第7話 開花
「一郎君、あなた随分と怯えるのが上手なのね。演劇でもやっていたのかしら。」
早乙女が暗がりの中、赤く染まってしまった全く同じ種類の白いワンピースへ着替えながら田中へ質問する。
「急にドアが開いたので本当に驚いてしまったのと、おもちゃとは分かっていつつも急に銃声が鳴って本当に腰が引けてしまって。
それに、入って来た男性が以前ご一緒した居酒屋の店長さんだったのでそれにも驚きまして。」
「よく覚えていたわね。黙って転がってるときに考えを巡らせることがあったから暇しなかったでしょう。」
早乙女は鯨井が表の顔は町役場の職員で、裏の顔は詐欺集団から金をせしめる協力者であることは伝えない。
居酒屋でオレンジジュースにこっそりとアルコールを加えて田中の気分を高揚させて口を軽くさせるため、個人経営の本当の店主に一日店を借りて偽りの店長をしていたことは当然伝えることはない。
「僕は今あなたのレールの上ということですね。この先はどうなってしまうのでしょう。」
田中はカラオケボックスの壁に両手を当てて薄笑いしている。
「わたしのレールではないわね。この先どうなるかはこの一件が終わってから伝えるわ。悪いようにはしないから。この作戦をここまで一緒に進めてきたでしょう。」
早乙女が着替え終わると、2人でその部屋を出て会計へ向かう。
「4人で来たのだけれど、先に2人がいい感じの雰囲気になってどこかに行ってしまったの。こちらに立ち寄っているかしら。」
早乙女は下のフロアまで降りると、会計をしながら店員に伺う。
「仰る通り、先に2名出られております。」
店員は丁寧に回答すると、早乙女はそれなら良かったと言い、田中と共に店を後にする。
―
「一郎君、あなたはどうして詐欺行為を行っているのかしら。そもそもやりたくてやっていることなのかな。同じ穴の狢なんだし、教えてくれないかな。」
早乙女は暗がりの公園で田中の体に色仕掛けを使うことなく問いかける。
日は完全に沈んでいるものの、気温と酒による酔いの影響から未だに汗が止まらない。
「僕も夏さんと似たような境遇です。ただ単純に自分に向いているというのもあります。あとは、刺激が欲しいというのもあるかもしれません。普通の仕事をしていてもあまり興味が湧かないんです。」
「刺激が欲しいのもわたしと同じなのね。やっぱり会うべくして会ったとしか思えないわ。
あなたが言う刺激というのは善良な市民を騙している時だけ得られるものなのかな。それとも悪人を騙してお金を摘み取るのはもっと刺激が得られたりするものなのかしら。
提案があるのだけれど、わたしと手を組まないかな。もしよかったら一緒にやってみない。」
早乙女は無表情のまま田中の顔を下から覗き込んで接吻できそうな距離まで近付いて見つめる。
田中は間近にいる早乙女の顔を見つめながら少し目を見開いて考える。
「無意識に弱い人間のほうが陥れやすいと考えていたのかもしれませんね。ちなみにその話に乗った場合成功する見込みはどれくらいあるのでしょうか。」
「細部はこれから詰めるけど、大枠は固まっている状態。成功確率はあなたやわたしがどれくらいやれるか次第で変わってくると思うけれど。高確率で上手くいくと思っているわよ。」
田中はそれを聞いてさらに少し考えた後、首を縦に振った。
―
鯨井と鴨野はカラオケボックス店を出た後、鴨野の届出印を事務所へ取りに行くため、細い路地に停車していたタクシーを捕まえて向かっていた。
「鴨野さん、この小型のヘッドセットを胸ポケットに入れておいてください。音声をミュートにすると分かりますからね。10分後に僕からの連絡が途絶えてしまうとあなたの母親の息も途絶えることになりますからね。下手なことはしないようにしてください。
あなたは弱みを握られて従う立場にしかない状況です。後々組織から責任を追及されても潔白を証明することはできると思いますが、引き続き同じような所業を繰り返すのでしょうか。もしこれを機に今の”仕事”をやめるのであれば、これから手に入れるお金の数パーセントをお渡しします。それに加えて、警察に突き出すのを控えても良いです。どうでしょう。」
タクシーの後部座席の隣に座っている鴨野に耳打ちしてヘッドセットを渡す。
「人質を取っておいて随分な物言いですね。分かりましたよ。その提案に乗ります。とにかく我々を無事に返してください。」
鯨井は親指と人差し指で円を作って鴨野に向かってジェスチャーすると、鴨野が事前にタクシーの運転手に伝えていた事務所の住所を鷲尾へ連絡した。
少しすると事務所付近に着いたため、鯨井は念のためタクシー運転手に一つ手前の建物に横付けするよう言う。
鴨野へ3分で戻るよう伝えると、事務所内で問題が起きないかイヤホンに耳を傾けつつ、そのままタクシーの中でスマートフォンを弄りながら帰りを待つ。
―
「お疲れ様。ここまでは想定通り。この後は前説明した通りに進めて。それじゃあ最後まで気を抜かないように。オペレーション:ハーベスト始動。読んだらすぐにリアクションだけするように。」
鷲尾はカフェで鯨井と早乙女にメッセージを送信すると、ブラックコーヒーを飲み干して外に出る。カフェの近くにある公衆電話へ手をかけると、二人からリアクションが来たことを確認してから100円を投入して”110”と入力して受話器を耳に当てる。
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