第9話 護衛依頼
翌日。
学院に事情を説明して許可を取り直し、俺達はギルドで護衛の依頼を引き受けた。
「それでは皆さん、色々とよろしくお願いします」
御者席で馬車を操りながら、商人の男が地面の上を歩く俺達に声を掛ける。
今回の目的地はセイムハーツから七日ほど歩いた先にある街・ベルフェイム。
依頼内容は商品の仕入れの補助と行きと帰りの護衛。
かなりの長旅だが、報酬は一人あたり金貨二枚。なかなかの高額報酬である。
これには高額報酬を熱望していたフランも頬を緩ませていた。
それから暫く歩き、平穏な時間が続く。
周囲に敵影も気配もなく、退屈でつまらなそうにしていたフランが突如として表情をガラリと変え、俺に向かって口を開いた。
「そう言えばロクアさん、前回の依頼の時に彼女はいないって言ってましたよね?」
「あぁ、言ったよ。それが?」
「どんな女の子がタイプなんですか?」
「……急にタイプって言われてもな」
「じゃあ、質問を変えます! 私達の中で誰を一番彼女にしたいですか!?」
「はぁ!? 何でそうなる!?」
「そう言うのは良いので! さぁ、誰と一番付き合いたいですか!?」
俺はフランの言葉に思わず足を止めた。
前世では三十五年間、現世では十八年と少し経つ。
だがその間、一度も彼女なんて出来た事は無い。
そんな俺があまつさえ『美少女達の中から付き合いたい人を選べ』と言われる日が来るなんて夢にも思わなかった。
それが例え、ただの話のネタだとしても。
「そうだなぁ。三人ともそれぞれ違う魅力があるし、俺には選べないよ」
その言葉に嘘偽りはない。
ティアは気遣いが出来る優しい子だし、フランは少し強引な所もあるけど一緒に居て楽しい。ルーテシアも友達想いの良い子である。
ハッキリ言って、こうして行動を共にしている事だけでも奇跡と言ってもいい子達ばかりだ。
「チッチッチ、そうじゃないんです。そうじゃないんですよ、ロクアさん!」
人差し指を左右に揺らし、そしてその指で俺を差す。
「じゃあ、こうしましょう。もしロクアさんが素直に答えてくれたら、ロクアさんはその子から頬に軽いキスをして貰える事にします!」
「えっ……」
「フ、フラン!?」
「フラン、それは流石に話が飛躍しすぎだって!」
「おやおや、随分と彼女達から好かれているようですね。ははは、羨ましい限りです」
フランの言葉に俺が反応し、次にティアが反応した。そしてルーテシアも反応し、最後はあまつさえ御者席の商人が楽しげに口を開く。
「わ、私はキスするくらい何とも思って無いし! えっ、まさか二人はキスなんかで怖じ気づいてるの!?」
そこに投下される、頬を赤らめたフランの謎の煽り文句。
挙動不審に言う辺り、フラン自身も引っ込みがつかなくなってしまっているようだ。
「悪い、皆が怖じ気づく前に俺が怖じ気づいちゃったみたいだ。だからこの話は終わりにしよう! 頼むっ!」
俺は苦笑いを皆に向け、事態を収束に走った。
話が盛り上がるのは結構だが、今は依頼の真っ只中。
油断は集中力を削ぎ、危険を招く。
冒険者として今の状況は喜ばしくない。
「もう、そう言う事なら仕方ないですね。ロクアさんの為にもこれ以上は聞くのを止めときます!」
胸を撫で下ろした様子でフランが口にすると、先ほどまで張り詰めていた空気が一気に緩む。
上手く場の空気を正常化出来たようだ。
「そろそろ日が暮れますし、今日はここで野宿としましょう」
それから更に道を進み、やがて夜が近づいて来た頃。商人の男が俺達に向かって言う。
俺達はその場で歩みを止め、次の行動へと移った。
俺とフランは遠くに見える森で今晩の食料と枯れ木集め。ティアとルーテシアは商人の護衛をしつつ、雑用仕事。
勿論、担当は固定ではなく日替わりである。
「折角の森だし、何か良さげな獲物がいればいいんだが……」
森の中は暗く、数メートル先も見えない。
森には危険な魔物も生息する。
出てきてくれれば食料にはなるが、暗闇に閉ざされた中での戦闘は残念だが、奴らの方に分がある。
無理をすれば俺もフランも命を落としかねない。
「ロ、ロクアさん!」
前方を警戒していた俺は背後で大声を挙げるフランの言葉に全力で振り返った。
するとそこには服の裾を握りしめ、身体を震わせる彼女の姿があった。
普段の彼女からは決して見られない姿だ。
「お話があるんですけど!」
「話なら後で聞くよ。それよりも大声は緊急時以外は避けてくれ、獲物が逃げる」
そう言った次の瞬間、俺の頬を温かな感触が襲った。
驚きながら彼女を見ると、月明かりに照らされた彼女がはにかむように笑っていた。
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