第11話 海月…愛のかたち

弓弦兄と初めて結ばれた時の泣きそうな表情を忘れない。私は弓弦兄の心の中までは知らないから…その理由はわからない。


あの時愛してると囁かれ、初めて両想いなんだって知った。

それでも私には素面しらふで触れる事なんか出来ないのが弓弦兄なんだよね。

だって…私に触れるのは罪だと考えてるから。

私に触れたら、私が忌まわしい過去を思い出すと気を使ってくれているんだ。


優しいけど…私にとっては拷問だったよ。逆に自分が穢れていると再認識しちゃうから。



「お願い…私を大事に扱わないで」

「え?」

「私はただ…弓弦兄に女として愛されたい」


弓月の父親が自分だと認識しても、私を愛してると伝えてくれても、私が愛してると伝えても、触れることを躊躇う。

それが焦れったくて私から抱きついた。


「私はただ…愛されたい」

「海月」


私はもう自分を抑えたくない。

大人になって恐れるものはなくなった。過去だって…どう足掻いても過去だからやり直せないし。

だから愛だけを信じたい。愛を与えてもらえない私は人より欲求不満だから。


「好き!ずっと好きだったんだからね!」


私は弓弦兄をギュッと強く抱き締め、そして胸に顔を埋めた。

弓月が寝てるから今は甘えられる。いつもの私とは違うんだ。


「海月が甘えん坊なのってさ…いつから見てなかったろ…。ずっと我慢してきてたよな」

「そう…だね」

「美波さんが亡くなってから、海月はワガママを言わなくなった」

「…うん」

(気付いてくれていたんだ…)

「いつも我慢してきてさ」

「っ…」



辛くても苦しくても、何も言えない。甘えることが難しくて、お母さんがいなくなったら私は不用なんだって思ったから。


「海月…今は何を我慢してる?何が欲しい?」

「きっと…多分…弓弦兄と同じ?」


私は弓弦兄を見つめ微笑む。懐かしい眼差しに胸が高鳴る。

だけど…発せられた言葉はわかってはいても…やはり辛かった。


「俺は…海月とは結婚しない…出来ないと思ってる」

「…ぅん…」


真剣な表情…私は声が震える。


(結婚をしたいと私は思ってた?そっか…なるほど…)


それって、弓弦兄は私との結婚を考えてたって事なんだよね?そして、それを今、自分で拒んだんだ。


「弓月の事を考えたら…認知して家族になりたいけど…俺は…一番に海月を守りたい。海月を守る事が弓月を守る事になるだろ?だから結婚は出来ないと思ってる。

海月をアイツらとまた家族に戻すのは俺には無理だから」


そうだよね…弓弦兄とどんなに惹かれても家族にはなれない。

その背後にはお父さんや智志兄がいるんだから…舞い戻るには抵抗がある。


「だけどさ…海月と離れるのも俺には無理だから」

「弓弦兄の方がワガママだよ」


思わず苦笑い。現状どうしようもないのに。


「だから、事実婚」

「え?」


私は意外な言葉に驚いた。


「籍は入れない…でも、結婚はしたい。それって事実婚が該当するだろ?」

「…そうか…そういう選択肢もあるんだ?」


目からウロコだった。


「アイツらと親族に戻る必要ない、関わる必要ない。でも、俺とは繋がっていて欲しい」

「うん」

「だから、事実婚しよう?変なプロポーズになるけど…」


思わず笑ってしまう。


「うん、いいよ?それで…一緒にいれるなら

入籍に拘りはないもの」


ただ、愛してると言ってもらいたいのと…一緒にいて安らぎが欲しいのが一番だから。


「ごめんな…海月」

「ありがとうだよ、私は」


強く強く抱きついた。そして初めて罪悪感なくキスを交わす。


「愛してる」


優しい瞳…我慢出来ない。この男性ひとが欲しい。


「お願い、私を幸せで満たして…弓弦兄のものにして?」

「我慢…きかないよ?そんなふうに言われたら」

「私も我慢…もう無理だから」

「限界」




事実婚をすることになった私達は入籍はしないけど夫婦だ。

別姓だけど…弓月の戸籍は私のままだけど、これから生まれてくるだろう子供も…私の戸籍だけど…それは私を守るため。

私はあの親子に会えないし、私達が結婚することを報告することさえ不安になるのが事実。

だから弓弦兄はこれを選択した。


きっと周囲からはいつまで経っても独身だと思われるよね。ただ、同棲してるっていう認識でいられるんだろう。


「俺は男だから…何を言われても構わないよ」


弓弦兄は優しく笑う…私を抱き寄せながら。

改めて愛し合うと緊張した。恥ずかしくてドキドキが止まらない。

お互いに今までの時間を埋めるかのように、無我夢中で求めあった。

やっと、私は凄く幸せな愛に満たされる事が出来たんだ。


「私もだよ」




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