第10話 ベルフェイム

「ロクアさん、どうかしました?」

「えっ……?」


 その後。

 森で獲物を狩って皆の所へと戻った俺は開口一番、ティアからそう言われた。

 その瞬間、俺の顔が一気に熱を帯びる。

 何気ない一言なのは分かっているが、あまりの勘の鋭さに俺は思わず、その場で固まってしまった。


「フラン、何か知ってる?」


 なかなか答えないそんな俺に痺れを切らしたのか、ティアが今度はフランに向かって口を開く。

 すると予め考えていたのかと思うほど、一切の淀みなくフランが言葉を口にした。


「ロクアさん、ロックボアに不意を突かれたのを思い出したんじゃない? あっ、この話は内緒って言われてたんだった!」


 しれっと話すフランに俺の口は更にあんぐり。天真爛漫な性格かと思いきや、なかなかに策士である。

 フランの言葉を信じたのか、ティアは俺の方に一瞬だけ視線を送ると気まずそうな表情を浮かべた。


「ご、ごめんなさい! 別にそう言うつもりは全くないんです!」


 必死に取り繕うティアを落ち着かせると俺は皆に「食事にしよう」と声を掛け、アイテムバッグからロックボアを取り出した。


「俺はロックボアを捌くから皆は調理の方を頼む」





 食事を済ませ、その晩は俺が見張りを買って出た。

 眠れそうになかったと言うのもあるし、冒険者である俺は徹夜するのも慣れている。

 馬車の荷台では依頼主である男が横になり、焚き火を囲むように三人が穏やかな表情で眠っている。

 三人のあどけない寝顔に思わず、俺は頬を緩めて笑みを浮かべた。


 そして七日後。

 俺達は何事もなく、目的地・ベルフェイムへと到着した。

 ベルフェイムは湖に囲まれた美しい街だ。

 街の至るところには水路が点在し、ゴンドラで移動する事も可能となっている。


 ちなみに半年ほど前まで俺はこのベルフェイムを生活の拠点にしていた。

 セドリック騎士団長と出会ったのもこの街だ。


「この街も変わったな」


 目新しい建物もそうだが、何より人々の表情が以前よりも活き活きとしている。

 きっとオーリス伯爵が善政を行っているのだろう、そう思うと領主が変わって本当に良かったと思う。


 取引相手なのだろう、大手の商会の敷地内にある厩舎の前で馬車を停止させ、商人は俺達にその場で待機するように告げ、商会の建物の中へと入っていた。


 彼が出てきたのは、それから十分後。

 二本の鍵を持って戻って来た商人はあろうことか、それを纏めて俺に渡して来た。


「東門の近くの宿の部屋の鍵です。滞在中はご自由にお使い下さい」


 その瞬間、俺の背中に殺気にも似た気配が襲い掛かる。

 恐る恐る後ろを振り向くとそこには恥ずかしそうにうつ向くティアと笑みを浮かべるフラン、そんな二人を楽しそうに見つめるルーテシアの姿があった。


「鍵が二本って事は二人部屋が二部屋って事ですよねー。ロクアさん、誰と一緒に寝るんですか?」


 フランが後ろ手を組み、上目使いに俺を見る。ティアも気になるのか、チラチラと俺に視線を向けている。


「うっ、またこのパターンか……」


 今の状況ではフランと同室なんて絶対に無理だ。それにティアと同室だなんて知られたら確実にセドリック騎士団長に殺される。

 そもそも今は依頼の真っ最中。

 街中に入ったからと言って、依頼が終了した訳じゃない。


「俺はこれからこの街で別の用事がある。街中での彼の護衛は任せた! 日が暮れたら宿屋の前で合流しよう!」


 鍵を持って逃げるように三人の前から姿を消すと、大きく深呼吸。

 気持ちを切り替え、懐かしさを感じつつ、街中へと繰り出した。


「おい、ボウズ……ボウズじゃねぇか!?」


 久方ぶりの街の景色を楽しんでいると、突然、前から歩いてきた中年の男がこちらを指差し、駆け寄って来た。

 突如として現れた初めて会う男に俺は困惑。

 だが、男から話を聞くと俺とは何度か会っているらしい。

 更に話した事もあるらしく、謎は深まるばかり。


「なぁ、俺は何処でアンタと会ったんだ? それに話をしたって言うけど、何の話をしてたんだ?」


 このままでは埒があかない。俺は思いきって聞いて見る事にした。

 すると男は不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。


「ボウズのお陰で俺は死なずに済んだ! あの時は助かったぜ!」


 その言葉に俺はピンと来た。

 以前、俺はこの街に住んでいた時に医者の真似事をして日銭を稼いでいた。

 彼はその当時の客だったらしい。


「それでな、お前に視て貰いたいヤツがいるんだよ! 悪いが、今から俺についてきてくれ!」

「あれ、この展開は何処かで……」

「何言ってんだよ、早く来てくれ! どうしても助けてやりたいヤツがいるんだよ!」


 男はそう言うと力任せに俺の腕を掴み、引き摺るように歩き始めた。

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