第1話

――数年後――


 天庭スカイガルドと呼ばれる島国の東側の領地、そのとある街の冒険者ギルド内。


 オルテガは、いつものように他愛たあいのない会話を楽しんでいた。

 結局、屋敷も没収され王都を追い出された彼は、その身一つでこの街に流れ着いていた。

 今では、気ままな一人暮らし。宿屋の角部屋に滞在し、冒険者稼業ぼうけんしゃかぎょう生業なりわいとして生活していた。


「ふう。クエストを完了してきたでござる。朝のひと仕事は、気持ちが良いものですな」

 小袖こそではかま。『刀』という珍しい武器を持った小太りの眼鏡をかけた男が、当たり前のようにオルテガの対面の席に座る。彼は、異国から流れ着いた外国人で、とある理由からこの地に住み着いている。


「ござる殿は、今日も精が出ますな」

 オルテガがござるを揶揄からかう。

「オルテガ殿がサボり過ぎなのでござるよ。腕は立つのですから、もう少し真面目に働いても罰は当たらぬでござる」

「俺は、生活が出来るだけの稼ぎがあれば、それで良いのさ。だから、自分のペースで働かせて貰う。う、ござる殿も、実のところ、お気に入りの受付嬢のポイント稼ぎの為にあくせく働いているのであろう?」

「そ、そんな事は……、ないで……、ござるよ……」

 この時、ござるの目は、完全に泳いでいた。


             *


 ここのギルドでは、少し変わったシステムを採用している――受付嬢のランキングシステムである。

 冒険者のなり手不足が深刻化している昨今。ギルドは、様々な手段を試行錯誤しこうさくごし、クエストの消化率を上げてきた。その一環いっかんが、受付嬢の人気ランキングシステムである。

 冒険者達は、『し』と呼ばれる好みの受付嬢の為にクエストをこなし、彼女達にポイントを入れる。そのポイントによって受付嬢のランキングが決まるという仕組みだ。

 このシステムは、予想以上に効果を発揮した。

 元来、冒険者にならないような非力ひりきな者達からも志願者が現れ、彼らは、魔物討伐こそ出来なかったものの、薬草集め等の雑用をこなし、クエストの消化に貢献こうけんした。

 こうしてギルドは、冒険者稼業ぼうけんしゃかぎょうの活性化に成功したという訳だ。


             *


 オルテガとござるが、そんな会話をしていると、彼らにするどい視線を向けながら、その横を通り過ぎていく者がいた。

「オルテガ殿、剣鬼けんきさんに何をしたでござるか?」


 剣鬼けんきとは、ここの第一位ナンバーワン冒険者の事である。

 剣鬼は、鬼族オーガぞくの女騎士であり、彼女は、種族的に恵まれたその身体能力をかし、あっという間にこのギルドの第一位ナンバーワンまで登り詰めた。

 彼女の実力であれば、王都のギルドで更なる高みを目指す事も出来たであろうが、何故か、このギルドにとどまり働いていた。


「何度も言うが、俺は、何もしてないぞ」

「そんな訳ないでしょう? 何もしてないのに、毎朝、あんなににらんでくるなんて……。きっと何かしたのでござるよ。それとも――、もしかしたら、『剣鬼けんき』と呼ばれるほどの彼女の事でござる。そのストイックな性格が、オルテガ殿のようななまけ者を許せないのでござろう」

「そんなの大きなお世話じゃないか。全く迷惑な話だ」

 話が一段落ひとだんらくついたところで、オルテガは、いちごジャムの付いたパンを口に頬張ほおばり、ミルクティでそれを流し込んだ。


「ちょっと、オルテガさん。今月のノルマが達成出来ていませんよ」

「ゲホッ、今度は、何だぁ?」

 オルテガが嫌々声の主の方へと顔を向ける。


 彼に話しかけて来たのは、このギルドの受付嬢の一人、ルナ。

 受付嬢をつとめるだけあって、容姿もスタイルももうぶんない。

 彼女の亜麻色あまいろの長い髪は、編み込んで後ろでまとめられており、その整った髪型からは、その几帳面きちょうめんさがうかがえた。

 しかし、一方、その生真面目きまじめな性格からうとまれる事も多々あり、彼女の人気は、今一いまひとつだった。


「もう。真面目まじめに聞いて下さい。このままじゃ――」

「このままじゃ、資格が剥奪はくだつされるって言うんだろう? 何度も言われなくっても分かってるよ」

「分かってるんなら、さっさとクエストを受注して下さい」

「全く、うるさいなぁ」


 そんな時だった。


「オルテガさん。クエストをお探しでしたら、この依頼等いかがでしょう?」

「はぁ?」

 オルテガが声の主の方を見やると、そこには、第一位ナンバーワン受付嬢のニーナの姿があった。

 この事により、普段は見向きもされない窓際の二人に、ギルド内の者達の視線が集中した。


 ニーナは、ルナと同じギルドの制服を着ていたが、気持ちのせいか、少しはなやかに見える。彼女のピンクブロンドの髪がふわりとれるたびに、周囲には甘い香りがただよっていた。


「この依頼は、ある貴族の方を王都に送り届けるだけの簡単なお仕事です。オルテガさんにめられては、ギルドとしても困ります。なので、今回は特別にお得なクエストを紹介させていただきます。本当にお得なんですから――」


 ニーナの色っぽい唇が、流暢りゅうちょうに、そして、せわしなく動く。彼女にここまで言わせたら、大概たいがいの冒険者は、快諾かいだくしていただろう。

 しかし、少しひねくれた所のあるオルテガは、このうまい話に少々警戒していた。


「自分で言うのもなんだが、こんな四十過しじゅうすぎのおっさんに護衛ごえいを頼んで大丈夫なもんかね……」

「あら、黒龍を討伐した勇者様なら誰も文句は言いませんよ」

「そんなもん。大昔おおむかしの話だ」

「とは言え、『竜殺し』の称号は立派なものです。本来なら、それだけで依頼が殺到するものですよ」

かぶぎだ。しかし、さすがは第一位だいいちい。営業が上手いな。分かったよ。引き受けよう」

「フフフ。では、依頼人の方は、街の入口でお待ちです。ぐに向かって下さいね」

「へいへい」

 オルテガは、生返事なまへんじをしながら依頼の書類を受け取った。


「では、宜しくお願いします」

 ニーナは、一礼すると受付カウンターの方へと去って行った。


「良かったですね。第一位ナンバーワンから直々じきじきにご指名を受けるなんて」

「そうでござる。しかも、簡単でりの良さそうな依頼でござる」

「それにしても、ニーナさんは、やっぱりすごいな。オルテガさんにああも簡単にクエストを受けさせちゃうんだから……。私も見習みならわなくっちゃ」

 ルナは、尊敬の眼差しで立ち去って行くニーナの後姿を追っていた。

「そうか? 俺は、ああいうタイプは苦手だな。特に口元にほくろのある女は信用していない」

「そんなのオルテガさんの単なる偏見じゃないですか」

経験則けいけんそくと言って欲しいね」

「オルテガ殿は、色々と裏切られた経験がありますゆえ、人を疑い過ぎるところがあるでござるよ」

「人生ってのは、疑り深いくらいで丁度良いんだよ。まぁ、そんな話はどうでも良い。客人きゃくじんを待たせているようだからな。俺はもう行くぞ」

 オルテガは、そう言うと、やっと重い腰を上げた。


「オルテガさん、お気を付けて。精霊の加護のあらんことを」

 ルナは、頭を下げてオルテガを見送った。


 この時、当の本人はよしもなかったが、こうして、元勇者の最悪な一日が幕を上げた。

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