第6話 一夜の知らない女

海月が家を出た。きっともう会う事はないだろうと思っていた。最初の頃は頻繁に来ていたメールも次第に減っていき、2年も経過した今は連絡も途絶えていたから。


25歳になった俺は、就職して父親とは関係ない企業で働いていた。彼女も作る暇がないほど忙しい。

いや…言い訳だな…。どうしても夢中になれないんだ。あの時感じた『愛してる』という感情は俺にとって初めての事だった。そして…今後も無い…きっと最後だ。


恋愛に冷めている自分がいる。それと同時に無意識で俺は海月を探している。

偶然会えないかと期待している俺は、哀れだと自分で思ってしまう…手出し出来ない女を想うなんて。


気持ちが弱っていたのかもしれない。だから…珍しく俺はあの日、酔い潰れてしまったんだ。


***


会社の同期との飲み会。


二次会で行った店にいた女子集団の中に彼女がいた。海月によく似た女。

視界に入る位置にいるから、気になって無意識に酒が進んでしまった…声をかけれないジレンマをツマミにして。

そして情けない事に酔い潰れた。


だから…記憶が曖昧でどうしてそうなったのか覚えていない。

記憶の断片に残っているのは、自宅に連れ込んで彼女を抱いたことぐらいだ。


何となく彼女から声をかけられたのは覚えている。フラフラの俺を心配しながら送り届けてくれたのも…何となく。


自宅前で彼女にキスをした。ジッと見つめていたら視線が合い、引き寄せられるかのように唇を塞いだ。それが次第に激しくなり、更なる欲求を生んだんだ。


海月に似ている様に見えたのは、酔っているからだろうか…全く同じに見えた。


そして…目覚めた時には彼女はいなかった。


一瞬、夢だったのでは…と思ったが…余韻と全裸で寝ている自分を証拠に現実と確認する。


脳裏に甦る甘い記憶が俺を翻弄する。

片隅で残る記憶…彼女の表情と声…そして感触。悶えとろける表情や吐息を漏らし潤う唇…凄く愛しくて、興奮した。


海月も同じように反応するのだろうか…そう邪な考えが過る。そんな事を意識すると完全に俺の中で彼女は海月そのものだった。


『海月、愛してる』


俺は何度言っただろう。代用品として扱ってしまった彼女に申し訳なく思うほど繰り返し囁いた。

だけどその一時ひとときが俺には幸せな時間だった。少なくとも、愛しい女を抱く事が出来たのだから。


海月を抱いた事がないから比べる事はできないけど、本当に海月を抱いている錯覚がした。

俺は兄貴として失格だ。


…そして男としても。


なんて無責任だったのだろう。

酔っていたからとはいえ、アイツらと変わらない。全く一緒じゃないか。


一応ベッド周辺を確認してみたが、ソレらしき物が無かった。


「使った形跡…なし…」

(やらかしてる…何度だ?)

「ヤバイな…」

(最悪だ)


ため息を溢しベッドに横たわる。

自分が情けない…誘惑に負けて、ダメだと拒否られなかったのをいい事に避妊しなかったのだ。

流れを止めたくなくて、無我夢中のノンストップで繋がり続けた。触れたくて愛撫すれば直ぐに自身が回復する…まるで学生時代のスタミナだ。

その度に…注いでしまっていたんだからな。


「25にもなって何してんだか」


ボンヤリと視線を床にやると自分の脱いだ服だけが散乱していた。


「ん?」


その中にキラリと光る小さな物を拾って眺める。俺の持ち物ではない、キラキラと可愛らしいイヤホンジャックに風鈴?


「クラゲにも見えるな」


彼女の置き土産。きっと慌てて帰って落としたんだろう。


「取りに…戻ってくるか?」


(戻って来るのか?俺と顔を合わせたくないから…起きる前に出たんだろ?)


とりあえず俺はそれをキーケースにしまった。

いつ再会しても返せるように持ち歩く事にした。



****


結局…同期に聞いても、彼女達の事はわからずだった。

実際に声をかけてきたのは彼女だけで、他のメンバーとは言葉交わしてないんだとか。

てっきり、俺の知り合いなんだと思い込んだ同期達は、それならばと彼女に任せてしまったとか。


つまりは繋がるところは一切ない…あとは偶然を待つしかない。

もし仮に、彼女が海月だったとしても俺は居場所さえも知らないんだから。


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