第3話

――街を出発して数時間・街道――


「ちなみに護衛は王都に着くまでで良いのか? 中に入る必要は、ないよな」

 オルテガが御者ぎょしゃの隣の席から箱の中に向かって問い掛ける。

「それで良いと思うけど、入りたくない理由でもあるの?」

 女騎士のローラが答える。

「ちょっと嫌な思い出があってな」

「どんなです?」

 アイリスが興味をかれ質問する。

「王族を怒らせて、王都から追い出されました」

「へ~。乱暴そうだものね」

「別に、間違った事をした訳じゃないぞ。だが、人間なんて薄情はくじょうなもんさ。王族に目を付けられた途端とたん、その善悪は関係なしに蜘蛛くもの子を散らすように逃げて行った」

「そりゃ仕方ありませんぜ。巻き込まれて王族に目なんか付けられた日にゃあ、庶民なんて一発でアウト。死活問題でさぁ」

 御者ぎょしゃの男が答える。

「そういえば、あいつらも似たような事を言ってたな」

「そうでしょう」

「とはいえ、こちらからしたら納得出来るもんでもない」


 オルテガは、遠い目で空を見上げていた。彼の心とは裏腹に、空は雲一つない快晴だった。


「間違った事はしていないと言っていましたが、どういう事です?」

 アイリスが少し納得のいっていない様子でオルテガに問い掛ける。

「まぁ、到着するまで時間もありそうですし、話のさわりくらいは、お話ししても良いでしょう」

 オルテガは、アイリスの様子が少し引っ掛かってはいたが、事情を話す事にした。


「あれは、もう、数年前の話です。竜退治を評価され、みやこで働く事になりました。その時は、殺伐とした冒険者稼業ともお別れで、安定した暮らしを送れると思ったものです。まぁ、実際、良い暮らしでした。竜退治の報酬で屋敷も持ってましたし、女性にもモテモテでした。所謂いわゆる、モテ期ってやつです」

「ふん、そんなの、『竜殺し』の肩書と金目当ての女ばかりでしょう?」

 ローラは、あごに手を当て窓の外を見ながら、詰まらなそうに話を聞いていた。

「そんな事、言われなくても分かってるわい。全く、人の話の腰を折りやがって」

「旦那、そりゃ仕方ありませんぜぇ。女性は、男の自慢話が嫌いなもんです。う私ですら、さっさと本題を話せって思ったくらいでさぁ」

「はっきり言う。気に入らんな」

「すいやせん」

「で、どうして王都から追い出される事になったのです?」

 追い打ちをかけるように、アイリスが話を進めるようにうながす。


「はぁ~、どいつもこいつも――」

 四面楚歌しめんそかのオルテガは、思わずなげいた。


――数年前・王都の城内――


 オルテガは、その腕を買われ、王立の騎士団の指南役しなんやくまかされていた。

 その為、週に何度か王城の稽古場けいこばに通い、兵達に訓練をつけていた。


 ある日の事。いつものように訓練を終え、中庭を歩いていると子供の声が聞こえて来た。


 ――子供の声?


 オルテガは、王城にしのんだ子供がいるのではないかと思い、大事おおごとにならぬうちにしかりつけてやろうとその声の方へと向かった。


鬼族オーガぞくは、体が頑丈がんじょうなのだろう? それっ!」


 バシッ!


 子供の声と共に何かをたたく音が聞こえて来た。

 見れば、貴族の男の子とその友達であろう鬼族オーガぞくの子が何やらもめていた――いや、違う。貴族の子の方が一方的に鬼族オーガぞくの子をたたいていたのだ。


「おい、何やってるんだ」

「誰だ、貴様!」

 オルテガが止めに入ると、貴族の子は、あからさまに不満そうににらみ付けて来た。


「お前、私が誰だか知っているのか?」

「誰なのだ?」

「フン、下賤げせんものか。なら、知らなくても仕方ない」

「何だぁ?」

 オルテガは、男の子の態度に怒るというより、状況への理解が追いついていないといった雰囲気ふんいきだった。

「私は、この国の王子だ。だから、お前のような部外者は、下がっていろ」


 ――そういう事か。

 オルテガは、ここに来てやっとこの状況に合点がてんがいった。


「たとえ王子といえど、無抵抗の者を一方的に叩くのは、どうかと思います」

 オルテガが子供相手に苦言くげんていす。

「こいつは、私の家来なのだ。そして、こいつは、鬼族オーガぞく鬼族オーガぞくは、人に比べて頑丈がんじょうな体を持っていると言う。だから、こうしてたたいて確かめているのだ」


 バシッ!


 再び、王子の持っていた小枝がるわれる。

 鬼族オーガぞくの子の頬には、赤いすじが出来ていた。しかし、抵抗するでもなくじっと耐えていた。


「ほら、な。こいつは、たたかれても平気なのだ」

 王子がそう言いながら、再び小枝をげた。

「お止め下さい」

 オルテガは、振り上げられた王子の腕を掴んだ。

頑丈がんじょうとは言え、痛みはあるのです。をごらんください。こぶし小刻こきざみにるわせて耐えています」

「うるさいぞ、お前! 痛っ! 痛いぞ、離せ!」

「私は、ただつかんでいるだけです。この痛みに比べたら――」


「おい、お前! 何をしている! 今すぐ殿下を離せ!」

 そう声を掛けて来たのは、王子の護衛の者達だった。

「見ていたのなら、お前達が止めるべきではなかったのか?」

「殿下に意見できるのは、国王様だけだ」

「全く、情けない奴らだ」

「いいから、殿下の腕を離せ」

「へいへい」

 オルテガは、王子から手を離し、両手を上げ、交戦の意志がない事を示した。


「何をしている! こいつをひっとらえろ!」

 解放された王子がわめく。


 その後、オルテガは捕らえられ、一週間ほどろうへ閉じ込められる事となった。


――再び現在――


「その後も色々ありまして……。しかも、いつの間にか、王子をなぐった事にもなっていて――。結局、屋敷も没収され、王都からも追放されました。まぁ、今思えば、自分を追い出したかった勢力もあったのかもしれません」

「そんな……。おっ、いえ、国王様が無実の罪をかぶせてまでそんな事を……」

 アイリスは、少なからずショックを受けているようだった。


 そんな姿を見兼みかねたローラがかさず口をはさむ。

「アイリス様、このような者の言う事を信じる必要はありません。自分に都合の良い嘘を付いているだけかもしれません」

「だけど……」

「別に、信じて貰う必要もないさ。今となっては、どうでも良い話さ」

 オルテガは、そう言うと、頭の後ろで両手を組み、再び空を眺めた。


 箱馬車の中は、少し重苦しい雰囲気ふんいきに変わっていた。

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