第8話 模擬戦
フランにせがまれ、俺が皆に受けようと提案した依頼は商人が乗る馬車の護衛だった。
学院の課題なら様々な依頼をこなした方が彼女達の為になるだろう、そう思っての選択。
だが、当の本人は何だかんだで不満そうな表情を浮かべていた。
「えー、討伐系にしましょうよ! その方が報酬の高い依頼、いっぱいあるじゃないですか!?」
「ちょっと、フラン! ごめんなさい、ロクアさん。ちょっとお時間を頂いても良いですか!?」
制服の裾を掴み、フランを止めようとしているティアを俺は手で制した。
厚意は有難いが、実はこう言う時に理由も言わずに止めるだけなのは悪手でしかない。
だから、俺はフランの目を真っ直ぐに見て口を開いた。
「じゃあ、試してみる?」
「えっ……?」
その後、俺達は受付嬢の協力を得てギルドの地下にある訓練場で模擬戦をする事にした。
ルールは単純。制限時間まで彼女を守りきるか俺を戦闘不能にすれば三人の勝ち、こちらは受付嬢の手を掴むか三人を戦闘不能にすれば俺の勝ちだ。
武器や魔法の使用は可。
ただし、威力には注意するようにと厳命した。
「準備が整ったら声を掛けてくれ」
彼女達にそう告げ、俺は周辺を観察した。
訓練場は遮蔽物も何もない空間。
数段高くなった場所には訓練場を囲むように観客席が存在するが、今回は使えない。
ソードホーンウルフとの戦いを振り替えるとルーテシアは支援魔法、フランは攻撃魔法を主体に戦っていたように思う。
確かに魔法は凄いが、もし使うのがあの時と同じ魔法だけなら脅威度は低い。
そうなると注意すべきは、やはり剣士のティアだろう。
流石はセドリック騎士団長の姪と言うべきか、剣の腕前が学生にしては並外れた実力を持つ。
使う魔法が初級なので大した魔法は使えない筈だが、それでも充分に強い。
「いや、違うな……セドリック騎士団長は関係ない。流石はティア、そう言い直すべきだな」
独り言のように呟くと、ティア達から準備完了の合図が送られる。
現状、魔法で最も警戒すべきはティアへの身体強化などの支援魔法。
そうなると、まず最初に狙うのは──。
「も、模擬戦開始ッ!」
受付嬢による戦闘開始宣言の直後、俺は全力疾走で彼女達に向けて飛び出した。
慌てながらもトライアングルのように受付嬢を囲む三人。
フランが俺を近付けさせまいと自分達の周囲にフレイムサークルを展開させ、ティアが強引に突破された時の事を考慮して剣を構え、俺の前に立ち塞がる。
その間にルーテシアが自身と受付嬢を守る半円状の結界魔法を発動させ、直後にフランがフレイムサークルを解除。
息の合った流れるような連携に俺は思わず足を止め、感嘆の声を挙げた。
「護衛を真っ先に守るのは良い事だけど熟練の魔法使いじゃない限り、結界魔法を発動させてる間は他の魔法を発動できない。戦力が一人減った状態で果たして守りきれるかな?」
ティアの後ろではフランが次の魔法の詠唱を始めている。このままでは相手の思い通りに事が進むだけ。
俺は正面のティアをフェイントで揺さぶりつつ、三人の動きを細かく観察した。
ルーテシアはコチラを見ているが、その場から動く気配はない。
次にフランだが、彼女がこれから発動させようとしているのはフレイムアロー。
魔法で生み出した炎の矢を撃ち出す魔法だ。
一撃の消費魔力も少なく、速度と射程もある使い勝手の良い魔法だが、攻撃範囲は常に術者の直線上にしか存在しない。
そして最も警戒すべきティアだが、先ほども言ったがティアの剣技は並外れている。
だがそれは、あくまで学生の中での話。
彼女の剣の実力は冒険者の中でも中の下と言った所だろう。
つまり、純粋に剣だけの勝負ならまだ俺の方に分がある。
「よし、決めた!」
まずは守られているから安心だと思っているその慢心を打ち砕く。
フェイントを絡めてティアの横をすり抜け、こちらにフレイムアローを放とうとするフランの足を払い、結果魔法の中で驚きの表情を浮かべるルーテシアと受付嬢の所で止まる。
「なるほど、そこが弱点か」
武器屋で買い、素振りを毎日して今ではすっかり新しい相棒となった片手剣──シャープホーンを鞘から解き放ち、耐久値鑑定で最も脆いと表示された結界の一点をピンポイントで突く。
「嘘、結界魔法が一撃で……?」
次の瞬間、結界は粉々に砕け散った。
唖然としながらそう呟くルーテシア。
フランとティアもその光景が信じられないのか、その場で固まっている。
「なんだ、随分と長く作戦会議をしてたから期待してたんだけど……これで終わり?」
苦笑いを浮かべながら受付嬢の手を優しく掴むとその瞬間、実に模擬戦は呆気なく終了し、三人はその場に崩れ落ちた。
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