第7話

「二人共、ご無事でしたか」

 アイリスが小走りでオルテガとローラを迎える。

 その後に続いて、ロクサーヌ達も茂みの中から姿を現す。


「少々、ローラの方は負傷しましたが、敵をりました」

「ローラは、大丈夫なの?」

「ええ、応急手当は、魔法で済ませております」

「はぁ~。それを聞いて安心しました」

 アイリスが、安堵あんどのため息を吐く。

「それより、使える馬は、何頭残ってる?」

 オルテガが魔法使いの爺さんに尋ねる。

「攻撃に巻き込まれたり、逃げたりで……。ひい、ふう、みい――四頭じゃのう」

「爺さんは、馬を操れるか?」

「ああ、大昔に習っているからな」

「では、馬二頭に馬車を引かせて負傷者を連れて街に戻ってくれ」

「確かに。今のわしらじゃ力不足で足手纏あしでまといになるからのう」

「すまんが、そういう事だ。必要最小限の人数でこの状況を突破したい」

相分あいわかった。聞いた通りだ。動ける者は、馬車の修理を手伝ってくれ」

「はっ」

 爺さんは、兵達に指示を出すと、作業に取り掛かった。


「では、ロクサーヌさんもそちらに」

 そう聞かれたロクサーヌは、無言で首を横に振る。

「馬には四人まで乗れるはずです。私も行きます」

「話は聞いていましたか? 今は――」

「分かっています」

「だったら――」

「ロクサーヌ、貴女あなたがアイリス様を心配する気持ちは分かるけど、今は我慢してちょうだい」

 見兼みかねたローラが会話に割って入る。

「いざとなったら、見捨ててもらって構いません。ですから私を――」

「そんな事は、出来ない」

「そんな事、出来る訳ないでしょ」

 かさずオルテガとローラが反応する。

「ふふふ。二人共、息ぴったりですね」

 そんな様子を見たアイリスから、思わず笑みがこぼれる。

「ロクサーヌ。この後、どんな危険が待ち受けているか、誰にも分からない。心配してくれるのは嬉しいけど――」

「どんな危険が待ち受けているか分からないからこそ、おともさせて下さい。お願いします!」

 ロクサーヌは、アイリスに対し、深々と頭を下げた。

「仕方ない。四人で王都を目指そう。ただし、自己犠牲的な真似だけはしないと約束して下さい」

 オルテガは、既に根負こんまけしていた。

「ありがとうございます」

 ロクサーヌは、笑顔で答えた。


             *


「では、わしらは先に街に戻っておるぞ」

 馬の手綱たづなを握った爺さんが声を掛ける。

「ああ。頼む」

「では、ご武運を」

「爺さんもな」

 こうして、爺さんは、負傷兵と共に街へと戻って行った。


「それにしても、お前達。こんな大規模な襲撃を受けるなんて、少し位、何か心当たりはないのか?」

 オルテガは、皆に向かって問い掛けた。

「狙われる理由は、正直、分かりません。今回の旅の目的も兄の葬儀に参列する為ですし――」

 アイリスは、素直にそう答えた。彼女の言葉に嘘は無さげであったが、ローラとロクサーヌは、少し目をらしているように見えた。


「王都……、兄……。そう言えば、第二王子の葬儀が近々行われると聞いたが――、偶然か?」

「いえ、僕の兄は、その第二王子の――」

「おい、今、なんて言った!」

 オルテガは、思わずアイリスの肩をつかみ言った。

「おい、無礼であろう」

 それに対し、ローラがあわてて間に割って入る。

「この国に王女が居たなんて、そんな話、聞いた事がない……」

 オルテガは、何かを考えている様子だった。

 一方、ローラはアイリスの前に立ちはだかり、警戒を続けていた。

「まさか!」

 オルテガは、何かに気が付いたかのようにアイリスの元へと向かった。それに対し、ローラが割って入る。

「ちょっと失礼するぞ」

 オルテガは、ローラをどかし、アイリスの方へと近付いて行く。そして、迷わず彼女の股間に触れた。

「なっ、何をするんですかっ!」

 アイリスが、体をよじりオルテガの手から逃れる。

「おい! オルテガ、貴様っ!」

「だから、先に失礼すると言った。そんな事より、お前、男だったのか?」

「アイリス様に対して無礼であろう」

「何が無礼か! こんな重要な情報をかくしやがって」

「二人共、止めて下さい」

 にらみ合う二人に対し、アイリスが割って入る。

「オルテガ様、アイリス様は、男子である事をかくしていた訳ではありません」

「はぁ?」

 納得のいかないオルテガは、アイリスに続いて会話に入って来たロクサーヌに対しても、不信の眼差しを向けていた。

「ロクサーヌ、僕から説明するよ」

「ですが――」

「僕は、生まれつき、心が女なんだ」

「はぁ?」

「何を言っているか分からないと思うけど、これが、僕が辿たどいた結論なんだ」

「…………」

物心ものごころがついてからずっと、自分が男である事に違和感を覚えていたんだ。こんな状況だから詳しい説明は避けるけど、自分は女だと思うと納得出来る事が多かった。だから、思い切って女性の格好をして女性として生きる事にした。そうしたら、何か重荷が降りたように感じたんだ。それ以来、僕はずっと女装をしている。そのせいで王都から別荘に隔離かくりされていた訳なんだけれど――」

 アイリスは、そう言い終わるとうつむいてしまった。


 の告白を聞き終えたオルテガは、大きく息を吐いた後、再び口を開いた。

「アイリス様、無礼な行い、誠に申し訳ございませんでした。しかしながら、少しだけ言い訳をさせて下さい。権力を狙う人間にとって、貴女あなたが男である事実を重視する人間もいるという話です。そこに貴女あなたの意志は関係ない。王族の権力争いは、今回のように一般人をも巻き込みます。王族とは、それだけの責任を持っているという話です」

「そうですね。僕が迂闊うかつでした。反省したところでつぐないきれるかどうかは分かりませんが――」

 アイリスは、破壊された馬車を見やりながら言った。


「間違わないで下さい。貴女あなたに今回の責任を押し付けたい訳ではありません。くまでこの惨劇の責任は、襲撃犯にあります」

「分かっています。僕を思って忠告してくれたのでしょう? あと、もう敬語は使わなくて良いです。その方が、本音で接して貰えているようで嬉しいです」

「それは……面目ない……」

 オルテガは、一時的にでも、こんなに年の離れた子に対し、感情的に接してしまった事を恥じていた。そして、頭をポリポリといていた。


「で、これからどうするの?」

 一段落ひとだんらくついたところで、ローラが話に入って来た。

「二人ずつに分かれて、馬に乗って王都を目指す。馬を操れるのは――」

「私と貴方あなただけよ」

「では、あとは、アイルス様をどちらに乗せるかだな」

 結果、オルテガとロクサーヌ。ローラとアイリスの組に分かれて馬に乗る事となった。

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