第10話 海月…真相
就職して寮に入った数ヵ月は弓弦兄と連絡取り合っていた。
だけど…連絡すると会いたくなる。会えなくなると寂しくて…ワガママだなって思った。
この気持ちを断ち切る必要を感じたから、次第に連絡の間をあけた。
気が付くと年が過ぎ…私は18から20歳になっていた。2年しか経過していないのに遥か昔に感じる。
2年は私を大人にしたと思う。あの頃の弱気な私はいない。だから…だからね、踏み込めたんだ。
まさか、弓弦兄と再会するとは思わなかった。
本当に偶然…職場の女子と食事に行った先で私は弓弦兄を見つけてしまった。
懐かしい…愛しい人。
だけど声はかけられない。何の為に離れたのか、わからなくなるから。
もう関わってはダメなんだと言い聞かせる。
だけどね…悪酔いしている弓弦兄を無視できなかった。
「弓弦さん、ちょっと!しっかりして下さいよ!家まで帰れます?」
一緒にいた人が困り果てていた。私はその様子に見かねてしまった。
「大丈夫ですか?」
声をかけると、弓弦兄は私を見つめた。
(私だと気付いた?)
「海月…に似てる…」
ポソリと呟いたセリフ。やはり酔っているから判断できないんだろうな…きっと。
「海月…」
「あの、私が…連れて帰りますから」
私は連れの人に断りを入れて弓弦兄を連れ出した。
ギリギリ連絡をとっていた頃に弓弦兄は引っ越しをしていた。その住所をスケジュール帳にメモしてあったから、タクシーをつかまえ移動する事ができた。
賃貸マンションの2階角部屋まで移動し、鍵を開けて入る。
「海月…」
弓弦兄が私を抱き寄せた。突然の事にドキドキする。
「もう…会えないと思った」
耳元で囁く声…涙が溢れそうだった。
「会いたかった…海月に」
(忘れてくれる?酔っているから…幻だと思ってくれる?)
伝えたかった気持ち…。
「好き…大好き」
思わず溢れ出た気持ちだった。
「弓弦…ッ…」
塞がれる言葉…言いたくてたまらないのに、激しいキスで阻まれる。
私はそれでもそれを喜びで受け入れる。
「海月…愛してる」
そして耳を疑った。
(今、弓弦兄は何と言った?)
「愛してる…」
じっと私を見つめると、今度は優しくキスをしてきた。
「ごめん…こんな兄で」
「っ!謝らないで!」
「血は争えない、海月を欲してしまう自分が許せないんだ」
(わかってる)
弓弦兄は少し触れる事さえも躊躇った人…私に触れるのは罪だと思ってる人。
だからこそ愛しい…私を本気で愛してくれてるんだと感じれる。
私は弓弦兄に自らキスをした。
「私が…触れて欲しいの」
「海月?」
「私は…ずっと、恋してたんだよ」
私が望むことの方が罪なんだと思ってた。穢れている私だから。
だけど…この行為が私を清める気がした。
愛しいと思う気持ちが私の隅々を行き渡る。
「愛してる」
伝えられる言葉が私に喜びを与える。
あんなに苦痛だと思っていた行為が…今は満たされて快楽に変わる。
激しく、優しく、何度も求めあう。
(これは夢…明日には現実に戻る)
爪痕を残してほしい…これも現実なんだって。
だから受け止める。愛で満たされたいから。
(夢なら覚めてほしくない…だけどこれは現実だから…)
私は疲れはて寝ている弓弦兄に別れを告げる。
多分、私のことは覚えていないハズ。
「これは夢だと思って…」
(じゃないと触れた事に罪の意識が押し寄せるでしょ?)
「だから私に触れたのは幻だよ」
私だけの思い出で良いから。
「ありがとう…愛してる、ずっと…愛してる」
私は静かに家をあとにした。まさか忘れ物しているとは思わずに。
温もり忘れない…囁きも全てが私の宝物。
私は日常に戻り生活を始めそして…1番の宝物を授かった事を知る。
あの時とは違う…喜びと感動。
私を強くしてくれる存在。
私はシングルマザーの道を選び、愛しい我が子を守ると誓った。
「弓月…男の子でも、女の子でも弓月」
(弓弦兄…勝手なマネをしてごめんなさい。迷惑はかけないと誓うから…許してね…)
そっと下腹部に触れた。
「弓月…無事に生まれてきてね…」
それからは幸せだった。想像以上に大変だったけど、お腹に子供がいるだけで強くなれた。
実際、妊娠して安定期に入るまでそれなりに悪阻で苦しんだ。体調にも左右されて吐いたり貧血になったり。
だからと言って仕事を辞めるわけにもいかず…周囲にも助けられて、なんとか妊娠生活を送れた。
ただ、住んでた部屋は独身寮。子供と2人は近所迷惑になるから出ないといけなく…私は県営住宅を申し込んだ。
給料だって使えない…出産費用と生活費がかかるし、保育園が決まるまで働けないから。
それでもこの妊娠は私を幸せにしてくれる。
私の血の繋がった家族だから。
愛しいヒトと愛し合えた証だから。
出産の1ヶ月前まで働いた。そこからは産休育児休暇をもらった。
予定日より早く陣痛がきて、不安と喜びが交互に支配する。
1人で生んで1人で育てる。
痛みの中に頭に浮かぶのは弓弦兄の顔。優しく微笑みかけてくれる。
『大丈夫だよ』って何度も。
そして誕生した我が子…弓弦兄によく似た元気な男の子。嬉しくて泣いた。
「生まれてきてくれて…ありがと…弓月…」
(大丈夫…もう寂しいなんて泣き言は言わないよ。私には弓月がいてくれるから)
しばらくして仕事にも復帰した。
時間に追われる毎日、正直いえば挫折しそうにもなった。
そんなに甘いわけがない…。
睡眠不足、体力の限界、ストレス。
私だって人間だから限界はある。何度もダメだって思ってしまった。
だけど何も変えられない。
(弓月が成長して自分の事が少しでも出来るようになれば少しはラクになるはず。そこまでは頑張らなきゃ)
自分が望んだ事だと言い聞かせて、鬱になりそうなのを堪える日々。
(自分が望んだ事だよ!)
子連れの私に交際を申し込んでくれる人もいたけど、そればかりは無理だった。
恋愛は無理…弓弦兄を忘れられないから…忘れたくはないから。
(どうしようもないのに)
そして、まさかの再会。
「海月」
彼の声を身体中で感じた。私の目の前に愛しい人がいる。
飛び付きたい衝動を抑え、泣きたい感情を抑え、冷静に自然に反応を示す。
知られないために。弓弦兄に迷惑をかけたくはないから。
だけど…弓弦兄が気付かないわけないよね。いつも私の事を気遣ってくれた人だもの。
そして、私の全てを包み込んでくれた。
やっと私は…安らぎを…愛を与えられたんだ。
(愛してるって…もう素直に言えるんだ…)
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