第5話

 どの位の時間が経ったのだろうか?

 オルテガ、アイリス、ローラの三人は、渓谷けいこくの中央にある街道かいどうの脇の茂みに身をひそめていた。


 ガラの悪い兵達がアイリス達の乗っていた馬車付近まで到達する。


「さっさと歩け!」

「年寄りと怪我人に無理を言いなさんな」

「うるせぇ!」

 魔法使いの爺さんが背中をられている。

 彼と前方にいた兵達は、すでに敵兵の捕虜となっていた。


「爺さん達は無事だったようだが、厄介やっかいなのはこれからだな」

 オルテガの予想は、当たっていた。


「おい、誰かいるぞ」

「キャアッ!」


 馬車を探っていた兵がロクサーヌを見付け、外へと引っ張り出す。

「綺麗な顔した姉ちゃんじゃねぇか」

 馬車の上に登り、ロクサーヌを引き上げた男が下衆げすみを浮かべる。

「おい、こっちにも見せてくれよ」

「ほらよっ」

「キャーーーッ!」

 男がロクサーヌを馬車の上から放り投げると、それを下にいた男が受け止めた。

「ホントだ。綺麗な顔した姉ちゃんじゃねぇか。それに匂いもたまんねぇぜ」

「や、やめて下さいっ」


「おい、まだ近くで見ているんだろう? このメイドがどうなっても良いのか? まぁ、俺達としては、かくれていて貰った方がこのメイドでたっぷり楽しめるからなぁ。そのままそこで見ていると良いぜ。ガッ、ハッ、ハッ、ハーッ」

 彼らの下品な笑い声が渓谷けいこくに響く。


「出て来ては、なりません。私は、どうなってもかまっ――、キャーッ!」

「勝手に喋ってんじゃねーっ」


 兵の一人がメイドを殴り付ける。


「ねぇ、ロクサーヌを、ロクサーヌを助けられないの?」

 アイリスがローラに問い掛ける。

「申し訳ございません。今の私の力では、全員を救う事は……」

「ローラ……」

 ローラは、ただ下唇したくちびるみしめ、くやしさをにじませていた。

「何故、あんな事を……。僕の事が目当てなら、さっさとこちらを探しに来ればいいものを――」

「茂みを捜索そうさくするには、兵の数が少な過ぎるのでしょう。くそがっ、狙撃手の魔導士さえ何とか出来れば、たいした敵ではないというのに……。さっさとその顔、見せてみろ」

「はぁ? あんた、今、なんて言ったの?」

 ローラがオルテガの言葉を聞いて反応する。

「だから、さっさと顔を見せろと」

「違う、その前よ。たいした敵じゃないって言ったぁ?」

「ああ。それが、どうした」

「どうしたじゃないわよ! 助けられるんなら、さっさと行って助けてなさいよ」

「俺の話を聞いてたか? 魔導士の狙撃手がいるんだよ。あいつだけは、見過ごせん。この姫さんをそいつに撃ち抜かれたらそこで終わり。人質も用済み。救える命も救えなくなる。だから、こうして慎重に様子をうかがっているんだ」

「だからって……」


「イヤーーーーーーッ」

 ロクサーヌの服が破られると同時に、彼女の悲鳴が渓谷内けいこくないに響き渡る。

「早くしないと、このメイドがどうなっても知らんぞ」

「ハッ、ハッ、ハッ、ハーッ」

 兵達の笑い声が再び木霊こだまする。


「魔導士がいなければ、助けられるの?」

「ああ、それが?」

「私が、奴をける。貴方あなたは、そのすきにロクサーヌ達を助けて」

 ローラは、厳しい視線をロクサーヌ達の方へと向けていた。

「お前と俺がここを離れたら、誰が姫さんをまもるんだ? その作戦はダメだ」

「オルテガさん、行って下さい。僕は、安全な場所にかくれています。して捕まりません」

「何度も言いますが――」

「分かっています。ですが、ここで彼女達を見捨ててしまったら、僕の心は、死んでしまいます。生きている意味もありません」

「私もよ」

 アイリスとローラは、真剣な眼差まなざしでオルテガに訴えた。

「はぁ~。では、ローラの作戦を実行しよう」

「ええ」

 ローラは、嬉しそうに答えた。

「だが、死ぬなよ」

「もちろん」

「あと、姫さんも。絶対に見付かるな。皆の命がかってる」

「分かりました」


「あと五つだけ待つ。ーっ」

 兵達が舌なめずりをしながらロクサーヌを見ている。

よ~ん


「ローラ、お前は前方に向かってぱしれ。魔導士だけを相手にしろ。ここに集まった兵は、私が全て引き受ける」

「分かったわ」

さ~ん

「では、作戦開始だ」

に~

 二人は、茂みから一気に飛び出した。


「ロクサーヌさん、目をつむって」

「えっ?」

 ロクサーヌは、その言葉の意味が分からずにキョトンとした表情を浮かべていた。


いちっ!」

 飛び出して来たオルテガが、カウントを引き継ぎながら敵を次々とはらう。この時、すでに後方の三人の兵がてられていた。


 彼らの血が剣先で尾を引いている。


「何っ!?」

 ロクサーヌを捕えていたリーダー格の兵は、咄嗟とっさに彼女を離し、後ろに振り返る。だが、時、すでに遅かった。


ぜろだ」

 リーダー格の兵が自身の腹に視線を向けると、彼の腹には、オルテガの剣が深々と刺さっているのが見えた。

 オルテガは、その剣をそのまま横へと引き抜いた。

 腹をかれ崩れ落ちる兵の後ろで、ロクサーヌが呆然ぼうぜんとへたり込んでいる。その顔は、返り血で汚れていた。


「こういう残虐ざんぎゃくなシーンを御婦人には見せたくなかったのですが――」

 オルテガは、ロクサーヌの手を取り言った。

「すみません、ロクサーヌさん。お顔を汚してしまって」

「いえ……。助けていただき、ありがとうございました……」

「ブラジャーまではやぶけていないようですが、胸はかくした方が良いでしょう」

 オルテガのその言葉に、ハッと我に返ったロクサーヌは、あわてて胸をかくした。


「爺さん、あの茂みまで走れるか?」

「無理じゃ。ワシはかく、怪我人が多過ぎる」

「では、狙撃をけられるよう、馬車の影へ」

「分かった」

 爺さんは、オルテガの言葉に従い、兵達と協力して負傷者を馬車の影へと運んでいった。


「ロクサーヌさんは、あっちの茂みの方へ。姫さんがお待ちです」

「わ、分かりました。貴方あなたは――」

「私は、まだ一仕事ひとしごと、残っています。あの小生意気こなまいきな女騎士を助けに行かないと――」

「ローラ様を宜しくお願いします」

「無論です。さぁ、早く避難して下さい」

「分かりました。ご武運ぶうんを」

「そちらも」


 オルテガは、前方へと視線を向けた。

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