第8話 収穫

 「もしもし、こちら警察でしょうか。先ほどおそらく詐欺集団とみられる人たちがマンションに入っていくのを見かけまして。ご老人にATMの操作をさせた後にしていた会話の内容が明らかに振り込め詐欺の可能性があるものだったので急いで通報しました。本日さらに動きがあるような話もしていたので急行することをお勧めします。場所は中央区の大通りから少し東に向かったところにある鼠野マンションです。

 こちらは携帯電話の充電が切れているので公衆電話から通話していますが、厄介ごとに巻き込まれたくないので匿名での通報とさせてください。では失礼します。」


 鷲尾は必要な用件を伝えると、電話口の声に応対することなくそのまま切電する。

 電話ボックスを出ると大きく息を吸って空を見上げ、少し笑いながら息を吐く。ほどよく人が行き交う中、鯨井からタイミング良くメッセージを受信する。内容に目を通すと、まるで池に投げ込まれた餌に食らいつく鯉のように足早に銀行へ向かう。


 「本日はどのようなご用件でしょうか。」


 「お金の引き落としをお願いしたいのですが。」


 鯨井たちが銀行へ到着すると、事前に話していた通り窓口で手続きを進める。


 「500万円の引き落としということですが、差し支えなければどのようなご事情か伺ってもよろしいでしょうか。」


 銀行職員が手順に従い理由を聞いてくる。鯨井は鴨野のほうへ顔を向けると笑みを浮かべ、デスクの下で職員に見えない位置で自身のスマートフォンをちらつかせて人質がいることを無言で伝える。


 「友人のために個人的に投資をしたいと考えておりまして。口座振り込みではなく現金で手渡しする必要があるのです。」


 鴨野は少し額に汗を滲ませながら事前に説明した通り職員へ伝える。


 「実は僕も同様にその友人に投資をしておりまして。最近鴨野に会ったのでその話をしたところ是非一緒にしたいということでして。なに、投資先の友人は犯罪、ましてや詐欺を行っているわけではないと思いますよ。具体的な企業の話を聞いておりますのでその点はご安心ください。」


 鯨井は鴨野の発言に信憑性を持たせるように加えて口を開けた。


 「かしこまりました。それではご用意いたしますので少々お待ちください。」


 職員は窓口の後ろのほうへ向かって行って手続きを進めている。その時、遠くのほうから警察車両のサイレン音が聞こえてきた。


 「警察がここに来たらすぐに突き出してやるからな。」


 鴨野は鯨井を苦虫を噛み潰したような顔をして睨みつけている。


 「鴨野さん、僕はお母さまの居場所を知らされていません。連絡が無かったらただお母さまの命が絶えるだけです。たとえ捕まったとしても警察に有益な情報を与えることはできないんですよ。どうか表情を穏やかにしてください。

 それとおそらくですが、このサイレン音はカラオケボックス店に向かっているのでしょう。」


 鯨井がそう説明すると、鴨野の表情は徐々に絶望へ変わり顔を下に向ける。


 「お待たせいたしました。念のため不足がないかご確認をお願いいたします。」


 そう言って職員が窓口に現金を持ち運んできて鴨野に渡す。鴨野は確認する仕草だけして、職員へ問題ないことを伝える。


 「ご利用いただきましてありがとうございました。またのご利用お待ちしております。」


 二人は銀行を後にすると、銀行の近くにある公園へ移動した。


 「この後はどうするんだ。母親はいつ解放される。」


 「その現金をこちらへ渡してください。5分後にお母さまの居場所を伝えている一般の方が来るので、その方に話を聞いてください。お金で雇っている方で我々とは関係のない人物になりますので優しくあげてください。あ、あとは小型のヘッドセットも出してください。

 あなたの居場所は今後も把握していますので、我々が無事であれば追ってお金をお渡ししますね。ご協力感謝します。では。」


 鯨井は鴨野から現金を受け取ると、公園を後にする。


 それから数分後、細身で身長が高めの男が到着して鴨野へ話しかける。


 「こんにちは。あなたのお名前を伺ってもよろしいでしょうか。」


 「鴨野ですが。」


 「鴨野さんね。実はわたくし探偵でして。あなたに関してとある情報筋から詐欺行為の疑いがかかっておりますので、少しお時間いただけますか。どうぞこちらのベンチにお座りください。潔白であればすぐに終わりますので間違っても逃げないようにしてくださいね。」


 男はそう言うと、ベンチに座るよう誘導してポケットからスマートフォンを取り出し、とあるところへ通話を始める。


 「もしもし、探偵の者ですが、最近横行している詐欺の犯人の可能性がある方と一緒にいるのですが、そちらまでお連れしたほうがよろしいでしょうか。差し支えなければ袋鼠公園まで来てほしいのですがよろしいでしょうか。」


 鴨野は探偵を名乗る男が通話している最中、鯨井の話していた内容と違うこと、警察を呼ばれていることや母親が人質に取られていることなどさまざまなことが頭を駆け巡り、体から冷や汗が噴き出していた。


 「今から警察が来るので、もし無罪であれば彼らに話してあげてください。詐欺行為が頻発しているようでかなり頭を抱えているようですよ。すぐに来てくれるようなので少々お待ちくださいね。」


 探偵を名乗る鷲尾は鴨野を終始笑顔で見つめていた。

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