第2話 罪人と英雄
「これは……」
閉じ込められていた彼らをその場に待たせ、向かったのは騎士団の詰所だ。
騎士団長だと言う男と数人の兵士を連れて現場へ戻ると、兵士達は目の前の凄惨な光景に戸惑いと驚きが入り雑じった声を挙げる。
だが、騎士団長の凛とした一声がそんな兵士達の意識を現実へと引き戻した。
我に返った彼らは洗練された動きで整列し、団長の次の指示を待った。
「全員、速やかに救助者の救護にあたれ! 領主の息子から話を聞くのも忘れるなよ!」
「ハッ!」
声を揃えて兵士達が返事をし、彼らは速やかに二手に分かれた。
捕らえられていた人達の救護に七人、木に縛り付けている領主の息子の所へ三人。
団長はその場から動かず、ジッと俺の方に視線を向けている。
「君からも詳しい話を聞きたい。私はヴィスタリア王国騎士団長、セグリッド・エンドルフ。まずは名前を聞いても?」
赤髪碧眼の騎士に名乗ると彼は小さく頷く。
外見は二十代後半と言った所。
騎士団長と言う割には迫力に乏しく、優男と言った感じ。
だが先程の指揮や兵士達の態度を見る限り、ただ者では無さそうだ。
「俺はロクア、ロクア・ハーヴェントです」
「ロクア、それでは状況説明を頼む」
「分かりました。事の発端は領主の息子が俺を訪ねて来たのが始まりでした。彼は──」
俺は彼に知っている事を全て話した。
領主の息子に物置小屋まで連れて来られた事、彼が娯楽と称して多くの人間や獣人達を甚振っていた事、そして自分の身を守る為に人を殺してしまった事など。
自身のスキルに関しては言う必要が無いと思い、言わなかった。
「ふむ、君の説明と捕らえられていた者達からの証言の一致を確認した。まず間違いないだろう」
結局、その日は何事もなく解放された。
気になって領主からの報復や正当防衛とは言え、人を殺した俺への罰について騎士団長に聞いて見たのだが、どちらも「気にする必要は無い」と繰り返すばかりだった。
騎士団長の言葉の理由が判明したのは翌朝の事だった。
騎士団の兵士が宿のベッドで寝ていた俺を訪ねて来た。
言われるがままに兵士に馬車へと乗せられ、到着したのは領主邸だった。
馬車を降ろされた俺は兵士に連れられ、領主が執務を行う執務室へと通された。
するとそこには昨晩も会った騎士団長と貴族らしき男が何やら二人で話し合っていた。
「あぁ、来たか……待ってたよ」
「この青年が例の……?」
「ええ。彼はロクア・ハーヴェント、昨日の晩、多くの者を救った立役者です。ロクア、彼は明日からこの街で新たな領主となるオーリス伯爵だ」
「新しい領主……?」
団長の言葉に首を傾げると、彼の隣に立つ男がゆっくりと近付いて来た。
男はこちらに向けて手を差し出すと、微かに笑みを浮かべた。
「オーリスだ。よくぞバルドット子爵の悪辣非道な行為を暴いてくれた! 陛下に代わり、感謝する!」
「バルドット子爵……?」
伯爵の言葉に俺は再び首を傾げた。
そんな俺を見かねたのか、セグリッド団長が俺に向けて補足して説明してくれた。
「君が捕らえたアックス・バルドットの父親さ。この街の元領主と言えば分かるかな?」
「あぁ、彼の……って、昨日の一件は領主様の指示によるものなんですか!?」
「いや、厳密に言えば主犯はアックス・バルドットで間違いない」
「だったら何で……」
「子の責任は親の責任、貴族ならその責任は更に重い。つまりはそう言う事だ」
その道理に従ってバルドット子爵は領主の任を解任。バルドット子爵とその妻、そしてアックス・バルドットの三人は先程、正式に処刑が決まったそうだ。
「そうか、それで……」
「三人は既に牢に収監し、じきに処刑される。もう君と会う事も二度と無いだろう」
そこまで説明され、俺はようやくセグリッド団長の言葉の意味を理解した。
昨日の時点で彼はこの展開になる事を読んでいたのだ。
恐るべき、セグリッド・エンドルフ。
出来れば敵に回したくない相手だ。
「これは国から君に出た褒賞金だ。遠慮なく受け取ってくれ」
大きく膨らんだ革袋を団長から受け取る。
ズシリとした確かな重みに驚きながら中身を確認すると、中には大量の金貨が入っていた。
「呼び出しておいて済まないが、これから伯爵と今後の事を話さなければならないんだ。悪いが、お引き取り頂けるかな」
再び兵士に連れられ、領主邸の敷地の外でその兵士と別れた。
結局、俺は罪人として捕らえられるどころか英雄として国から褒賞金まで貰う結果となった。
悪人とは言え、人を殺してしまったと言う罪悪感はまだ拭えない。
だけど、これが異世界なんだ。
無理やり自分を納得させ、大きく深呼吸してからロクアが向かった先は──。
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