第2話

――街の入口付近――


 街は、魔物の侵入を防ぐべく、防御壁で取り囲まれている。

 衛兵の立つ門をくぐり抜けると、そこには、今回の依頼主である一行が待っていた。


「意外と大所帯おおじょたいだな」

 オルテガは、思わずつぶやいた。


 そこには、三台の馬車が待機していた。前後を幌馬車ほろばしゃはさまれ、中央には装飾品のほどこされた箱付きの四人乗りの馬車が停まっている。明らかに中央の馬車が貴族用であろう。前後の幌馬車ほろばしゃには、衛兵も数名ずつ乗り込むようだ。


「これだけ衛兵がいるというのに。私の手が必要とは、とても思えんな」

「それは、私も同感ね」

 オルテガの背後から声を掛けてきたのは、若い女騎士だった。


 彼女は、二十歳はたちそこそこの凛々りりしくも幼さの残る顔立ちで、その長い金髪を側面のやや後方で二つに結んでいた。所謂いわゆる、ツインテールというものだ。装備は、比較的軽装で紺を基調とした服の上に銀色の胸当てと足回りの装備を一式装着していた。


「こんなおじさん、役に立つの?」

「見かけで判断しなさんな。彼は、『竜殺し』の称号を持っていると聞きましたぞ」

 女騎士の横で長いひげたくわえた魔法使いの爺さんがフォローを入れる。

「どうせ昔の話なんでしょう? すでに腕がなまってるんじゃないの」

「こら、ローラ、失礼じゃないか」


 オルテガが振り向くと、今度は、馬車の方から一人のメイドを従えた貴族の少女が歩いてくるのが見えた。


「ローラ、先に馬車へ行って待機していてくれないか」

「はっ」

 ローラは、アイリスに敬礼すると馬車へと向かって走って行った。


「付きの者が失礼しました」

「もしかして、貴女あなたが――」

「ええ。依頼主のアイリスと申します」

 アイリスは、そう言いながら挨拶あいさつをした。

 隣のメイドも静かに頭を下げている。


 アイリスは、女騎士より更に若く、十六せいじんに達しているかも怪しかった。彼女は、ショートカットのボーイッシュな面持おももちで少し中性的な印象をかもしていた。

 見れば、彼女も紺を基調とした豪華な刺繍やレースの飾りの付いたドレスを着ている。お付きの者達も皆、紺を基調とした衣装を着ている。どうやら、一行は、彼女の好みに合わせているようだった。 


「私は、オルテガと申します。この街で冒険者をしております」

「お話は聞いております。黒龍退治の経験がお有りとか」

「昔の話です」

「ご謙遜けんそんを」

「しかし、依頼主の方がこんなにお若いとは――」

「よく言われます」

 アイリスは、照れ笑いを浮かべた。

「いや、失敬しっけい。護衛を依頼する位の貴族と聞いて、勝手に年の行った方を想像しておりました。年を取ると、どうしても固定概念が出てきてしまう。悪い癖です」

「そこまで気にはしておりませんので、お気になさらず」

 オルテガが丁寧に言い訳をしている姿を見て、アイリスは、申し訳なさそうに気遣いを見せた。


「しかし、あんなお嬢ちゃんが最前線に立っているとは、世も末だな」

「貴殿も見かけで判断しなさんな。彼女の腕は、一流だ。父上を亡くされてからずっと、頑張って役目を務めている」

「だが、実戦経験はあるのか?」

「さすがにこの平和な世の中じゃ。そうそう実戦経験等積めんよ」

「なるほど。この部隊には、老兵こそが必要という訳か」

「そういう事じゃ」

「だが、確かに平和な世の中だ。俺の出番もあるかどうか――」

 オルテガは、この時、あまり深く考える事はしなかった。

 

「ローラは、けして悪い子じゃないのですが――」

「これも給金きゅうきんの内と思って我慢しますよ」

「すまんの~。ワシが少し強引に話を進めたばっかりに」

「というと?」

「先にも話したが、アイリス様の部下達は、皆若く、優秀だが経験が少なくてのう。それでワシが、経験の豊富な冒険者を一行に加えるよう提案したのじゃ。どうやら、それが、彼らのプライドを傷付けてしまったらしく――」

「なるほど、それで俺に嫌悪ヘイトが向けられたという訳か」

 オルテガは、やれやれといった表情で馬車の付近にいるローラや衛兵達の姿を見やった。


「まぁ、あのくらいの年頃なら、そんな事もあるかもしれないな。実力があり、挫折ざせつもした事の無いエリートならなおの事……」

「それに加え、彼女の場合は、父を失ったばかりで気負きおっている。そういう訳じゃから、あまり気にせんで貰いたい」

「ああ。分かった」

「すまんのぉ」

 魔法使いの老人は、ばつが悪そうにオルテガに謝った。


「さて、挨拶あいさつませましたし、出発しましょう。順調に行けば、今日の夕方には、王都に到着出来るでしょう」

 そんな様子を見兼ねたアイリスが、場の空気を変えるように声を掛ける。


「では、オルテガ殿は、真ん中の馬車の御者ぎょしゃの隣に座って下され。ワシは、衛兵達がいる先頭の馬車に乗って警戒の任に当たりますゆえ

「了解だ」

 オルテガは、魔法使いの老人の指示に従い、中央の馬車へと向かった。


 こうして一行は、王都へ向かい、出発する事となった。

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