第6話

――渓谷出口付近――


中々粘なかなかネバりますね、お嬢さん」

「ふん。これでも私は、アイリス様の近衛隊このえたいの隊長という大任たいにんを亡き父からまかされたの。そう簡単にられる訳にはいかないの」

「そうは言っても、貴女あなたは、逃げ回ってばかりじゃないですか。そんな事では、私に勝つどころか、傷一つ付ける事は出来ませんよ」

「そう思うんだったら、さっさとそこから降りて来て、正々堂々、戦いなさいよっ!」

「ご冗談を。自らこの優位な状況を捨てる馬鹿等おりはしませんよ」


 その魔導士は、ちゅうに浮きながらローラを攻撃していた。彼は、黒いローブを風にひるがえしながら、狩りでも楽しむかのように、地上で右往左往うおうさおうしているローラに次々と魔弾まだんを撃ち込んでいた。


「早く逃げないと、直撃をらってしまいますよ~」

「性格の悪いっ!」

 ローラは、右に左にその攻撃をかわしてはいたものの、空にいる敵に対し、すべを持っていなかった。


 ――あいつが皆を助けるまではっ!


 ローラは、歯をいしばりながらも必死になって時間を稼いでいた。

 しかし、それも限界に近付きつつあった。


「おっと、手がすべってしまった」


 ガキンッ!

 魔導士の放った魔弾まだんが、ローラの盾に当たり爆散ばくさんする。

 ローラは、その衝撃しょうげきで体勢をくずし、後方へと転んでしまった。


「しまったーっ!」

「遅いっ!」

「ウアァァァッ!」


 魔導士の放った光の魔弾まだんが、ローラの肩をつらぬく。

 ローラは、苦悶くもんの表情を浮かべていた。


「そろそろですね。とどめをさせて貰います」

「こちらがな」

「何?」


 魔導士が勝ちを確信したその時だった。


 彼がその声に反応した時、オルテガは、風をまといながら空を飛び、すでにその目前にせまっていた。


「悪いな。俺は、この国では最速だ」

 オルテガは、すれ違いざまに剣を振りぬくと、魔導士の体を上下に分断した。そして、そのまま地上へと着地した。


 体をぷたつにかれた魔導士は、浮力を失い、その上半身と下半身は、別々となって地上に落ちて行った。


 グシャリッ。

 水分を含んだ嫌な音が周囲に響き渡る。


 このような状態でもなお、魔導士の男は生きていた。臓物ぞうもつを含んだ血が地面に散らばっている。そんな彼の元へオルテガが、歩み寄って行く。

「聞いた事がある……。お前が『神速しんそくの――』……。ぐぶっ!」

「戦場で、そうはしゃぐもんじゃない。そういう奴から死んでいく。れる時には、っておくものだ」

「もう聞こえてないでしょう?」

 ローラが肩を押さえながら、オルテガの横に立つ。

「私は、決着がついてから寝るタイプだ。敵が生きているうちに長話はしない」

「何それ。もしかして、うさぎかめの話? だからって、死人に向かって話したって意味ないでしょ?」

「お前をあそこまでいたぶってくれたんだ。この位は言わせて貰わないと気がおさまらん」

「それって、私の為って事?」

「味方を侮辱ぶじょくされて怒らん奴の方がどうかしている。それにしても良く頑張ったな」

「あ、あれくらい……、当たり前よ……」

 ローラは、その言葉とは裏腹うらはらに、褒められた子供のように喜んでいた。


 そんな会話を続けながらも、オルテガはしゃがみ込み、何かをしようとしていた。


「何やってるのよ?」

「冒険者の指輪を確認してる」

「暗殺者が、身元が分かるような物、持っているのかしら?」

「こういう自信家は、大抵たいてい、自分が死ぬ事を想定していないものさ」

「ふ~ん」

 ローラは、オルテガの背中越せなかごしに彼がやる事をのぞんでいた。

「こいつ、甘ったるい香水なんてつけやがって」

 オルテガは、少し顔をゆがめながらも魔導士の死体をさぐっていた。

「やっぱりあった!」

 オルテガは、彼の指輪を見付けると、したり顔でローラの方へと振り向いた。

「はいはい、偉い偉い」

 ローラは、あきれた表情でそれに答えた。


「さて、お姫様達の元へ戻るか」

「そうね。早く報告して安心させてあげないと」

 オルテガは、証拠品の指輪を回収すると、すぐさまきびすを返し、ローラより先に歩き始めた。


「あの……」

「何だ?」

 オルテガが振り返る。

貴方あなた……、強いのね。見直みなおしたわ。その……、助けてくれて……ありがとう……」

 オルテガは、目を丸くしてローラの顔を見ている。

「なっ、何よ。折角せっかく、勇気を出してお礼を言ったのに……」

 ローラは、耳まで赤くしながら、そのほほをプクリとふくらませていた。

「すまん、すまん。あまりに意外な言葉が出てきたもので驚いてしまった」

「いいわよ、もう! 二度と言わないから」

「すまん、すまん」


 二人は、こうしてたわむれながらも、アイリスの元へと歩を進めていた。

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黄昏勇者の災難 ~受付嬢に騙される。そして、再び王都に殴り込む。~ 善江隆仁 @luckybay

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