第4話 野犬

「野犬の討伐……ですか?」


 王都・セイムハーツから依頼のあったリンデア村へと歩いている最中、ルーテシアが口を開いた。


 今回の依頼は村の畑を荒らす野犬達の討伐、報酬は銀貨五枚。

 報酬の取り分は俺が銀貨二枚、三人が銀貨一枚ずつとなった。

 だがしかし、自分達が出した依頼の代金分を差し引きすると彼女達に残るのは僅か銀貨一枚。

 それを三人で分けると考えると、何ともやるせない気持ちを抱いてしまう。


「あぁ、依頼の内容的には簡単な部類だ。だから気負わず、気楽に行こう」

「はーい! じゃあ、ロクアさんに質問がありまーす!」


 話に入ってきたのはフランだった。

 彼女は満面の笑みを浮かべると俺の方を指差し、更に言葉を続ける。


「ロクアさんの黒い髪と目って珍しいですよね。ロクアさん、もしかして他国から来られたんですか?」

「まぁ、確かに珍しいよな。でも、生まれも育ちもこの国だ」

「じゃあじゃあ、彼女さんとかっていますか!?」

「彼女……いや、居ないけど」

「そうなんですね。良かったね、ティア!」

「な、何で私に振るの!?」


 街道に二人の賑やかな声が響く。

 そこにルーテシアも加わり、時折、話が俺にも飛び火しながら、どうにかこうにか目的地のリンデア村へと辿り着く。


「まずは村人達から野犬の情報を集めて来る。君達は村長の家で休んでてくれ」

「わ、私達も行きます!」


 そう言ってくれたのはティアだ。

 端から見る限り、彼女達に疲れた素振りはない。


 だが、彼女達は冒険者としては素人だ。

 今は平気でも後になって疲れが急に押し寄せる場合もある。

 ここは安全な今の内にしっかりと休ませておいた方が良い。


「もし情報が集まったら直ぐに討伐に向かう。討伐に備えて少しでも体力を回復させておいてくれると俺としても助かる」

「……わかりました」


 渋々ながらも首を縦に振ってくれた彼女達を村長に任せ、俺は村人達から詳しい話を聞いて回った。

 村人に話を聞き、分かった事がいくつかある。

 依頼書では『野犬の討伐』としか書かれていなかったが村人達の話を聞く限り、相手は普通の野犬じゃない。

 それに人的被害こそ無いが、家畜の被害も出ているらしい。

 被害が家畜から人間に変わる前に急いで討伐した方が良さそうだ。


「お待たせ。このまま討伐に出ようと思ってるんだが、直ぐに出れるか?」

「はい、いつでも! フランもルーテシアも早く準備して!」


 村長の家に戻って三人に声を掛けるとティアが「待ってました!」と言わんばかりに立ち上がり、二人に声を掛けた。

 ティアの号令に二人も直ぐに椅子から立ち上がり、準備を整える。

 三人とも思ったよりも優等生のようだ。


 村長の家を後にした俺達は村から少し離れた所にある洞窟へと向かった。

 とある村人の話では以前、この洞窟の奥から獣の鳴き声が聞こえたらしい。


「これから洞窟の中に入る。準備は良いか?」


 俺の方を見た三人が静かに首を縦に振る。

 その表情からは余裕が消え去り、端から見ても緊張しているのが見て取れた。


「中に入ったら何があっても俺の指示に従うこと。大丈夫、それさえ守ってくれれば君達が危険な目に遇う事はないから安心してくれ」


 俺の言葉に彼女達が安堵の表情を浮かべる。

 よし、これなら洞窟内部に連れて行っても問題なさそうだ。

 だが、この時の俺は知らなかった。

 まさか洞窟の奥でヤツと出くわすなんて──。


 洞窟を慎重に進み、現れる魔物を倒しながら依頼書の野犬を探す。

 そして洞窟の最深部に到着した時、俺は自分の思慮が浅かった事を後悔した。


「俺が時間を稼ぐ! 君達は逃げろ!」


 そこに居たのは、額に生える剣のように尖った角、赤い目、鋭い爪や牙──ソードホーンウルフだった。

 Aランク冒険者でも手を焼く強敵、しかも群れと来ている。

 奴らは既に俺達を視認している。

 全員が無事に帰る事は極めて困難だった。


 洞窟の出入り口は一つ。

 そこから出入りしていると言う事は、その度に野犬達は魔物達の前を通過している。

 ただの野犬にそんな真似が出来る訳がない。


「で、でも……!」

「逃げろっ! 死にたいのか!?」

「それならロクアさんも一緒に──」

「俺も時間を稼いだら跡を追う! だから、行けっ!」


 勿論、嘘だった。

 ソードホーンウルフの群れを前にして一人で逃げ切るなんて不可能。

 もし彼が生き残る可能性があるとするなら、それはソードホーンウルフの群れの殲滅しかない。

 だが、そんな事はAランク冒険者だって無理だ。


「嫌です! 私も戦います!」


 ソードホーンウルフに視線を向けたまま、大声を挙げたのはティアだった。

 そんな彼女の言葉にフランとルーテシアの二人も杖を構えた。


「もう、仕方ないなぁ。まぁ、パーティは一蓮托生だもんね!」

「回復と後方支援は私とフランに任せて下さい!」

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