第8話 答え合わせ

「あの…さ」


聞いて良いのだろうか…一瞬躊躇った。

どう切り出すべきだろうか。


「少し話さないか?」

「え?でも、弓弦兄…待ち合わせでしょ?」


(いや…本来の目的はオマエだし)


「弓弦さん!お待たせしました!」


背後から声をかけてきたのは待ち合わせの相手。普段からキメているのだろうか、気合いが入っている風に見える。


「あ、先生…お疲れさまです」


海月が彼女に頭を下げる。


「小野沢さん、あれ?お知り合いですか?」


俺たちを交互に見る彼女…何となく気まずい。


「えっと…昔お世話になった…兄…です」

「あ、ご近所さんだったんですか?」


兄…か…思わず苦笑い。間違えてはいない。


「申し訳ありません、ちょっと…彼女と話があるんで今日はキャンセルでも良いでしょうか?」

「え?」

「必ず埋め合わせするんで、本当に申し訳ないです」



ガッカリする彼女だが仕方ない。俺の目的は海月なんだから。


「行こう」

「え?でも…」

「海月」


今を逃せばまた、姿を消すだろ?


「本当に心配してたんだ」

「…」

「連絡とれないし…」

「ごめんなさい」


海月を真剣な眼差しで見つめると、目を泳がせながら謝罪してきた。

(相変わらずだな…俺と目が合うと目を泳がせるの…)

俺はそれをずっと苦手とされてるからだと思っていたんだ。


「とりあえず…そういう事なんで…今日は申し訳ないです」


俺は待ち合わせ相手に深々と頭を下げると、海月の手を引いた。


「ちょっと、待って!」


海月は逆側で手を繋いでいた子供を抱き抱える。2歳だとそれなりに重いだろうと俺は海月から子供を奪い、抱き抱えた。

オタオタする子供。まぁ、そうだよな…知らないオジサンにいきなり抱き抱えられたら不安になるよな。


「オジサンはママのお兄ちゃんだから」

「…にぃ?」


お兄ちゃん…ずっと、自分に言い聞かせてた呪文。俺が海月にとって無害である為の。


「海月」

「うん…」


俺は…兄だからとアピールする。警戒しないでくれと。



****


保育園から徒歩10分…そこは県営住宅だった。親子2人なら…アパートより安い家賃だ。


2階の部屋が海月達の住まいらしく、玄関を開けるとベビーカーと散らばった靴。1歩入れば2DKの部屋だった。

(子供のいる家だ…)


「これからこの子の夜ご飯だから少しだけ座って待ってて」

「あ、ごめん…忙しい時間か…」


俺は子供のいる生活を知らないが…働いて帰って来てるんだから更にバタバタだろう。


「ありものだけど…いい?」

「俺は別に大丈夫だから」



海月は隣の部屋でスーツから部屋着に着替える

ダボッとしたシャツと短パンはかなり大きい。


「男物?」

「セキュリティかな」

「あぁ、なるほど」




バタバタと慌ただしく、時間は過ぎる。

21時前にやっと海月は落ち着いた。


「ありがとう、お風呂入れてくれて」

「初めてだからドキドキしたけどな」

「楽しそうだったよ」


自分に子供がいたらこんな感じなんだろうかと…そう思うと急に結婚願望が出てきたような?意外と悪くないなって。


「海月」

「なに?」


(結婚…するなら…)


「弓月と2人…俺の所に来ないか?」

「え?」

「ほっとけない…」


心配なんだ…気になって不安になる。


「無理だよ」

「何で?」

「だって…弓弦兄の結婚の妨げになるし」

「俺の結婚?」


海月は俯く。


「それに…私は、本当の妹じゃないから…彼女がいい気分しないよ」

「彼女?」

「先生とお付き合いしてるんでしょ?」


俺は思わず笑ってしまう。もしかして勘違いされてるのか?


「いや、してないし!あの人は智志の奥さんの友人だよ」

「え?…智志…兄…結婚したんだ?」


名前を出しても意外と平気そうな反応にホッとした。もしかするとまだ、トラウマの可能性もあるか思ったから…。

そうすると俺は…海月とは一緒にいれないだろうから。


「海月、俺の所に戻ってこい」


頑なに首を横にふる。

俺を兄と慕うなら…受け入れる事はできないのだろう。

だからじゃないが、俺はカバンからある物を取り出した。


「海月…」

「あ…」

「俺は…兄…じゃない…だろ?」


正直、自信なかった。でも…確信したんだ。


「なぁ…」

「…」


海月はそれを受け取った。つまり正解だということ。


「俺が、弓月の父親なんだろ?」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る