して蹲っていた。
「お前は何者で、何の用だ?」
俺は兵の心配というよりは、好奇心から尋ねてしまった。
女騎士は、俺を見遣るとフッと嘲るように見下して言った。
「お子ちゃまが出てくる
要は
直ぐにお引き取り願った。
「なんだ!やはりこの国の者達は、腰抜けばかりか?こんな子供の後ろに隠れているのが、近衛騎士なのか?くぁはっはっはっはっはっはっはっは……ゴホンゴホン」
(喉がイカレたかな……)
ここに居る全員が、同じ事を思っていたに違いない。
即ち早く帰ってくれと……。
しかしさすがに近衛騎士団長。
俺の斜め前まで進むと、大声で言い放った。
「ええい、痴れ者よ控えるがいい。この御方が目に入らぬか!この御方こそ我がロレーヌ国王、ラウール様であるぞ。頭が高ーい、控えおろぅ」
良い感じで言ってはいるが、近衛騎士団長パテックは態良く、俺を危険人物に売ったのである。
後日、降格人事が行われたのは言うまでもない。
カレンとか言う女騎士は、不敵な笑みを湛えつつ、俺に向かって言った。
「じゃあ国王様と一戦交えて、もしもアタシが敗けたら一生臣下としての忠誠を誓おう。その代わりに、アタシが勝ったら遠慮なくこの国を頂くぞ!」
(勝っても敗けても、この国に居座る積り満々なのでは?)
俺は一戦交えない方向で、思案を巡らせた。
すると城門の陰から、チラ見している家政婦の如き、執事のシャラクを見つけた。
俺はシャラクに近づくと、小声で訊ねた。
「お前の
シャラクは残念そうに首を振った。
「あの手の脳筋には、
(あの読心魔法は
「せめて相手の攻撃する場所とか、事前に分からないか?」
「そこが脳筋の恐ろしいところで、考えてる事と行動が一致せぬのですよ」
シャラクは残念な者を見る目で、女騎士を見詰めていた。
「おぉーそうであった!ラウール様が対戦なさるなら、初撃の一手くらいは読み取ることが出来るやも知れませぬぞ。相手が子供……ウォッホン。若き王ともなれば、通常の思考通りに剣を振るかと存じまする」
そうして女騎士と練兵所に場所を移して、模擬戦の形式で試合をする運びとなった。
そこで両者訓練用の革鎧に着替えて、木剣で試合することとなった。
しかしだ……。
「この革鎧は、キツくて着難いのぅ」
着付けた途端、筋肉をパンプアップして見せると、革鎧はブチブチと異音を立てたかと思うと、無惨にもはち切れて、只の鞣革に成り果ててしまった。
(きっと生身の方が革鎧なんかよりも、頑丈なんじゃないだろうか?)
そこで先程、城門前に倒されていた、兵士数十名の事を思い出していた。
よく一騎当千なんて言葉が有るが、あれは妄言だ。
数の暴力は、指数関数的に力を増していく。
余程の剣士でも、五名同時に勝てれば凄腕だ。
しかしあの場には、軽く十倍以上の兵士たちが倒されていたのだ。
「亡き父様、母様。この国を護り切れずに申し訳ありません。その上、俺…今日が命日になるかも知れません」
俺は独り言ちた。
(後はシャラクの読心魔法が、どこまで当たるかだな)
シャラクは、体格差から一撃目はわざと大きく振り被って、相手の動きを封じ込めるように、利き手の肩口を狙ってくるとの事であった。
その対処法を聞いたが、無いそうである。
まず相手の初撃を躱しても、その太刀筋は徐々に勢いを増すだろうし、二撃目以降は本能のままに、木剣を振るって来るので先が読めないし、止められないらしい。
俺は試合場で相手に対峙すると、開始の合図とともに相手の懐に飛び込んだ。
大振りに振り被った隙は、ここしかないと思った。
相手は意表を突かれてか、後ろに仰け反ったまま倒れ込んでしまった。
俺は数ある免許皆伝の奥義の内、
俺は馬乗りになり、
しかし相手は、騎士とは言え女性だ。
顔や胸などを避けつつ、木剣を叩きつけた。
無勝手流奥義『打つべし打つべし』は、数の暴力の手数版だ。
一打一打が力不足でも、数打つことによりダメージを与え続ける。
そして反撃の隙を与えないことで、相手の心を折ると言う心理的奥義だ。
やがて……カランっと乾いた音が鳴ったかと思うと、女騎士は木剣を手放して、大の字になって大声で言い放った。
「くっ……ころ……」
「言わせねーよ!」
俺は近くに転がっていた元革鎧の残骸を、直ぐさま相手の口に押し込んだ。
(俺は悪徳貴族でもなければ、オークでもないんだ!)
しかし口を閉じられた女騎士は、諦念の表情を浮かべると静かに瞼を閉じた。
その閉じた瞳からは、幾筋かの水滴が零れ落ちていた。
周囲からはツンドラ気候の様な、冷やかな視線が注がれていた。
その中には、教会から負傷者の治療に駆け付けていた婚約者と、妹の姿も目に入った。
俺は無言で立ち上がると、私室に向かったのだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
長い回想であったが、カレンとか言う女騎士と目が合った時に、走馬灯のようにその時の光景がフラッシュバックしていたのだ。
正直、最悪のトラウマであった。
俺はクルリと、もと来た道を引き返した。
(俺の国って変人ばかりが集うよな?)
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